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I do all!  作者: 天音 ユウ
1st Season - Brand New Duo
15/50

第五話 マイベスト#C

『弦音さん、今日お時間ありますか』

『ある! あーしも深冬に謝りたい!』

『今自主トレ終わったので、これから事務所に行きます』


 絵文字混じりでありながらも簡素なやり取りで約束を取り付け、弦音は事務所の一室で緊張しながら待っていた。落ち着かないのも確かだが、緊張のあまり立って歩き回ることもできない。彫刻のように固まったまま、扉の方をじっと見つめている。

 ふと扉が開き、深冬が姿を表す。弦音の様子を見て少し驚くも、思わず小さな笑みをこぼすとその正面に座った。


「あ、あのさっ、深冬っ、ごめん! その、あーしキモチばっか焦って、全然話の流れとか考えてなかったし、なんつーか、マジでごめん!」


 腰を浮かせて身を乗り出したかと思いきや、頭をぶつける勢いでテーブルに両手をついて頭を下げる。言葉こそ拙いものの、その様から必死で反省したであろうことは容易に想像がついた。

 深冬は口角を上げると鞄からクーちゃんを取り出し、自分と弦音で三角系になるように置く。その物音で弦音が姿勢そのままに顔だけを上げると、深冬は微笑んだまま胸に手を当てて話し始めた。


「クーちゃんは、証人です。今日は、わたしの、言葉で、喋ります」

「深冬……」

「わたしの方こそ、ごめんなさい。ちゃんと、お話を聞いて、考えて、決めるべき、でした」


 姿勢を正し、丁寧な所作で深冬も頭を下げる。慌てて上半身を上げた弦音は深冬が謝る必要ない、と言いかけて口を閉じた。自分と同じように、考え抜いた結果の謝罪であろうそれを否定してはいけない、と本能的に感じたのだ。

 座り直して、背筋を伸ばす。今日は真面目だと理解してもらうためにも、口に出す言葉は選ばないといけない。


「うん。深冬のごめん、ちゃんと受け取った。メーワクじゃなかったら、もっかいだけ、今度はちゃんと話すから、聞いてくれっかな」

「はい。弦音さんの、ごめんなさい、受け止め、ました。わたしも、もう、逃げたり、しません」


 互いの目をじっと見つめ、数秒を置いて弦音は切り出す。


「あーしさ。その、今まで何かをちゃんと、マジメにやってきたこと、なかったんだよね。高校も、アイドルやるって決めた後に行けそうなとこパッと決めただけで、ギターも中学の文化祭と、あと友達の文化祭の助っ人くらいしかステージ上がってなかったし」


 視線を泳がせながらも、弦音は少しずつ自分の気持ちを言葉にしていく。深冬は黙ったまま、節々で頷いて続きを促す。


「んで、アイドルになって、なれちゃってさ。周り見た時思ったんよね。当たり前だけど、みんなめっちゃ頑張ってるって。それでさ、なんつーか、焦りじゃないけど、あーしも同じくらい頑張んなきゃ、おとーさんとか、右城さんに失礼だなって」


 その話し方は、目の前の深冬に対してのものでありながら、弦音自身に言い聞かせているようでもあった。泳がせていた視線をやがてテーブルの中心に落ち着けて、弦音は続ける。


「だから、この仕事でちゃんと結果出して、あーしアイドルちゃんとやってるって、胸張れるよーになりたくて。誰と組んだらいいかなってずっと考えて、イチバン歳下なのに、誰にも負けないくらい頑張ってる深冬がいいなって、思った」


 脚の上で拳を握り締める。悪い言葉にならないように、前向きな思いだと言えるように。


「深冬の頑張りについていって、ちゃんとオーディションでテッペン取れたら、あーしも頑張ったって言えるはず、だから」


 弦音が口を閉じ、少しの間沈黙が流れる。深冬が口を開こうとしたその時、弦音が手を出して待ったをかけた。


「ごめん、あと一個。やっぱこれ言っておかなきゃダメだわ。五月のランニングでさ、好きな曲一緒ってわかったの……あれ、めっちゃ嬉しかったんよね。他に音楽のシュミ合う人、いなかったからさ」


 真剣な表情を緩めて、弦音は照れくさそうに笑いながら頬をかく。それを見て、深冬は思わず笑い声をこぼした。


「よく、わかりました。でも、いくつか、訂正、させて、ください」


 その言葉を聞いて、弦音は即座に表情を引き締める。対して深冬は笑顔のまま、胸元で軽く手を握り諭すような話し方で言った。


「皆さん、それぞれ、頑張ってる、のは、間違って、ない、と、思い、ます。けど、それは、弦音さんも、一緒、です。周りを、見て、自分で、頑張らなきゃ、って、思えるのは、弦音さんが、それだけ、アイドルに、真面目だから、だと、思います」


 年上に意見するという構図のせいか、深冬はやや息切れ気味に、それでも笑顔を崩さずに続ける。軽く握った手は、徐々に力を込めた拳に変わっていった。


「だから、わたしに、ついていく、だけじゃ、なくて。わたしも、弦音さんに、ついて、行きます、から。二人で、手を取って、進んで、いけたらな、って、わたしは、思い、ます」

「え、じゃ、じゃあ!」


 身を乗り出す弦音が続きを言う前に、深冬がその口に人差し指を当てる。


「わたしも、同じ音楽が、好きな人なら、きっと、楽しく、できるはず……だと、思いまし、た。弦音さん、みたいな、かっこいい、曲、わたしも、踊り、たいです……だから。よろしくお願い、します」

「み……深冬~!!」


 感極まった弦音は、涙ぐみながら思わずテーブルに乗り出して深冬を抱きしめようとする。流石にまずいと思った深冬は、素早くクーちゃんを回収し左手にはめた。


「『弦音! 危ないよ!』」

「うおっとごめ! でも、っへへ……ありがと深冬! あーし嬉しい! クーちゃんも、ハナシ最後まで聞いてくれててあんがとね」


 きちんとテーブルを回り込み、礼を言ってから深冬を抱き締め、撫で回す。やや力の入った所作ではあるものの、深冬もそれを笑顔で受け入れた。

 と、そこへ部屋の扉が開き前野が現れる。タイミング的にも話は聞かれていただろう。弦音は慌てて深冬を離し、頭を深く下げる。


「前野さんマジありがとうございましたっ! おかげでちゃんと組んでもらえました!」

「うん、ちょっと心配で話全部聞いちゃってた。なんとかなって良かったよ」


 朝とは打って変わって、溜飲の下がった様子で話す二人。そんな中、深冬が前野に向けて手を挙げた。


「あの、前野、さん。その、ユニ、ット、結成の、お披露目、なんですけど。わたし、やりたいことが、あって。左枝さんに、お話、して、もらえませんか」



 二週間後、都内の劇場。事務所全体で見れば定期的に行われる重大発表ということもあり、観客の中にもその内容を察する者は多くいた。

 いつもより多いファンたちの前でスポットライトが点灯し、深冬の姿が映し出される。いつもであれば、クーちゃんを主体とした短いMCをするのが恒例の彼女も、今日はクーちゃんを証人として水の入ったペットボトルと同じテーブルに置き、照明から外れた弦音に右手を握ってもらっていた。


『皆さん、今日は、お越し、くださって、ありがとう、ございます。重大、発表の、前に。わたしから、皆さんに、聞いて欲しい、ことが、あります』


 弦音の手を握る右手が湿り、力が入る。もしこれが学校であれば、とうに泣き出していただろう。しかし、それでも。今日の深冬には退けない理由があった。

 ―――弦音さんの頑張りを、わたしが無駄にしちゃ駄目だ。


『わたし、人と話すのが、苦手、です。この、喋り方も、普段からで、学校、でも、発表とかで、泣いたり、声が出なくなったり、しちゃいます。だから、学校でも、クーちゃんに、代わりに、喋って、もらってます。それで、わたしは、それを直し、たくて、アイドルに、なりました。こうして、皆さんの前で、たくさんお話、して。クーちゃんに、頼らなくても、お話、できる、ようにって』


 しんと静まり返る劇場内。観客たちは何を言うでもなく、ただ言葉の続きを待つ。深冬は大きく息を吸って、弦音を一瞥する。ウインクが返ってきたのを確認して、口角を上げファンへと向き直った。


『これから、初めて。大きな、お仕事に、挑戦、します。だから、いつも来てくれる、人たちにも、今日、初めて会う人、にも、ファンの人たち、にも。わたしが、アイドルをする、理由、ちゃんと、話したかったん、です。こ、こんな、わたし、です、けど、応援、して、くれる人が、いる、から。わたし、誰にも、負けないように、頑張り、ますっ!』


 ふと、静まり返っていた観客の誰かが、手を叩き始めた。それを皮切りに、何人かのファンが続く形で拍手する。その場の全員というわけでも、大きな音でもない。しかしそれらの手が奏でた小さな音色は、間違いなく深冬の琴線に振れた。


『っ、続けて、重大発表、です! わたし、同期の、弦音さんと、ユニットとして、活動、することに、なりました!』


 震える声で深冬が言い切ると同時、もうひとつのライトが点灯し弦音の姿が照らし出される。深冬が応援されているとわかったことがよほど嬉しいのか、上機嫌で手を振りながら深冬の隣に出た。


『はいー! いつも来てくれてる人、今日が初めての人、こんにちは~! 堤弦音です! あーし、今日から深冬の相方として頑張ることになりました! 今事務所の先輩たちもデュオユニット組んでるけど、深冬とクーちゃんも合わせて、誰にも負けないユニットになるつもりです!』


 そこで一度、言葉を切る。すると、照明が増え音楽が流れ出した。それは、二人の合意により完成した楽曲。


 「深冬なら自分の好きな曲調に合わせられる」という弦音の思いと、「弦音の踊る曲を隣で踊ってみたい」という深冬の思いを合わせて作られた新曲は、シンセサイザーにギターの高音を絡ませたエレクトリックなサウンドから始まる。

 ユニット活動にあたっての二人の約束は―――「二人の好きを詰め込むこと」。

 二人は顔を見合わせ微笑むと、ポーズを取って宣言した。


『てなわけで、応援よろしく! あーしら二人で』

『”えれくと☆ろっく”……です!』



 同日、事務所ビル内会議室。千里の呼びかけによって、ましろ、恭香、彩乃が集められていた。


「今日は集まってくれてありがとう~。ユニットのことでね、大事なお話があるの~」


 口調こそいつもの間延びしたものでありながら、どこか好奇心に駆られた子供のような表情で千里は語る。


「深冬ちゃんと弦音ちゃんが組んで、もう残りは私たちだけになっちゃったでしょ~? それでね、取り残されて仕方なく~みたいなユニットができちゃうのは絶対にダメって思ってね~、私から社長にちょっと提案させてもらったの~」


 そう言うと千里は目を輝かせて、わざわざ持ち込んだホワイトボードをかなりの膂力で裏返した。勢いよく半回転したボードが置かれていたペンとクリーナーを弾き飛ばし、千里の背後で壁にぶつかったそれらが物騒な音を出す。

 暫しの沈黙を経て、顔を赤くした千里は咳払いの後続ける。ホワイトボードには、綺麗な字に何らかの呪物じみたイラストを添えて「合宿」と書かれていた。


「私たち四人で、うちの別荘で合宿するの! それで、全員が後悔なく相手を選べるようにしましょ~!」

「おー」

「な、なるほど……」

「へー、楽しそう! 私は大賛成です!」


 ほぼノーリアクションのましろ、色々と言いたいことがあるせいか引き気味な彩乃、即答で快諾する恭香。三者三様の反応を見てか見ないでか、千里は自信満々に頷いた。


「ご飯とか、車とかは私が用意させるから~、みんなは普通のお泊りみたいに、お着替えとかレッスン着だけ持って来てくれればいいわ~。きっと楽しくなるし、話し合いも弾むわよ~。来週の水木、一泊二日ね。スケジュールは空けといてもらったから~」


 道理で仕事が入るかもしれないから空けといて、と言われたわけだ。と彩乃は納得する。その後、簡単な仔細を話してその場は解散となった。事務所を出るまでの道中、三人は自然と言葉を交わす。


「千里さん、結構考えてたんですね」

「行動力あるよね~! 合宿楽しみだなぁ」

「うんうん」


 一方、千里は散らばったペンなどを片付けてから、窓の外を見る。夏真っ盛りの今は快晴が続き、雲すらほとんど見えない。


「優柔不断っていうだけでもダメなのに。これ以上出遅れたら、ママに合わせる顔、無いものね」


 物憂げな表情で呟くと、スマホを取り出し電話をかけた。


「あ、もしもし柴崎~? 久しぶり~元気かしら~? 私は大丈夫よ~、それでね、この間話した仕事で別荘使う話、来週に決まったの~。ええそうよ~、お願いね~」

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