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I do all!  作者: 天音 ユウ
1st Season - Brand New Duo
13/50

第五話 マイベスト#A

 事務所内の雰囲気に、少しずつ明暗の差が現れてきていた。二組目のユニット、ステラ・ドルチェが誕生したことで、いよいよユニット未結成のアイドルが残り六人となってしまったのだ。ただでさえ相手を決めかねている中で選択肢が失われていくという状況は、多くが未成年の少女たちにとって大きなプレッシャーとしてのしかかっている。

 最大の懸念として、最後の二人になってしまえば最早選択の余地もなく、ただ余った相手と仕事をしなければいけなくなってしまう。そんな事態だけは避けたい。

 加えて言えば、ユニット組に活動開始による余裕が生まれてきたことも、結果として他の六人に影を落としてしまっていた。


月乃(つきの)さん、こちら前野さんから」

「それなら認識してるわ。それより次の公演、二週連続になるんでしょ? ソロの方は大丈夫?」

「ふふふ……ラン、ふふふふ……」

「いやそれゲームの特典ムービーのやつ! どこでそんなマイナーなネタ覚えてくるんですか! 打ち合わせ行きますよ!」


 遅ければ遅いほど、本番のオーディションで不利になる。数ヶ月前にひとみがそう言ったことが、現実として身に迫ってきていた。

 互いに納得して組んだユニット、私生活で関わる機会も増え、意思疎通も十全以上に取れている。既にLuminous Eyesは公演を主として、ステラ・ドルチェは公演に加えSNSの私的な投稿が受ける形で少しずつユニットとしてのファン数を伸ばしていた。

 目に見える光景に加え、数字としての実績が積み重なっていく。そんな様を至近距離で見せられている他の六人は、内心穏やかでない。

 空気が変わり始める中、中間テストの終わった七月某日のことだった。事務所の中でちょっとした事件が起こる。


深冬(みふゆ)! あーしとユニット組んでください! お願いします!」

「ふぇっ!?」


 テストがこれまでにない好成績で終わったことで心に余裕ができたのか、弦音(つるね)が意を決して頼み込んだ相手は―――深冬だった。

 唐突に目の前で手を合わされ頭を下げられ、深冬は訳もわからず混乱する。話に流れもなく、相手の意図もわからない、聞きたいことは山ほどあるにも関わらず、思考よりも感情が膨れ上がってしまった結果。


「ごっ、ごめん、な、さいっ!」

「んえっ!? ちょ、なんで逃げんのぉ!?」


 深冬は、思わず走って逃げ出してしまった。

 弦音も断られる可能性までは頭に入れていたものの、まさか逃げられるとは思っていなかったがためにショックの方が優先し、思わず深冬を追いかける。これがまずかった。

 一度、一人(?)になって落ち着きたかった深冬だったが、弦音が追ってくるという予想外の行動に出たことで更に混乱。怖くなってしまい走る速度を上げた。こうして、昼間から事務所ビルの中を二人の少女が追いかけっこする光景が出来上がってしまい、最終的に二人は別の場所で社員に捕まり叱られることとなったのであった。


 その日の夜、普段からは考えられないほど落ち込む弦音を彩乃(あやの)恭香(きょうか)が慰めていた。


「フラれた……つか逃げられると思わんかったし……」

「まあまあ、そう落ち込まない。急に要件だけバッて言われたら深冬じゃなくても困っちゃうって。今度もう一回機会作ってちゃんと話そ?」

「弦音は思考と行動が直結しすぎだって。深冬は繊細な子なんだからさ」


 半ば自棄になっているのか、炭酸を大量に飲んで項垂れる弦音を前に、どうしたものかと二人は顔を見合わせる。元々感情の起伏が激しいタイプではあるものの、経緯も含めこのような落ち込み方は始めてのケース。いくら寮で生活を共にしているとは言え、まだ半年も経っていない間柄ではどう声をかけるのが正解なのか、などわからない。

 しかし、それでも。ひとまずは落ち着かなければ、状況の整理もままならない。少し悩んで、彩乃は弦音の肩を叩いた。


「ほら、夕飯何食べたい?」

「サバの味噌煮……んまいの……」


 その回答に恭香がなんとも言えない表情になる中、彩乃はキッチンの方へ駆け出し冷蔵庫を一通り確認する。どうやら目当ての鯖は無かったようで、顔だけを出してその旨を伝えてきた。


「どうします、千里(ちさと)さん今日仕事ですよね?」

「仕事のあと講義って言ってたかな、けど千里さんに買い物頼むのも……」

「鯖だけで十パックくらい買ってきそうですしね……」


 うんうんと悩む彩乃と恭香。その時、ふと彩乃のスマホが震える。見てみると、それは寮母からの連絡だった。これ幸いと彩乃は明るい顔で叫ぶ。


「周防さんちょうど買い物行ってるみたいです! 頼んじゃっていいですか?」

「ナイスタイミング!」


 恭香のサムズアップに頷いて、彩乃は返信を打ち込み始める。そんな二人をよそに、弦音はコップの中で弾ける泡を見つめながら口を尖らせ呟いた。


「なーにが悪かったんよー……」


 深冬の部屋。ベッドに寝転がった深冬は、目の前に寝かせたクーちゃんと対話していた。


「……やっぱり、ダメだったかな。『うーん、走って逃げたのはまずかったよ。そんなことしたら、弦音だってショックでしょ』……うん、明日、謝らないと……」


 口ではそう言うものの、拭いきれない不安からその顔は浮かないままだった。

 例え弦音と会って謝罪したとしても、問題はその後、本題のユニット結成についてだ。何度も考え直したが、今の深冬ではとてもその気になれずにいる。拒絶したい訳ではない、いつまでも決めない方が自分にとっても良くないことだというのもわかっている。しかし、ソロ活動しか想定していなかった深冬にとって、四月から続くこの流れは苦痛に近いものだった。

 周囲に置いていかれる感覚、自分から持ちかけてもよいのかという不安、そしてなぜ自分を選んだのかという困惑。様々な感情が綯い交ぜになり、深冬の心をきつく締め付けている。


「『けど、アイドルするならユニットの活動くらい予想できたんじゃないの?』」


 ふと、クーちゃんが問いかけてくる。深冬は苦い顔をして目を逸らし、小さな唇を少しだけ動かして囁くような音量で呟いた。


「……自分たちで組むなんて、思ってなかったんだもん」


 思い悩む理由は、今回の結成手段が特殊であることにも起因していた。

 そもそも通常アイドルのユニットと言えば、事務所がプロデューサーを主体として企画・会議を行い、社として認可されたうえで決定後に本人たちに通達されるというプロセスを経て結成されるもののはずだ。深冬自身、そういった手順が踏まれていたのであれば納得してユニット活動に専念できただろう。

 しかし、今回は例外中の例外、期間内に自分たちで話し合って組む相手を見つけろというのだ。当然、選んだ当人からすれば活動の成否に関わる責任も感じてしまうことは想像に難くない。

 やらなければならない、であれば自分に選択の権利はない。だが今回は選ぶか、選ばれる必要がある。その大きすぎる権利は、会社の名を背負う責任を伴うことで深冬の心をきつく縛り付けていた。

 無言のまま、クーちゃんのつぶらな瞳を見つめる。そこに映る自分の顔は、アイドルになる前のように浮かない表情を浮かべていた。


「……寝れそうにないから、ホットミルク飲んでくるね」


 クーちゃんをベッドの端に立たせ、深冬は部屋を出る。曇る心に、晴れの気配はまだない。

 暗い階段を降りてリビングに出ると、そこでは母の千秋がテーブルにつき何かを飲んでいた。一瞬躊躇ったものの、深冬は扉を明け声をかける。


「ママ……?」

「深冬。寝れないの?」


 千秋はこちらに気付くと手招きをする。ゆっくりと歩いて近づいていくと、深冬の頭を優しく撫でてきた。


「なにか飲む?」

「うん。ミルク飲もうと思って」


 千秋は立ち上がるとキッチンの方へ歩き出した。深冬はテーブルにかけ、膝の上で手を握りながら母の背中を見つめる。

 冷蔵庫の扉が閉まる音、マグカップに牛乳が注がれる音、電子レンジの稼働する音。母娘は黙ったまま、生活の音だけが静かに部屋を流れる。

 数分を経て、イルカの描かれたマグカップが深冬の前に置かれる。まだ熱いそれに手を付けることなく、深冬はマグカップをじっと見つめながら言葉を紡ぎ始めた。


「今ね、お仕事で二人組を作らないといけなくて。それで、今日一緒にやりたいって、同期の人から誘われたの」


 話の内容だけ見れば諸手を挙げて喜べるもの、しかしその浮かない表情から何かを悟ったのか、千秋はただ相槌を打って続きを促した。


「でもわたし、自信なくて、びっくりして逃げちゃった。お仕事だから、ちゃんと考えないといけなかったのに」


 手を強く握り締めて唇を結び、弱い灯りを反射するミルクの表面をじっと見つめる。そんな様子を見て、千秋は目を閉じ噛み締めるように語りかけた。


「深冬は、ちょっと頑張りすぎるところがあるって、お母さんは思うな」

「……だってわたし、普通に話せないから。その分、迷惑かけないようにしなくちゃ」


 張り詰めたように声を震わせる深冬の頭に、千秋はそっと手を置く。


「責任を負うのは深冬だけじゃないよ。無理して人の責任まで背負ったら潰れちゃうでしょ? 誘ってくれた人もそうだし、事務所の人にも深冬を選んだ責任がある。一人で抱え込むんじゃなくて、事務所の人とかに話してみたらいいんじゃない? 全部一人で頑張るなんて、大人でもできないんだから。深冬は、深冬にできることをしっかり頑張ればいいんだよ」


 膨らみ、今にも弾けそうだった感情が少しずつ萎んでいく。深冬はやっとのことでマグカップに手を伸ばすと、まだ熱の残るそれに何度か息を吹きかけてからホットミルクを喉に流し込んだ。


「……もうちょっと、考えてみる」

「ちょっと休むことも忘れずにね」


 まだ納得はできないといった表情を浮かべる娘に、母は優しく微笑みかけた。

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