第一話 ジュエリーガーデンプロモーション#A
夢がある。望みがある。だからこそ明日があって、未来がある。
世界は広くて、上を見上げれば果てしない。そんな中で上を、前を目指し続ける彼女たちのような者を、人は輝いていると言うのだろう。
これは、短い生のごく一瞬。刹那の時を、輝き放つ花盛りの宝石として生きる、少女たちの物語―――
☆
東京都内のスタジオ。灰色の内観に黒い機材が並ぶ中、真白のホワイトバックを背に、正面から眩いばかりの照明を受ける一人の少女を被写体にして、写真撮影が行われていた。丸く開いた目と小顔が明るげな印象を与える少女は、全身のカジュアルファションが映えるように、ハンドバッグを軽く持ち上げた立ち姿で自然な表情を見せている。
真剣な面持ちで少女と向き合う撮影スタッフの後方、入口近くの壁際にもまた、一人の少女がいた。穏やかで理知的な瞳と、スマートなラインの顔立ちが知性を感じさせる少女はノートとペンを手に、撮影されている少女の全身に目を配り、時たまノートを見返したり書き込んだりしている。
そこへ、入口からもうひとり少女が入ってきた。ラフなストリートスタイルのファッションに身を包み、つり目と長いまつ毛が目を引く若々しい少女はスタッフに会釈しながら小声で挨拶し、ノートを持つ少女を見つけると周囲の邪魔にならないよう駆け寄って声をかけてくる。
「ひとみ、お疲れ様」
「弦音。そっちは終わったの?」
弦音と呼ばれた少女は、ひとみと呼ばれた少女の問いに指で円を作ってばっちし、と答えると、その隣に並ぶようにして立ち、撮影を見学し始めた。
「ましろはファッション誌かー、端っことはいえサマんなってんね」
「うん。ましろのことだから表情作れるか心配だったけど……杞憂だったみたい」
視線を撮影中の少女、ましろに固定しながらも、ひとみと弦音は言葉を交わす。視線を手元と忙しなく移動させるひとみに対し、弦音は肩の力を抜いてラフにましろの衣装やメイクを見ていた。
「あれリップおしゃれじゃね? どこのだろ」
「さあ……そっちはメイクさんに聞いてみないと。今日下野さんじゃないし」
何気ない問答が終わるのと同じタイミングで、カメラマンからOKが出る。スタジオ各所に散らばっていたスタッフたちが集まり、写真の確認が行われた。複数人から肯定的な声が上がったあと、スタッフたちは次々と挨拶の声を上げ、頭を下げる。
「OKです、お疲れ様でしたー」
「お疲れ様でーす」
被写体であったましろもスタッフらに頭を下げ、挨拶するうちにひとみたちを見つけたらしく、ひらひらと手を振りながら笑顔で歩み寄ってくる。
「ひとみ、弦音」
「お疲れ様、ましろ」
「おつかれー、良かったよー」
応えるような笑顔で労いの言葉をかけたあと、真剣な表情に戻ったひとみがボールペンを握って聞く。
「ねぇましろ。撮影中、何考えてた?」
ましろは下を向き人差し指を顎に当て、視線を徐々に上へと持ち上げながら考える。やがて首が完全に上を向いた後、ひとみへ向き直って答えた。
「んーとね、こういう時はどういう気持ちになればいいのかなー、って考えてるうちに撮影終わっちゃった」
「なにそれ」
気の抜けた回答に思わず失笑する弦音に対し、ひとみは笑うことなくましろの言葉をノートに書き留めた。
それから三人はスタジオを後にし、メイクを落として着替えるましろを、残った二人が廊下で待つ形になる。その時間を使ってまたもノートを取り出し見返すひとみに、弦音が何気なく問いかけた。
「さっきの質問、どーゆーイミなん?」
「ん……ましろって、仕事の時に自分がどういう気持ちかっていうのを大事にしてるの。だから、さっきのはどんな気持ちであの表情作ってたのかなと思って」
「したら、なーんも考えてなかったと」
先刻のましろを思い出して肩をすくめる弦音に対し、ひとみは眉をひそめて答える。
「そう。何も考えてないのに、一発でOKもらったの」
その言葉を聞いて、弦音はやっとひとみが顔に浮かべる真剣さの意味を理解する。
今日行われていた撮影のうち、楽器のオンラインショップでモデルをすることになった弦音は、ファッション誌という別の仕事で来たましろよりも早く撮影が始まっていた。そのため、もしも一発OKであればましろの撮影開始にも間に合うスケジュールとなっていたのだ。
しかし、実際のところ弦音はOKをもらうまでに時間がかかり、終わって合流した頃にはましろの仕事も終わりかけというタイミングになっていた。
「そーいや確かに。あーしそこそこ時間かかったのに」
「私も。本職のモデルでもないのに一発なんて、今の私たちじゃとても無理。だからよく見て、本人の心持ちを聞けば何か掴めるかもって」
なるほどと頷きながら、弦音がノートを覗き込む。そこには綺麗な字が読みやすいよう整理されたレイアウトで書かれており、必要と感じたであろう場所にはぎこちないタッチの絵が描かれてあった。開かれたページを一通り見たあと、ある違和感に気が付く。
「ノート新品?」
「うん、三冊目。学ぶことばっかりで、いくらあっても足りないよ」
笑顔で返された言葉にひえー、とおどけるようなリアクションを取りながら、弦音は内心舌を巻く。ひとみの勤勉な性格は理解していると思っていたが、まだそうでもないようだ。
三人がアイドルとしてデビューし約三ヶ月。地道に活動する中で、広告の仕事を少しずつ与えられるようになってきた。地方公演ばかりの生活には、とても大きな刺激でありチャンスだ。
無論、弦音もこれを機に躍進できるよう全力で撮影や公演にあたっているが、それでも自分とは違う形で努力するひとみの姿には度々驚かされている。今日も、自分の仕事とは無関係な撮影に、見学として付き添ってきていたその勤勉さは筋金入りと言えるだろう。
自分も気を抜けないと思った矢先、廊下に人影が増える。スーツを来た二十代ごろの女性で、脱いだジャケットを腕にかけている。
「お疲れー二人共。ましろは着替え中?」
「前野さん。連絡、終わったんですか?」
現れたのは、マネージャーの前野。弦音とましろの撮影開始を見届けたあと、事務所から連絡があって一時的に離席していたのだ。
離席の理由を知っていたひとみの問いに頷いて、前野は問い返す。
「その話はましろが来たらするね。っていうか、撮影終わるの早くない?」
「一発OKだって。やばばじゃね?」
「一発! そう何回もやってないのに、もう撮られるのに慣れちゃったかー!」
誇張やオーバーリアクションでない素の驚きを見せる前野を見て、二人は拳をきゅっと握り締める。ついさっきまで見ていた光景が、自分たちよりもレベルの高いものであったことを改めて思い知らされた気分だった。
そこへ、メイクを落とし私服へと着替えたましろがやって来る。前野を見つけたましろは、まず挨拶をしてから順調な撮影であったことを報告した。
「それで前野さん、何か用事で離れてたんですか?」
「ああそうそう! 今日ひとみが付き添ってくれて良かったわー。このあとみんなスケジュール空いてるでしょ? 他のみんなも今頃は、蘭子が公演やって終わりかな。だから、一度全員事務所に集まって欲しいって。社長から大事な話があるから」
前野の口から飛び出した言葉に、ひとみと弦音は怪訝な面持ちになる。その一方で、ましろは大したリアクションもなく聞いていた。
「社長から、ですか」
「まさかあーしらまとめてクビに……!?」
「なんだろうねー」
それがどのような内容であれ、自分たちにとって重要な話が待っていることに違いはない。三人は思い思いの言葉を口にしながら、前野と共にスタジオの出口へ向かって歩き出した。
読んでいただきありがとうございます。
一~三話を分割形式で三日ごとに更新していく予定ですので、また覗きにきていただければ幸いです。