お土産はオリーブオイル
どうして葉月がうちに来るんだろう?
昨日、俺は葉月に振られたばっかりだ。
普通なら顔を合わせづらいと思う。
「開けてくれる?」
葉月にそう頼まれ――俺は断ることができなかった。
まだ俺は葉月のことが好きだ。その葉月が俺の家に来てくれるなら、断る理由もない。
俺は志帆を振り向く。
「ごめん。客が来ていて、応対に出ないと」
「インターホン、女の子……の声でしたよね?」
志帆が警戒するようにつぶやき、そしてなぜか不満そうに頬を膨らませている。
俺は肩をすくめた。
「幼馴染の葉月が来てるんだよ」
「その人って、その……」
「俺が告白して振られた相手だよ」
志帆は「そうですか……」と言ってなにか考え込む。昨日、葉月との経緯を話したとき、志帆は自分のことのように悲しみ、憤慨してくれた。
そのことが俺は嬉しかった。
振られたのはかなりショックだったし、いまも引きずっている。でも、志帆が来たおかげで、くよくよと考え込む暇もなかった。
もし志帆が家に来るというビッグイベントがなかったら、昨日の夜も今日も俺は塞ぎ込んでいただろう。
俺は深呼吸する。葉月に向き合わないと。
振られたのは仕方ない。だから、気持ちを整理して前へ進まないと。
葉月と友人としての関係をちゃんと取り戻せれば、またチャンスもめぐってくるかもしれないし。
玄関まで赴いて、チェーンロックを外す。
扉を開けると、そこには制服姿の葉月がいた。
廊下を吹き抜ける風が、葉月の黒いロングヘアを揺らした。
葉月は困ったような顔をして、大きめのガラス瓶を抱えている。
ガラス瓶……?
もともと葉月の家とうちの家は、同じタワマンの隣同士だ。
すぐにでも来られる距離で、だからこそ以前は夕食を一緒に食べていた。
「これ……コウ君に渡してってお母さんから言われたの」
葉月はそう言って、俺にガラス瓶を渡した。瓶は緑色で外側にラベルが貼ってある。
これは……!
「エクストラヴァージンオリーブオイル!」
イタリア料理やスペイン領に欠かせない植物油。それがオリーブオイルだ。
そのなかでも、もっとも酸度が低く、風味や香りが強いのがエクストラヴァージンオリーブオイルと呼ばれている。
俺は思わず顔がほころぶ。こんな良い食材をもらえるのか。そんな俺の様子を見たせいか、葉月の硬い表情が少し和らぐ。
「イタリアの、えーと、トスカーナ州のなんだって」
トスカーナ州はイタリア中部の地方で、芸術で有名な花の都フィレンツェがある。
オリーブオイルの産地として世界的に有名だ。しかも、ラベルを読むとオリーブの品種は高級なレッチーノ種を100%使っていると書いてある。
「弥生さんがお土産で買ってきてくれたんだ?」
「うん。そうなの。コウ君なら美味しく使ってくれるだろうって」
葉月の母・弥生は四大法律事務所の弁護士で、海外案件を手掛けることが多く世界中を飛び回っているとか。
めったに家には帰ってこないのはうちの父と同じだ。ただ、俺に冷徹な父と違って、弥生さんはちゃんと葉月に愛情を持っている。
弥生さんは俺のことも可愛がってくれて、ときどき海外土産をくれていた。
葉月がうちに来た理由がわかって、俺は少しほっとする。
「ね? どうやって使うの?」
葉月が興味深そうに俺を見る。
俺は「うーん」と考える。
「オイル漬けやアヒージョに使ってもいいだけど、良いオリーブオイルは生で使う方が風味がわかってよいはずだから。サラダのドレッシングでも美味しくなると思うし、あとはフォカッチャを塩とオリーブオイルにつけて食べるのもきっと絶品……」
俺はそこまで一気にしゃべって、ハッとする。
葉月が俺を上目遣いに見て、くすっと笑う。
「コウ君って、料理のことを話しているとき本当に楽しそう」
「実際、楽しいからね」
俺は照れて言う。葉月はくすくすっと笑った。
「コウ君の料理はすごく美味しいよね。わたしも大好き」
そして、葉月はバツが悪そうにうつむく。
「昨日はごめんね」
「べつに葉月が謝るようなことは何もないよ。誰を振るのも葉月の当然の権利だと思うし」
「でも……」
気まずい沈黙が訪れる。
そこに爆弾が放り込まれた。
「小牧さん?」
その可憐な声に、俺はびっくりして振り向く。葉月も目を点にして、志帆を見つめる。
志帆が完璧な可愛さの微笑みを浮かべて、そこには立っていた。
「初めまして、香流橋葉月さん。あたしは小牧さんの同居人の、羽城志帆です」
嫉妬する(?)志帆の思惑は……? おかげさまでジャンル別日間ランキング3位に返り咲きました!
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