第九話「寝起き勝負」
金曜日の夜。
携帯の画面に、ある通知が表示される。それは、サヤカさんからのメールだった。
『通話しないか』
通話。
前回しりとり勝負をした時に言ってたなと思いながら僕は承諾メールを返す。
と、いきなり携帯が震える。
「も、もう?」
返事をした瞬間に電話がかかってきたのだ。しかもビデオ通話。
なんとなく格好を整えてから、おそるおそる緑の応答ボタンを押す。
『おお、早いな』
「こっちのセリフです・・・・・・」
サヤカさんは紺色の寝巻きを着ていて、いつでも寝れるぞという状態だが・・・・・。
「今日ってなにするんですか? この前はただ興味があるだけって話してましたけど」
「まあ普通に会話するだけでもいいと思ったんだがな」
人差し指を立ててサヤカさんが続ける。
「勝負を思いついた。寝起き勝負だ」
ルールはいつも通りシンプルで、どちらかが寝落ちするまで通話を続け、先に寝た方の負け。
どうやら準備までしているようで、飲めるように甘くしたコーヒーを見せてくる。
「準備万端ってわけですか。じゃあ僕もコーヒー持ってきます」
そして僕も準備が整ったところで一言アドバイスをする。
「カフェインは摂取して大体30分後に効果が出てくるらしいですよ」
「なに!? なら今のうちに!」
と、サヤカさんは口いっぱいにコーヒーを飲んだ。思わず苦笑する。
「じゃあまあ、勝負開始しますか」
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と、開始してしばらく雑談を続ける僕達。ビデオ通話は慣れないものだが、意外と話が続くものだ。
いや、まあ、そりゃそうか。もう二ヶ月の仲だもんな。体感は一瞬だが、かなり時間が経った。サヤカさんに話しかけた日を昨日のように覚えている。
あのとき、正直どうして声をかけようと思ったのかは自分でもわからない。ただなんとなく覚えてるのは「緊張してそうだなぁ」って思ったこと。緊張をほぐすためとか、そんな立派な意味はなかっただろうけど・・・・まあ今答えを出す必要はないだろう。
「モエカがな、作戦会議に協力してくれるんだ」
と、あれこれ一人で考えていると、サヤカさんが別の話題に移ろうとする。
「そういえばそんな事言ってましたね」
「うむ。まあいつも別の話題に結びつけようとして困ったものだがな。・・・・だが」
と、少し嬉しそうな顔をしてからサヤカさんが言葉を続ける。
「こんな私と仲良くしてくれて、感謝している。昔から人との仲が長く続いたことがなくてな」
なんだか口出せなくて、僕は黙り込んでしまう。
そして、さきほどまで笑みを浮かべていたサヤカさんの顔に心配の表情が浮かぶ。
「・・・・・ヒデはどうだ。私と関わっていて面倒だったり・・・・・・しないか」
言いづらそうな口調でそう問いかけてくるサヤカさん。スンとした表情が基本になっているサヤカさんだが、そんな心配が日頃頭をよぎっていたのだろうか。
そう思うと、僕の声色は自然と安心させるつもりのものになっていた。
「大丈夫ですよ。僕サヤカさんのこと好きですから」
「ん。そっ、そうか・・・・」
と、僕の返事を聞いたサヤカさんの顔が火照って赤くなる。全く心当たりのない僕はしばらく考え込んで・・・・サヤカさんと同じ状態になる。
「ま、まあそういうことなのであまり心配しないでください」
視界が固定されるビデオ通話でよかった。僕は体をひねってカメラ外で気持ちを落ち着かせてから、もう一度画面に入る。
「・・・・ふっ、ははは。よし、もっと話すか!」
と、そのタイミングでサヤカさんが嬉しそうな声色で仕切り出す。
そして僕は思った。この前可愛いと言ってしまったのはその場の勘違いとかじゃない。こんなにも嬉しそうな表情を浮かべるのなら、勇気さえあればもう一度可愛いと伝えられる。
「はい。なに話しましょうか」
そして、そこからの時間は一瞬に感じられた。
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時刻は夜11時。
楽しく雑談を続けていたのだが、突然視界がグラッと揺れた。眠気が唐突に湧いてきたのだ。
「・・・・・眠いのか?」
「は、はい」
そしてサヤカさんは、まるで自分が勝利を掴みかけてることを忘れているかのような心配そうな表情でこちらを覗き見る。
「もう少し、話したかった・・・・」
半目で見る画面のサヤカさんは何かを口にしていたようだが、もう眠気限界でなにも聞き取れない。
「まあでも・・・・・・勝利、おめでとうござい・・・・ます・・・・・」
そして言い終えた僕の意識はそこで途絶えた。
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ヒデが眠りについて、しばらく沈黙が続く。
話足りなくて、少し残念な気分だったが・・・・・・画面に映るヒデの寝顔を見て、すぐに別の考えが脳裏をよぎる。
私はそっと携帯のボタンに指を伸ばした。そしてカシャッとお馴染みの音が鳴る。相手側に聞こえるはずがないが、少しビクッとしてしまった。
「ふん、弱みを握った」
撮れたヒデの寝顔を眺めながら私はそう呟く。
そして私は、数時間前のヒデの言葉を思い出していた。
「・・・・・私のことが好き、か。もう少し言い方があっただろう」
苦笑しながらひとりごちる。
だが、おかしい。その言葉を聞いた時、私は一瞬別の意味だと勘違いした。それでもなんだか・・・・・嬉しく感じた。
「私もヒデといるのは・・・・・好きだぞ」
そんなことを言ってみたり。
いやいかん。何かおかしい。調子に乗ってしまっている。
と、突然。
「んん・・・・・」
「おっ!?」
通話越しから声が。
起こしてしまったか。そんな心配も束の間、次の瞬間に私の心臓がドンと跳ねる。
「・・・・・サヤカさんは、かわいい・・・・ですよ」
「・・・・・は?」
かわいい? 何の夢を見てるんだ?
「い、一体っどんな夢を見てるんだ!?」
極力まで小さく絞った声がそう漏れる。
だが、それ以上ヒデの口からはなにも出ない。
一旦落ち着くために深呼吸。
「くそ・・・・・からかった罰だ」
そしてもう一度ヒデの寝顔をスクショする。カメラのシャッター音の後、当然喋る人などおらず、静かな空気が流れる。
と、私の意識もだんだんと朦朧になってきた。
通話を切るボタンに指を伸ばそうとするが・・・・・油断していた。まったくかなわない。
「くっ、おのれヒデ・・・・」
そして一言置いて、私の意識は途絶える。
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「ちょっとヒデ、寝るならちゃんとベッドで寝なさい」
「ん・・・・んん・・・・」
誰かに体を揺さぶられて、だんだと意識がはっきりとしていく。眠い目を擦りながら振り返ると、そこには母さんがいた。
「・・・・結局寝ちゃったのか」
「その子、誰なの?」
「ん?」
と、もう一度机の方へ振り向く。僕は思わず「えっ」と声が出た。携帯の画面に寝ているサヤカさんが写っていたのだ。
「友達?」
「・・・・いや」
僕はちょっと考えてから答える。
「敵」
「敵?」
当然母さんは戸惑いを見せる。まあサヤカさん的にはこちらの答えの方が嬉しいだろう。
そして流れる動作で僕はスクショをする。その行動を見た母さんが夜中だと言うのに絶叫する。
「と、と、盗撮!?」
「え、あ、いや」
いやまあそうだけど。間違ってないけど。
いや、本当になんでスクショしたんだ?
「とりあえず、寝る支度するから」
「ちょ、ちょっと!!」
納得いかないようで母さんがしばらく騒ぎ続けたが、まあとりあえず放っておく。
「・・・・おやすみなさい」
そして、僕は名残惜しくも通話を切った。
今度会うの気まずいなぁ・・・・。




