第五話「笑って負けろ」
「チョコをちょこっとください」
・・・・・・。
「すいません、今持ってないです」
「ち、違う! ダジャレだ!」
午前の授業が終わりお昼休みになった時間。早々に僕の席に駆けつけてきたサヤカさんがダジャレを放つ。
正直、普通にチョコを欲しがっているのかと思った。
「ふん、手強いな。じゃあ次だ」
状況をうまく整理できない僕に構わず、サヤカさんは別の策に移り始める。
「布団が吹っ飛んだ!」
まさかのここで王道。
「面白いか?」
「面白くないです」
つい即答してしまった。
サヤカさんが悲しさと悔しさを混ぜ合わせたような表情を見せる。
容赦のない評価を下したのは確かに申し訳ないと思っているけど、お世辞にも面白いとは言えない。
意図が理解できないので、聞いてみることにする。
「急にダジャレだなんて、どうしたんですか?」
と、サヤカさんは諦めたように説明を始める。
「人は笑うと隙ができるんだ」
「はい?」
「昨日ママがお笑い番組を見ていてな、笑っている瞬間に隙があったんだ」
「はあ・・・・・」
「活用してヒデの隙を物理的に突こうと思っていたんだが・・・・」
とうとう物理的に手を出す勝負を下してきたか。
とりあえず自分的に状況を整理すると、まず僕をダジャレを使って笑わせ、そこで出来る隙を狙って攻撃をするつもりだった。だが、ダジャレが効かず不発に終わったということか。
なんだかとても申し訳ないことをした気がする。チラチラ見えるサヤカさんの悲しむ顔が更に追撃をかけてくる。
お詫びというわけではないが、できる限りのアドバイスで気分を紛らわせる。
「ダジャレってあんまり笑ってもらえないんですよ」
「そうなのか? モエカは『ハハハ』と笑っていたが・・・・・」
愛想笑い。
そんな言葉が口を突いて出てこようとしてくるので必死に堪える。
「推奨はできないですけど、ダジャレをどうしても使いたいなら、口調をキツめにするといいかもしれません」
ツッコミとかはキツめに言うアレだ。
「ふむ・・・・敵に塩を送る行為だが、素直に知恵を預かる」
「はい。まあ、たとえば」
僕はその場で思いついたネタをなんの躊躇もなく言葉にしようとした。
ーそしてすぐに後悔することになる。なぜなら、
「素人が知ろうとするな」
そんなものだったからだ。
キツめに言うことに則ってそんなネタを思いついたのだが、状況が悪すぎた。
「そ、それ、本音か・・・・?」
「あ、いや、違っ、違うんです」
僕は早速誤解を解こうと脳を働かす。
「たまたま思い付いたんです、たまたま!」
「私を素人と考えたことに結びついたんじゃないのか!? 正直に言うんだ!!」
「本当に違います!!」
そんな風に言い争いをしていると、
「楽しそうなことやってる!」
その声の主は茶川さん。
茶川さんは扉の前で立ち、面白い玩具を見つけた赤子の様な眼差しでこちらを見てくる。
楽しくなんてない、誤解を解くのに精一杯である。
「なにやってるの?」
堂々と教室に入ってきた茶川さんが楽しげに問いかけてくる。
「ヒデが私に『素人は知ろうとするな』と言ったんだ!」
「経緯を話しましょう!?」
語弊のある言い方をされたので、僕は必死に今までの経緯を茶川さんに伝える。
すると、理解したと言わんばかりに二度首を縦に振り、口を開いた。
「私のセンサーは正しかったようだ」
芝居がかった口調でそう言う。
なんのセンサー・・・・?
「サヤカちゃん、そういう時はこう返すんだよ」
そしてコホンと咳払いをして、一言。
「ヒデが酷ぇ」
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・」
僕とサヤカさんは黙り込んだ。
なんというか、うん。この感情は言語化ができない。
しばらく沈黙が続き、察した茶川さんは遠い目になる。皆が揃って黙り込む。
「・・・・・!!」
しかし、ただ一人。サヤカさんが我に返って状況を俯瞰する。
そして、視線が僕を捉える。
「・・・・・ここだッ!」
小さく呟くと同時に音も無く腕を振った。
「あ痛っ。 ・・・・・?」
それが僕の頭に直撃する。
反射的にそんな声が漏れたが、実際はポスッとサヤカさんのチョップが頭に軽く当たった程度。
しばらく思考を放棄し、またもや沈黙が流れる。それを破ったのはサヤカさんだった。ドヤ顔で口を開く。
「・・・・・ふん、私の勝ちだ」
そういえば、と思い出す。
サヤカさんはずっと攻撃を当てるタイミングを狙っていたのだ。
「よくわかんないけど・・・・・おめでとう?」
スベったショックが大きいのか、光のない瞳孔で茶川さんが静かに拍手する。
「・・・・・・負けました」
僕は叩かれた箇所をさすりながら素直に負けを認める。まあ、どちらかと言うと茶川さんのおかげな気がするが・・・・・細かいことを気にするのは筋違いだろう。
謎の雰囲気は残ったままだったが、昼休みが終わり一旦その場は解散となった。
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その日の帰り道。いつもと変わらず、僕はサヤカさんと歩いていた。
「なあ、ヒデ」
ふいにサヤカさんが口を開く。
「すまなかった」
「え?」
いきなりの謝罪に、僕は戸惑いを隠せないでいた。
サヤカさんもそれを察したようで、説明に入る。
「昼休み、私がチョップを入れただろう」
その説明でようやく思い出す。
「暴力はよくなかったと反省している。すまなかった」
と、サヤカさんは再度謝罪をする。
それと続けざまに手を伸ばしてー
「頭、大丈夫か?」
僕の頭に触れた。そしてそのまま撫でる。
心臓がうるさくなる。
思ったよりも長い間、僕の頭を撫でる。言葉を発せなく、ただただ静かにそれを感じる。
「な、なんか! ・・・・煽りみたい、です、ね」
途切れ途切れになりながらも、なんとか口を開いた。
「いやそういうつもりじゃ・・・・あっ、す、すまん・・・・」
そしてサヤカさんは気付いたように手をそっと仕舞った。
なんというか、普段のサヤカさんからは感じられない「何か」を感じた・・・・。
分かれ道で手を振って、それぞれの帰路についた。
そんな中、僕はひたすらに思う。サヤカさんに感じる感覚が、日々変わっていっている、と。




