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今日も今日とて敵対視  作者: リュウ星群
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第二十六話「馬鹿」

「飲み物買ってきました」

「あ〜ありがと!」


 待ち望んでいた部長と二人きりの文化祭。話していた通りたこ焼きを買いに来たのだが、思っていたより行列ができていた。俺は自販機へ向かい、部長にはたこ焼きの列に並んでもらうという形でなんとか効率を重視した。


「あれ、志葉のは?」


 ——手持ちの水一本は奇跡の賜物。自販機の飲み物は一切合切売り切れていた。

 九月に入りはしたが、夏は完全には過ぎ去っておらずまだまだ炎天下。客が飲み物を求めて数が切れるのは当然の結果だった。


「俺やっぱいらなかったす」

「ふーん・・・・・・?」


 もちろん本当のことは言えない。わざわざ心配をさせるわけにはいかない。

 座る場所を奇跡的に見つけられて、座ってから手渡されたたこ焼きを頬張る。・・・・・・やっぱり飲み物が欲しい。滴る汗と乾く喉は嘘をつかない。


「やっばー冷たっ。志葉、本当に飲み物いいの?」

「大丈夫っすよ」


 と、また嘘を重ねる。その分、汗は増していく。

 そんな俺を、部長はずっと見つめていた。あまりにもじーっと見つめてくるので思わず噛む口が止まる。次第に俺は視線を空へと外す。


「ほら」


 突然、腕に冷たい感覚が走る。


「飲みな。どうせ売り切れてたんでしょ」


 そして部長は、全てを見抜いた笑みでペットボトルを差し伸べてきていた。

 蓋の開いた飲み口につい集中してしまう。——そこ、部長が口付けたよな・・・・・・?


「腕疲れたよ〜?」

「あっ、えっと、あざす・・・・・・」


 気を遣わせてしまった。

 思わず受け取ってしまったが、どうする。気にし過ぎると、部長からしたら不審かもしれない。どうせ部長は気にしないのだろう、これっぽっちのことは。

 俺は決断した。こんなところで日和るまいと、グビッと。


「どうよ」

「・・・・・・美味いです」

 

 味も冷たさも何も感じない。それどころではない。

 ふいに、手が震えないようにと必死に力む俺を見ながら、部長がニヤッと笑った。


「結構勇気あるね?」


 ど・・・・・・

 どういう意味だぁあ————ッ!?


 ◇


「いません」


 僕はキッパリと答えた。

 目の前の男は何が意外だったのか、ぽけっと黙り込んだ。

 ——と、その時。隣で息を吸い込む音が聞こえた。言うまでもなく茶川さんの呼吸だが、その顔は絶望に染まっている。


「うぉっ、客来たのか」


 ふいに扉の方から驚く声が響いた。きっと警備巡回していたであろう雨笠先生が立っていたのだ。その存在に僕達が気づくと同時に、先生がノコノコ教室に入ってくる。


「うい、少年。何の話だ」

「え、雨笠先生じゃないっすか! 今ちょっと恋愛相談乗ってもらってたんす!」

「なにぃっ、恋愛だと!? 聞かせろ!!」


 是非是非! 

 少年が快く受け入れると同時に、先生がシッシッと手で追い払う仕草をする。対象は僕達だと悟り、大人しく教室を出た。

 そして、先生に作ってもらったこの時間は——茶川さんとの対談のための時間だ。


「・・・・・・聞こえてましたか?」

「耳栓、思ったより防音性なかったや」


 へらっと茶川さんが笑う。それは、分かりやすく強がっている意思を含んでいた。


「・・・・・・本当にいないの? 好きな人」

「いや、いますよ」


 ハッキリと伝えた。

 これだけは、ハッキリと伝えた。いつも傍にいてくれる茶川さんには、伝えておきたかった。今こそが、好機だと思った。


「好きな人・・・・・・います」

 

 聞き間違いかと言わんばかりの表情は一瞬だけ。すぐさま茶川さんの顔がパッと輝いた。


「ほんと? ほんとっ? 誰誰?」

「そ、そこは言いません!」

「え〜教えてよ〜〜!」


 分かり切っているだろうに。

 きっと茶川さんもわざと執拗に聞いているのだろう。嬉しそうな表情で「ねえってば〜」と肩を叩いてくる。


「・・・・・・じゃあ、この二日間が勝負だね」

「そう、ですね」


 そうだ。この二日間の文化祭で勝負に出られるか否かが、きっと今後に影響する。志葉君だって頑張るんだ・・・・・・いや、違う。今は僕以外は関係ない。

 不穏な雰囲気を解決した後、二人で教室に戻った。まだ中では、先生とあの彼が恋愛話を続けている。


「そりゃ理不尽っすよ!」

「だろぉ!? 俺絶対悪くなったぞあん時!」

「やっぱり男女は分かり合えないんですね!」

「そうだそうだ!」


 ・・・・・・随分と聞いていた話からズレ始めているようだ。


「分かり合えますよ!!」


 と、茶川さんがズカズカと二人の間に入っていく。

 もうだめだ、こうなっては争いは止まらないだろう。


「いいですか! 付き合っている人がいる実例があるんですから、嫉妬はやめて大人しく自己を磨いてください!!」

「なんだとぉ! じゃお前はまず付き合ったことあんのか!?」

「それは・・・・・・ないですけど!」


 もうやめましょう。


 ◇


 皿を擦る音。オーダーする声。——そして、「萌え萌えキュ〜ン!」


「わざと来ました・・・・・・?」

「ふふん」


 問いに対する答えは部長のニヤケ面が表している。

 小腹をたこ焼きで満たしておいて、何故だか俺達はメイド喫茶に足を運んだ。自分のクラスに客として訪れるのも気まずいが・・・・・・何より、香山が恥ずかしそうに接客するのを見て申し訳なさを感じる。


「とりあえず、注文は・・・・・・」

「この『フワフワオムライチュ♡』でお願いしま〜す!」

「俺も同じので」

「コラ、志葉。ちゃんと名前でお願いしなさい」

「・・・・・・ふわふわおむらいちゅ」


 クラスの奴らにネーミングを任せたのが仇となるとは。


「それじゃあ、少々お待ちください」


 香山はマニュアル通りの態度で場を離れてオムライスを準備しに厨房へ向かった。

 冷凍品を二分間チン。そして見栄えのための小旗を刺し、ケチャップを上からかけて、完成。簡単でシンプルな工程を済まし、ようやく客の元に運ばれるという形だ。


「おまじない、いらないですよね」

「えーっ! いるいる、萌え萌え欲しいです!」


 去ろうとしたところを部長に呼び止められ、香山が更に恥ずかしそうに顔を赤らめる。この格好で知り合いに接客をすることがどれだけ恥ずかしいことなのか、俺には計り知れない。

 しばらく黙り込んだあと、ようやく香山は腕を動かした。人差し指を丸く曲げ、それ以外は折りたたむ。ハート型に揃えたソレを左胸にあて、オムライスを見つける。


「もえもえ・・・・・・」

「もえもえ?」

「きゅ、きゅ・・・・・・」

「・・・・・・頑張れ、香山」

「きゅー・・・・・・・・・・・・・・・ん」


 歯切れ悪くも句を言い切った香山は一瞬のうちに消え去った。


「さて、味はどうかな、いただきまーす!」


 そんなこともお構いなしに、部長は両手を合わせてプラスチックのスプーンで一口頬張る。

 冷凍食品だから、わざわざ表情で語るほど美味しくはないらしい。だが香山のおまじないのおかげか、ずっと満足そうに口を動かしている。俺も黙々と口を動かしながら部長の顔を見つめた。バレそうになったらすぐ目を逸らす。またすぐ隙を見つけて部長の顔を見る。その繰り返し。


「そういえば私、一年のときにコスプレ喫茶やってたんだよね」

「へえ、なんの格好したんですか?」

「牛」

「コスプレってそういう・・・・・・」


 脳裏に牛になりきった部長を想像してみる。うん、理由はないが、きっと似合ってたし可愛かっただろう。


「ごちそうさま! それじゃあ出よっか」

「はい」


 皿を下げてもらい、両者互いに満腹で教室を後にした。まだまだやり残していることはあるが、幸せの時間は終わりを告げようとしている。


「あー、劇もうすぐだ。出演しないのに私も緊張してきたー・・・・・・」


 俺もまた相談部屋に戻らなくてはならない。


「頑張ってください」

「ありがと、頑張れる」


 途中までは同じ道だ。別々の目的地ながらも肩を並べて歩いていると、突然部長の歩む足が止まった。

 思わず通り過ぎてしまい、一歩先の位置で部長の表情を確認する。——今まで見たことのない顔が、そこには確かにあった。


「何をしてる、カズネ」

「・・・・・・お父さん」


 父さん? この人が?

 まさしく親子と分かる遺伝的な髪色。それなりに老けては見えるが、端正な顔立ちだけは明確で、全体的に凛々しさを受け取れる。この人が、部長の父親。

 待て、容姿は一旦どうでもいい。この異様な雰囲気はなんだ。


「家で勉強に励めと伝えたはずだが」

「あーはいはい、どいて」


 と、部長はろくに話もせずに道を阻む父親に突っ込んでいく。


「部長っ、この人話があるんじゃないんですか!?」


 声をかけてみても無視された。こんな部長は初めて見た。・・・・・・怖くて、これ以上話しかけようとは思えない。


「君は、カズネのなんだね?」

「あ、こんにちは・・・・・・。俺は、同じ部活の部員、です」

「・・・・・・そうか」


 と、簡潔に聞き終えた部長の父親は俺の元から立ち去った。しかし、少し先で立ち止まり、もう一度振り返った。


「挨拶も出来て律儀な子だ。・・・・・・あの馬鹿とは大違いだ」


 とても褒められた気はしない。どちらかと言うと腹が立った。

 そのまま立ち去ろうとするのを、俺は声で制した。


「馬鹿って誰のことですか? ・・・・・・どうして家族を罵る必要があるんですか?」

「独り言だ、君が気にする必要はない」


 そして相手にされず。適当に誤魔化して、部長の父親は今度こそその場から立ち去った。

 俺はその背中が見えなくなるまで立ち尽くした。こんなところで時間を潰している場合ではないのに。

 このとき、俺は何かを感じた。積み重ねた石がバランスを失い崩れ落ちるような、そんな感覚が心をよぎったんだ。

 その後、部長は姿を見せなかった。会話部のグループチャットに謝罪と、シフトの代理を頼むメールだけを残し、誰とも話さずにいなくなってしまった。

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