第二十五話「いません」
「あんま来ないすね」
「予想通りっちゃ予想通りなんだけどね」
本日、実感が湧かないままだが、とうとう文化祭が開始した。
各クラスで生徒は動き始めているし、体育館で行っている演劇にも客が来始めている頃合いだ。外からも屋台で盛り上がっている人々の声が聞こえてくる。
会話部はと言えば・・・・・・すっからかんだ。ただでさえ要らぬ物を教室から抜いたせいで、尚更空間が広く感じる。
「志葉のその格好見て、ドン引きながら帰った人いたよね」
「俺のせいにしないでくださいね」
一番目のシフトは運のいいことに荒川部長と二人きりだ。茶川と佐木山がシフト編成に協力してくれた結果である。この機会を逃す手はない。
何から話そうか、と事前に用意しておいた話題を脳内でペラペラめくる。と、
「ちょっとじゃんけんしよ」
「え?」
遮られてつい思考停止になる。
考えがまとまらないまま手を出し、流れに身を任せてチョキを出した。
「うい〜、グーでした」
「負けました。・・・・・・?」
「今日、どっから回る?」
脈絡もなく、机に突っ伏した部長は微笑む。俺が黙り込むせいで、やがて待ちくたびれた部長の眉が八の字に下がる。
——やばい、見惚れてた。
焦って「何がありましたっけ」と、早口に気持ちの高まりごと言葉を吐き出す。
「んー・・・・・・外の屋台でたこ焼きとか色々やってたと思う」
「お腹空いたんですか?」
「いーや、まだ。でも空く予定ですから」
「そうですか。じゃあ俺も、その予定真似しようかな」
よく頑張ってる、俺。
軽口を叩いていれば次第に緊張も薄まってきて、自由時間の巡回計画が段々決まっていく。小腹を満たそうとか、劇を観ようとか、勇気を出してフォトスポットに誘うこともできた。はっきり言って幸せ一杯だ。
相談部屋は盛り上がりに欠けているが、このままが続けばいいのにと、申し訳なくも願ってしまう。葛藤の中で、俺は静かに神様に両手を合わせるのだった。
◇
「人多いですね」
「だな。廊下が混んでて通りづらい」
僕達の校舎は四階まであり、上の階から一年生、二年生、三年生となっている。演劇でクラスを使わない二年生の三階や、外の屋台で活動するクラスの分の空き教室が出来て、会話部もその一つで活動している。
と、説明はさておき。二階から順に回るつもりの僕達はその混雑具合に困惑していた。
「列まで出来てるな。うぅ・・・・・・この客数をメイド姿で相手するのか・・・」
「僕はおかげさまで避けることができました」
昨日、サヤカさんと一緒に志葉君に言い出せたのだ。メイド服を着たくないと。だから、幾分か気が楽である。
今はただ、サヤカさんの緊張が乗り移っていて落ち着かない。頂いた恩の分、僕はサヤカさんのフォローをするつもりでいる。
「やっぱり、気になるところから回るか。時間が足りんだろう」
「ですね。どこか宛はありますか?」
「そうだな・・・・・・モエカのとこが確か、射的をやってたな。——リベンジいいか?」
「リベンジ?」
思い当たる節がなく、しばらく思考に耽る。
「夏祭り。ボロ負けしただろ、私」
「ああ、そういえばボロ負」
「いや違うな、ちょっと負けただけだな。うん、ちょっとだけ負けた」
勢いよく口を塞がれたが、完敗だったと思います、サヤカさん。
きっとプライドを自ら傷つけたのだろう。これ以上塩を塗らないようにと小さく頷き、快くリベンジを承諾した。
「次の方どうぞ」
「さて、腕の見せ所だ」
大して長くない列に並び終わり、ようやく順番が回ってきた。さて、前回の勝者として、対戦者の成長具合を確認するとしよう。
百均で用意しただろう輪ゴム銃を構え、一メートルほど離れた景品に銃口を向ける。狙うはクッキーの菓子箱だ。
距離は離れてない。命中率も期待できる。輪ゴム銃にパワーさえあれば容易く勝利を収められる。
ただその瞬間をじっと待つ。
照準を再確認。そして、引き金に指を添え、グッと引く。勝利を目指す輪ゴムが発射され——
「うわ〜〜ッ!」
思いっきり空振り。
続く二発も、何にも邪魔されず宙を舞う。
「角狙い過ぎたーッ!」
もはやお決まり展開と化した現状に、もう驚くことはない。
「ま、まあ、ヒデも外せば同点だ。まだ負けてない」
「どうなっても知りませんよ」
僕も銃を構え、輪ゴムに掠られなかったその菓子箱を狙う。
多分、普通に胴体を撃てば、
「お〜おめでとうございます、景品です」
見事撃ち落とせた。
「要りますか?」
僕は善意百パーセントでサヤカさんに箱を差し伸べる。しかし、どうやらこれは選択ミスだった模様。
「いらん! 煽ってるのか貴様!!」
「いや、ごめんなさいそんなつもりは・・・・・・自分で食べますね」
「ぐ、ぐぐ・・・・・・ちょ、ちょっとだけ、譲ってほしい」
完璧にプライドをズタズタにしてしまった。
御免って。
◇
「そろそろ時間だな」
「向かいましょうか」
気づけば時間が迫り、もうすぐサヤカさんのシフトだ。今のうちにクラスに向かい、女子達に着替えの協力を頼みに行かなければならない。
そして僕はといえば、会話部の相談部屋のシフトがある。
「じゃあ、頑張ってください」
「うむ、ヒデもな」
サヤカさんを見送って、僕も急いで会話部の活動場所へと早足で向かった。今頃、荒川部長と志葉君が待っているはず。
「さーぎやまくーん」
「あ」
後ろで階段を降りて登場したのは茶川さん。片手には、外の屋台で買ったであろうフランクフルト。
「時間一緒だよね」
「はい」
「頑張ろ〜」
グータッチ。
そうしてすぐに目的地に到着する。時間もぴったりなので急いで担当を変わろうとすると——
「どうしたらいいと思いますか」
知らない声が、少し開いている扉の隙間から聞こえた。そっと覗き込むと、どうやらお客さんが来ていたようだ。まだ話し合いをしているなら中に踏み入ることはできない。かと言って、いつ相談が終了するかも分からない。その状況下で迷った挙句、盗み聞きする形になった。
・・・・・・昨日もやったな、こんなこと。
「遠距離、ってことか」
対応するのは志葉君。隣にいるはずの部長は何故か姿が見当たらない。
「はい・・・・・・相手は引っ越すから会いづらくなるし、受験勉強も本格的になっていくから、お互い忙しくなって」
まだ本筋が見えてこない。茶川さんと顔を合わせてお互いにハテナを浮かばせていると、
「よっ」
「「ッ!?」」
「シー!」
驚かされて声を上げそうになった瞬間、口を手で塞がれる。背後から音もなく近づいてきたのは荒川部長だった。
「お客さん一人だったから、気まずいと思って私は退出してたの。ついでにトイレ行って帰ってきたら佐木山君達がいて」
「そ、そうでしたか」
待ってよっかと部長も隣に居座った。
漏れ聞こえる会話は止まらない。
「告白したら困らせるんじゃないかって」
「まだ中学生で、よく考えてるな」
相手は中学三年生。好きな人に告白がしたいが、その人の引っ越しと受験期が都合悪くも重なり、迷っている。・・・・・・多分、そういうことだ。
志葉君はしばらく黙り込んでいる。同じく恋愛で悩む同士、発する言葉には責任を持ちたい。僕は勝手ながら、そんなふうに捉えた。
「フラれたら怖いし、でも、ここで動かなきゃって気持ちもあって。・・・・・・結論が出せないんです」
「相手の引越しはいつだ」
「確か、二ヶ月もしないうちには」
「・・・・・・居なくなってからじゃ、遅いんだ」
そのときの志葉君の声色は、とにかく重かった。もはや独り言なのか、自分に言い聞かせるようにも聞こえた。
相手の中学生も黙り込んだ。志葉君の言葉から感じたソレが、体に深く沁み込んだのかもしれない。
——憶測ばかりだ。僕はまだ、志葉君のことを何も知らないんだ。
◇
「お疲れ様〜、相手さん帰った?」
「あ、部長。はい、さっき終わりました」
「そっか。次の二人来たから、シフト代わってもらお」
「ん、来てたのか。すまんな、時間が過ぎてしまって」
「いやいや、大変だったね〜長引いちゃって」
もし自分がさっきの子と話し合いになったら、一体どうなっていただろうか。ここからシフトだと言うのに、不安・心配・懸念ばかりが積もる。
そんなとき、バシッと志葉君が僕の背中を叩いた。何か言われるわけではない。ただ、無言で見つめられただけ。だが、僕は「うん」と頷いた。——大丈夫だ、そう示された気がした。
「あんま人来ないから、のんびりしてよ」
「はーい! 頑張ります!」
そうして志葉君と部長は去っていった。しん、と空間が淋しく静かになる。それを打ち破ったのは、茶川さん。
「さっきの志葉君、どういう結論出したんだろね」
先ほどの盗み聞きの時間、途中から空気が重くなってつい扉をそっと閉めてしまったのだ。あの時に勘づかれたらと思うと恐ろしい。
どういう結論だったのか。気になりはするが、見当が付かない。
「志葉君だしねー、自分でもいろいろ考えてる立場だろうし。私は人の恋路を覗くのは好きだけど・・・・・・なんだか急に、志葉君には突っ込んじゃいけない気がしてきたよ」
「・・・・・・ですね」
「まあ、難しいことは考えない! あの二人はきっと今から楽しい時間を過ごすことになるんだろうし!」
と、茶川さんは気持ちを切り替えた。シャキッと姿勢を正し、お客さんを待ち構える。
僕も真似することにした。志葉君は志葉君なりに結論を出すだろうから、大丈夫だ。・・・・・・これも言い聞かせか。
「すみませーん! いいですか!」
突然、爆音が教室中に響いた。いや、爆音というか人間の声なのだが。
「どうぞー!」
困惑する自分とは違い、茶川さんはよく通る声で爆音少年を迎え入れた。そうして嬉しそうな満面の笑みで目の前に着席する。僕の、目の前に。
「彼を指名でいいですか!」
「あ、どうぞどうぞ」
「・・・・・・よろしくお願いします」
チャラいとも違うような、元気の良い少年。校内で見かけたことはないが、しっかりうちの制服。上履きも、一年上の緑色。キラキラエフェクトを身に纏っているのは気のせいだろうか。
「私耳栓しときますから、ご自由にどうぞ」
「あざーす!」
本当に声が大きいな。
「オレ後藤です! ッシャス!」
「・・・・・・う、うす、お願いします」
つい慣れない口調で答えてしまう。これは幸先が悪い。
「ど、どのようなご用件で」
「オレ恋愛したくて! でもなんか、好きな人とかできないんすよ。なんでだろって」
ええ、難しすぎでしょ。ただでさえ恋愛話題な時点で困っているのに。
「えっと・・・・・・一回も好きな人できたことないんですか?」
「っすね〜、確かそうっす。あれ? どうだったかな、一人いた・・・いやいなかったかなぁ」
「じゃあ・・・・・・どうして恋愛をしたいんですか?」
「ん? ん〜」
と、しばらく彼は唸る。
「ま、イチャイチャしたいっすね!」
そして捻り出した答えはイチャイチャ。まあ、普通の答えなはず・・・・・・だよな。
「んー。そういえば、えっと・・・・・・ああ、佐木山さん」
首からぶら下がる名札を確認した後、彼は僕の目をじっと見る。
「佐木山さんは、好きな人とかいないんすか!!」
何の悪意も害意も感じさせない、でも退かせない力強さを感じさせる一声だった。僕は今の言葉で、一気に崖まで追い込まれた気分だった。
ここの一言で、僕の道が決まる。そんな気がした。
「・・・・・・」
目の前の彼はずっと待っている。その眼からは、逃げられない。
「—————いません」




