第二十四話「恥ず」
あれからしばらくして、ついに文化祭前日。今日一日を全て準備に使える日。そして、ようやく会話部の準備も始まる日だ。
クラスに人は足りている。仕上げ作業のみでもう特別な指示もいらないので、クラスリーダーの志葉君も部活に顔を出している。
「全員いるね」
数えるまでもない人数の顔を確認しながら、荒川部長はにっこり一人呟く。
「この教室は使われないってことらしいから、改めて、会話部はここで相談部屋を開催します。部屋作りから徹底して、最高の出来にしよう!」
「うい〜」
やる気のなさそうな声が一つ。声のする方を見れば、雨笠先生が適当に右腕を上げてヘラっと笑っている。視線だけを集め、当然のように無視される。
「じゃ、志葉は一旦私のとこ来て。後のみんなは、この前見せた部屋図を見ながらちょこちょこ進めてね」
「俺ですか?」
志葉君の末路は察した。南無。
とりあえず、残った僕達三人は全体の制作に取り掛かる。あらかじめ白色に塗っておいたダンボールで机に仕切りを作ったり、入口の扉に装飾を飾ったり。茶川さんは自ら希望して用意した立て看板に文字やら絵やらを描く。
「どう思う、ヒデ」
サヤカさんに呼ばれて装飾の確認をする。僕にセンスなどは微塵もないが、素直に良いと思える出来上がりだ。
「いいですね」
「よかった。このまま他も続ける」
いつも通りに頑張るサヤカさん。クラスの準備で活躍できなかった僕は、今こそ頑張りどきだ。負けていられない。勝負だ、サヤカさん。
さて、机を配置しよう。窓のある壁際に机を二つ並べる。客の数に期待をしなかったのと、まず部員の少なさからの数だ。
「思ってたよりやることなさそうじゃねぇか」
と、横から雨笠先生が暇そうに呟いた。
「暇そうですね」
「よかったら手伝ってくださいよ〜」
今度は茶川さんが立て看板を持って近づいてきた。見ると、どうやら立て看板のデザインは完成したらしい。企画の概要やら時間帯やらが描かれている。
「やだよ。あと暇じゃない」
「嘘っぽ」
「まじまじ。今から校内周回始めるし」
「暇じゃないですか」
茶川さんはとっくに部長みたいなノリで雨笠先生と話している。やっぱすごいなこの人は。
そんな最中、
「じゃじゃ〜ん。志葉の登場で・・・・・・ぷっ」
部長の笑い声が教室中に響き渡った。何事かと全員が振り返ると、そこには、
「・・・・・・もっと、どうにかならなかったんすか」
ダンボールに包まれてギチギチの志葉君が、微妙そうな顔で自らの姿を確認している。うわぁ、と思わず声を漏らした。皆はまだ状況を飲み込めていないと思う。だが、僕は分かる。共犯者だから。
志葉君を包んでいるダンボールは、一応白衣だ。しっかり長丈なため可動域が狭く、袖すらダンボールで出来ているので、肘は完全に曲がらない。
まさか部長、僕も協力したなんて言ってたりしてないだろうな。今度こそ志葉君に怒られてしまう。
「ブハハハハ! なんだそれ! いや、シバっちゃん、似合ってる。ブハハ」
「笑わんでください!!」
「・・・・・・ぶっ」
「香山!」
皆我慢できずに吹き出している。だが僕はそれどころではない。冷や汗まみれだ。
「佐木山君、いいでしょ? いいでしょ?」
こっちに話を振らないでいただきたい。
「佐木山、助けてくれッ!!」
ほんとごめん。
◇
「きっしょ!」
「どこがだよ、馬鹿似合ってるだろ!」
クラスの男子が盛り上がっていた。メイド服の試着をしているのだ。あれを見ていると、胃がキリキリしてくる。着たくないなぁ、ほんと。
てか、サヤカさんも着るのかな。
「ヒデ」
「は、はいっ」
一瞬の邪念を横切るようにサヤカさんに名前を呼ばれた。
勢いよくサヤカさんの方を向くと、
「どうだ」
「・・・・・・おぉ」
サヤカさんも思い切り、メイドへと大変身していた。言い表し方など全く分からないが、とてもよく似合っている。素直に可愛いのだ。
脳内ばかりで語っていても、現実では声が出ない。無言の僕を見てサヤカさんが不安げな顔を見せる。慌てて僕は口を開いた。
「いやっ、似合って、ます、ね」
「そうか。よかった」
と、サヤカさんは安堵するように息を吐いた。多分本人も緊張しているんだろう、その姿で接客をしなくてはいけないのだから。
「ヒデはどうするんだ?」
「・・・・・・本当は、着たくないですけど。今更言い出せそうにもないので——」
「嫌なら嫌と言うべきだろう。来い、私と一緒に言いに行こう」
「え、えっ」
まさかの展開。サヤカさんは僕の手を引っ張り、その姿のまま廊下に出ようとしだした。クラスに姿がない志葉君を探しに行くんだろうが・・・・・・
「わっ、見てみてメイド服」
「ほんとだ」
別クラスの生徒からのヒソヒソ声が聞こえてサヤカさんは足を止めた。メイド姿で出歩く恥ずかしさを自覚していなかったようで、教室から三歩歩いた辺りで顔を真っ赤にする。
「志葉君が来るまで待ちましょう」
「そ、そうだなっ。すまんっ」
さっきまでの勢いはどこへやら。サヤカさんはそそくさとクラスの女子に声をかけて、未だ顔真っ赤の状態で更衣室へと向かった。
でも嬉しかったな、と僕は一人笑みを浮かばせていた。一人では絶対に勇気を出せずにいたし、サヤカさんがいれば心強い。また後で感謝を伝えないとな。
少し暖かい気持ちになっていたが、急にまた一人になったと気づき心細くなる。居た堪れなくなった僕は静かに教室を出て、あえて距離がある裏門付近の自販機に向かった。静かな場所だからというのが本音だが、ちょうど水筒の中身も空で一石二鳥。
財布の小銭を確認しながら曲がり角まで来ると、まさかの人の話している声が。作戦失敗ではあるが、よくよく耳を澄ませば、それは馴染みのある声だった。
「いやー助かったよ、ちょうど現金切らしちゃってて。また明日返すね」
「いや、全然」
完全に志葉君と荒川部長だ。声に驚いてすぐ壁に隠れてしまったが、確実にあの二人だ。
「情けない先輩でごめんね」
「いやいや、そんな」
志葉君がぎこちなさそうに返事をする。こんな場所で二人きり。・・・・・・まさか、切り出すのか。
「そういや、シフトの休み揃ってましたね」
「ぷはー。んね」
「・・・・・・よかったら、一緒に回りませんか、文化祭」
おお、ほんとに予想当たった。僕も緊張してきたぞ。というか、こんな場面を盗み聞きしてしまって申し訳ないな。
罪悪感が湧きながらも、それでもやはりこの結末は気になって仕方ない。
両者無言がしばらく続いた。誘われた荒川部長はこの間で何を考えているのだろうか。やけに重い空気になっているような気さえする。
が、しかし。
「いいね、回ろ! 一緒に!」
はあ、と僕は思わずため息をついた。もちろん安堵のため息だ。
それに続くかのようなタイミングで志葉君も息を吐く。姿は目視できないが、胸を撫で下ろしているのさえ予想がつく。
・・・・・・違う自販機行こう。今更ここを利用しても、盗み聞きを怪しまれるのが必然だろうから。
てか、そういえば僕はどうする。サヤカさんを誘うか、誘わないか。誘うなら、その方法も考えなくてはいけない。いや、何も難しい話ではないのだ。勇気の問題であって、具体例以前の話なのだ。
とにかく移動しよう——と、一歩踏み出した刹那、
「佐木山。どうしたんだ、こんなところで」
「ヘ」
気づけば既に、志葉君は僕の背後に立っていた。
やっぱり今でも怖いな、この人の圧は。
「え、えっと。飲み物買いに来たんです。盗み聞きするつもりはありませんでしたごめんなさい」
「ナチュラルに土下座をするな」
「姿勢綺麗だなぁ」
ケラケラと部長が笑う。
「そんな気まずい話を聞かれたわけでもない。むしろ、入りづらい雰囲気で悪かったな」
「う、ううん、全然」
圧はあるけど・・・・・・やっぱり、優しいんだよな、この人。
◇
「というか、教室行く時もメイド姿見られません?」
「あれは手伝ってくれた女子達に囲んでもらったから、まだ少しは耐えられたんだ」
あっという間に学校が終わり、放課後に相変わらず僕とサヤカさんは一緒に下校している。しばらく学校に居残っていたので、もう夕陽が出る時刻にまでなっていた。
紅い光に照らされながら、僕は明日からの文化祭に向けて想いを馳せていた。きっと隣のサヤカさんも同じことを考えていたと思う。
・・・・・・今しかないな。
「サヤカさん。明日、僕と文化祭回りませんか」
学校中は言い出せなかった。だが、志葉君が頑張ったのを見て、きっと僕も感化されたんだろう。
「・・・・・・あ、そうか」
と、僕の緊張とは裏腹にサヤカさんはポカン顔。思わず強張っていた肩の筋肉が弛緩する。
「すまん。最初からそうするものだとばかり」
そして気まずそうな顔で目を逸らされた。
「・・・・・・恥ず」
「すまんっ、自惚れてたな私!! ほんとすまん!」
バチ、バチと背中を叩かれながら慰められる。僕ばかりが恥ずかしがっていたが、サヤカさんの顔も赤かったのは夕陽のせいではないと思う。
その憶測というか事実に、僕はとりあえず一安心することにする。




