第二十三話「強い人だ」
部活の準備はあるが、もちろんクラスの準備だって手伝わなくてはいけない。メイド喫茶ともなれば飾り付けによる雰囲気が大切なので、特に力を入れなくてはいけない。とは言え身が入らないのが正直な意見だった。
シフト制でクラスのほとんどが、訪れるお客さんの対応をメイド姿でしなくてはいけない。そんなの無理だ、僕は。どうしても無理という人は事前に報告、とのことだが、まだ他の誰も報告してないらしく言い出しづらかった。結局今も言えずにいるのだ。
「ごめん、そこのテープ頂戴!」
「あ、はい」
ぼーっと突っ立っているとすぐ近くでダンボール工作に取り掛かっていた女子に呼ばれる。どうぞと渡すと「ありがと!」と元気よく返ってくるが、考えてみれば今のワンシーンが今日僕が唯一クラスの役に立った瞬間だった。放課後の準備を始めてもう一時間以上は経っているのに、一体何をしているんだろう。いや、何もしていなかったのか。
「お疲れ」
「お・・・・・・あ、サヤカさん」
ポン、と背中を叩かれた。隣に並んだサヤカさんは腕をペンキで汚していた。どうやらダンボールの塗り作業に協力していたようだ。
サヤカさんもこんなに頑張っているのに・・・・・・と更に罪悪感に苛まれる。
「早速取り掛かるんだが、ついてくるか?」
「取り掛かる? ・・・・・・あ、志葉君に話すんですね、行きます」
「うむ、助かる」
と小さく笑って男子に指示を出していた志葉君の方にてくてく歩いていく。サヤカさんが親指を立てて後ろを指すと、志葉君が小さく頷くのが見えた。
「ああ、佐木山も飲み物買いに行くのか?」
「え?」
「すまん、自販機で飲み物を一緒に買いに行く体にしてるんだ」
とサヤカさんが小声で言うのでノリを合わせて「そうそう」と早口気味に答える。
そして校舎を出て、裏校門の方に向かう。実は校舎の壁沿いにひっそりと置かれた自販機がこっちにあるのだ。人に聞かれず話し合う場として最適だ。
「さて」
自販機前に来ると、サヤカさんが立ち止まり、グルッとこちらを振り返った。思い切り飲み物を買うつもりだった志葉君は不意に足を止まらせるサヤカさんに一瞬ぶつかりそうになり急ブレーキ。
「どうした?」
「話したいことがあるんだが」
「部長のことか?」
話す前に察してみせた志葉君にサヤカさんが思わず「おぉ」と言葉を漏らす。
さすが志葉君、部長のことならば抜け目がない。この感じなら話は早そうだ。
「荒川部長の妙な顔、私の気のせいだと思うか」
「いや、違うな。確実におかしいと思う」
志葉君は会話に応じながら辺りを見渡す。校門やここに繋がる通路に気を配って、人の気配を警戒する。
「だが理由は分からないな。会話しててもそれらしき話題は出てこない」
「そうか・・・・・・コタロウが分からないなら、私にも分からないな」
「何も焦る必要はない。たとえ俺達に相談してくれなくとも、部長は強い人だ。一人でなんとかしてしまうだろう」
そして志葉君は珍しく口元に笑みを見せる。
と、
「おぉ奇遇」
頭の上から声が響いた。見ずとも正体の分かる声に視線を向けると、そこには窓を開けて上半身を窓から乗り出している雨笠先生がいた。真っ黒なサングラスは重力で落ちないよう右手で支えられている。
「何話してたんだよぉ」
「飲み物買いに来ただけっす」
「嘘つけーずっと話し声聞こえてたんだぞ」
志葉君の嘘も軽々見抜いてヘラヘラ笑う。仕事の途中だろうに、僕達の頭部を眺めてる暇なんてないだろう。
すると突然先生が「ちょっと待っとけ」とだけ言い残し窓の中に姿を消した。大人しく言われた通りに会話も無しに待っていると、また先生が窓から現れた。そしてグーに閉じた左手を外に伸ばすと、パッと手を開いた。すぐにその手の中から三つ何かが落ちてくるのに気づき、思わず三人で一つずつ掴み取る。
ちょっぴり衝撃で痛む手を開くと、そこには飴玉が握られていた。志葉君とサヤカさんも同様。意味の分からないまま、また三人の視線は先生の方を向く。
「それ食って頑張れー、じゃあな〜」
そして先生は窓に吸い込まれるような勢いで室内に戻った。
校舎の三階から物を落とす。教師の行いとはとても思えない一連の流れに、僕達は声も出せないまま手のひらの飴玉を眺めた。
・・・・・・僕達、部長の相談をしにきたんだよな。
◇
「お、お前・・・・・・!」
「アンタ、あの時の・・・!」
目の前で繰り広げられるのは、クラスの男女が架空のキャラになりきっている演劇。主人公のクラスに転校生がやってきて、その女生徒はなんと登校時に曲がり角でぶつかったあの時の・・・・・・というワンシーン。ド定番な展開だ。
この高校では一年と三年は自由、二年生は決まって劇を行わなければいけないという謎の決まりがあるのだ。
私のクラスは「少女漫画あるある」をテーマにオリジナルの台本を練り、今まさにその演技の練習を行っているのだ。私は役などなく、せいぜい緊急用のサブ黒子として現場を見守っている。言ってしまえば仕事がない。
早く部活に行きたい。そんなことを考えると、毎度あの父親の顔が脳裏にチラついて邪魔すぎる。
「荒川さん、次の机の移動お願いしていい?」
「あ、うん」
皆の熱量に対して上の空でいると、別の黒子役の女子から机の片付けの仕事を任された。適当に了承するとその女子は「ありがと!」とだけ言ってトイレへ駆けつけた。
こっそりとため息を吐きながら仕事のタイミングまでじっくり待つ。転校生登場の教室シーンが終わるとすぐさま場面が変わる。皆の動きに合わせて机を端に寄せて退かし、また次の仕事を待つ。黒子の時点でサブ役だが、そのサブのサブ扱いをされてる私はもはやモブだ。いや、劇に登場しないからモブですらないのか。しかし、こんなモブでも現場からは離れられない。決まった仕事はないが、逆にいつ仕事が舞い込んでくるか分からないから現場から離れられない。またこっそりため息を吐く。
と、扉がガラガラと開いた。練習中であるにも関わらず、全員の視線がその開いた扉に集中する。
「荒川カズネ、いるかー?」
白衣を纏った怪しいサングラスの男。アメセンだ。
ナイスタイミング、今だけは救世主と崇もう。
「お、いた。ちょいちょい」
そして手招きされるがままに教室から出ると、アメセンは早速要件を話す。
「最近どうよ」
「へ? 別になにも」
「ふーん?」
納得のいってなさそうな顔で人の顔を覗き込んでくる。まるで心の内まで漁るかのよう。そんなことしたって、どうせ見えはしないのだ。
「隠し事は無しだぞ。お互いそうやってくって最初に話したじゃねえか」
「なになに、高校時代にあらゆる女子に凸って振られまくったヤツ?」
「だあああっ! 言うな!!」
少し過去の話をしよう。
私がまだ高校に入学したての頃。その時から既に父は私に異様な程の勉学への執着を押し付けていた。というか、物心が付いてからずっとだ。だから高校に入ってからはどこか避難先が、父から逃げる拠り所が欲しかった。
そこである噂を聞いた。名の知れてない部活が存在するという、そんな噂だ。会話部とかいう、十にも満たない部員数のマイナー部活。活動内容は聞くまでもない。
私はすぐ部活紹介パンフレットを取りにいき、ページを漁る。
——本当にあった。
最後のページの下に、オマケ程度に載せられている会話部の紹介文。制作者の手抜きっぷりを感じられるしょぼさだ。絵も写真もなく、たった二行で綴られた活動内容と活動日。
なぜか、これに惹かれたのだ。
「失礼しまーす・・・・・・」
そして私はすぐに行動した。放課後にいつも使っているという活動場所に来た。扉を開いて教室の中を覗いてみるが、誰もいない。
「ここでやってるって聞いたんだけど・・・」
「お、珍しぃ」
「うぉあっ!?」
すぐ左から声がして、思わず距離を取るように右へ跳んだ。跳ねる心臓を感じながらその声の人物を視認する。
白衣の男だ。サングラスと茶髪パーマが相まって、とても教師には見えない。チャラすぎるが、制服は着ていないから教師として受け入れるしかないのだろう。
「入りな」
「え・・・・・・?」
よく分からないが、教室に案内された。怪しい状況ではあるが、この教室に入ったということは、きっと部活関係者なのだろう。だから素直に従った。
やっぱり無人。何をすればいいかも分からない。だがとりあえず机に座ってみた。文句も言われないし、これでいいんだな。
すると、白衣の男が私の前の席に座った。椅子に対して後ろ向きに座り、私と改めて対面。サングラス越しに目が透けて見えるぐらいには近い。
「見学ぅ?」
「は、はい」
「そかぁ、いらっしゃい。まあ残念ながら部員は誰も来ないんだけど」
「皆用事があるんですか?」
「まあそう聞いてるけど、どうせサボり。こんなしょぼい部活じゃ仕方ないけど」
さっさと成仏しろって感じだよなー、とか言いながら笑っている。幽霊部員の扱いが雑。
「まあいいや。俺はここの顧問」
と、気持ちを切り替えて名刺を机の上に差し出してくる。口頭で名乗ればいいのに。
「あめがさ?」
その時、ピキッと血管が浮かび上がる音がした。気がした。
私の言葉に反応を示さないあめがさ先生の顔を見る。と、やっぱり怒りのオーラを溢れさせた笑ってない笑顔がある。
「なんて?」
「あめがさ、さん」
「違う!!」
ドン! と思いっきり机を叩いた勢いで立ち上がる。
「あ、ま、が、さ!」
「あまがさ、さん」
その勢いに気圧されて思わず復唱してしまう。しかしどうしてこんなに怒鳴る必要があるのか。そんなに怒鳴るならせめてフリガナを振ってくれ。
「俺は中学から、あめ君ってあだ名を勝手に付けられてな。それが心底嫌いだったんだ・・・・・・!」
「えー、可愛いじゃないですか」
「雨が嫌いなんだよ俺は。セットした髪は崩れるし、ズボンは濡れるし、一人暮らししてからは洗濯物を駄目にしやがる!!」
他にも! と更なる愚痴を次々に溢していく。こんなのが教師とか、と呆れるが、人間性を感じられるからむしろ良いかもしれないと無理矢理に思い直す。
というか、だ。私は部活の体験に来たのだ。早くそれっぽいことをしたい欲が出始める。
「ここって何する部活なんですか?」
「ん? んー。もう活動始まってるみたいなもんだぞ」
「え、何かしましたっけ」
素直に疑問をぶつけると、雨笠先生は人差し指を交互にお互いに差す。ジェスチャーなんてされても分からないよ、と表情に出ていたのか、ようやく先生は口での説明を始める。
「会話」
「・・・・・・本当に会話するだけなんだ」
「うん。何か期待してた?」
「そうでもないですけど・・・・・・」
なんだか急に緊張が緩和して肩の荷が下りた気がした。活動内容がまさかの本当に会話だけだった。それはもう受け入れられたが、会話相手が出会ったばかりの教師だなんて。
こんな面白い部活、他にあるのだろうか。
「というか、入部どころか見学に来るのすら珍しいんだが。なんかワケがあるのかぁ? こんな意味のわからん部活に来るなんて」
「いや、別に・・・・・・」
と、私は俯く。
「嘘だな。嘘ついてる顔だ」
「いやいや、本当に何も」
「よぉし」
図星を突かれて焦っていると、先生が急に右手の人差し指を出す。
「暴露大会だ」
そしてそう宣言するのだ。
意味が分からないままの私を置いてそのまま勝手に語り出す。
「じゃあまず俺からな。俺は高校時代、彼女が欲しすぎてあらゆる女に告白した。バレンタインやらクリスマスの前は特に活発に動いてたさ。おかげで彼女なんて生まれてこの方出来たことねえ」
「き、きもっ」
思わず蔑みが口から漏れていた。ハッとして今更口を覆った。馬鹿馬鹿しい人だけど、流石に教師相手に暴言は無礼すぎた。恐る恐る上目で雨笠先生の顔を覗いた。
きょとん。まさにその効果音が似合う表情をしていた。逆に怖いと思っていると今度はブハッと吹き出した。
「いいね、お前」
「え・・・・・・?」
「名前は?」
「あ、えっと、荒川カズネ」
荒川カズネ、と先生は復唱する。あれだけ理不尽にキレていたのに、暴言は笑って済ました目の前の雨笠先生を不思議に見つめる。
うーん、と何か考えを巡らせているようで、腕を組みながら目を瞑っている。しばらく無言で待っていると、よし! とガッテンポーズで目を開いた。
「これからカズって呼ぶわ」
「え、あだ名? 先生あだ名の存在嫌いだったんじゃ」
「俺が付ける分にはいいんだよ」
と、また理不尽な論理。今度は私が笑う番だった。
「私、入部します」
「そか。はい、入部届」
「準備良いですね・・・・・・」
「てか、カズも早く暴露しろよ」
「え〜・・・・・・じゃあ」
そうして、私は自分の家庭事情を思うままに漏らした。初対面の相手だけど、この人ならいっか、と思った。
これが、私のアメセンとの、会話部との出会いだ。
◇
教室に戻る頃には作業は更に進んでいた。メニュー表、客対応のセリフマニュアル、フリフリやらレースの教室全体の飾り付け。その他諸々。実質サボってしまって申し訳なさが生まれる。
志葉君は文化祭のクラスリーダーなので早速指示に戻る。サヤカさんは今更どこから取り掛かるべきか分からず横であたふたしている。
するとその時、
「あ、香山さん! ちょっと来て来て」
「ん・・・・・・じゃ、また後でな」
「はい」
サヤカさんは連れて行かれた。ついに独りだ。困った僕はとりあえずどこかに混ぜてもらおうと思い、少人数のグループを探す。
「お、暇そうなのがいた」
と、今度は僕が呼ばれる番だった。声は扉の外から聞こえる。
「佐木山君、ちょいちょい」
荒川部長が手招きをしていた。よく分からないが、むしろ助かったので素直に呼ばれるがままについていく。
そして連れて行かれたのは誰も使っていない一階の空き教室だった。電気もついていない部屋にはダンボールと色の付いたガムテープが机と床にびっしり並んでいる。
「ちょっと手伝ってほしくて。なんか居ても立っても居られなくてさ」
「一体何を・・・・・・?」
「衣装。志葉の衣装。実は白衣を用意したんだけどさ、志葉の分はどうしようかと思って。ほら、あいつデカいじゃん」
白衣はサヤカさんと部長が共有、茶川さんと僕が共有で二枚分は買ったのだと説明を追加する。
「どうせだったら志葉の分はふざけてみようかなって」
「え?」
ニヤッと笑うとダンボールを拾い上げる。
「ダンボールで作るの。ダンボールの白衣」
「え、かわいそう・・・・・・」
「はは! でしょ」
なんで誇り気味?
「あ、まだ秘密だから志葉には言っちゃだめだよ。設計はこの紙に書いてあるから、見ながら作ってね」
「りょ、了解です」
と、部長のペースに呑まれながら黙々と制作作業が始まった。
胴体、右袖、左袖ずつを作り一人分の白衣を作るらしい、志葉君サイズで。というか、胴体はいいがわざわざ真っ白な袖を作らずとも、ワイシャツのままで良いのでは。本気ですという意思表示だろうか。
とは言え今更断る度胸もないので、やはり大人しく従って制作に協力するしかない。今暇な部員は、自分しかいないわけだし。
「佐木山君って頭いいらしいね」
「え?」
「香山ちゃんから聞いたよ」
「・・・・・・いや、別に大した程でも・・・・・・」
「そうなの? 夏休みにも宿題手伝ってもらったって聞いてるけど」
別に謙遜とかではない。自覚がないんだ、自分が頭が良いだなんて。
「勉強は普通にやってる感じです。やるだけやってる、みたいな」
「・・・・・・そっか」
一瞬の沈黙がやけに引っかかった。僕の言い回しが下手だったのかもしれない。そう考えると、やはり僕は頭が良くない。
「でも、急にどうして?」
「え? んー、いや。ごめん、話題選び下手だからさ。唐突だったよね、ごめん」
「いえ、別に・・・・・・」
なんだろう、この雰囲気は。話してる部長は至って平気に見えるのに、この目先を塞ぐ暗闇に手を伸ばしてしまったような不安は、一体どこから這ってきているのだろう。




