第十八話「好きって」
「ねえ、新入部員三人って嘘じゃないだろうね?」
「はい」
「ホントのホントに嘘じゃないんだろうねっ?」
「落ち着いてください」
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席に座って、手元の入部届を空っぽの思考のまま眺めていた。名前、学年、空白の兼部先記入欄。そしてそれらの上に「会話部」の三文字。これを見ると、本当に入部するんだな、と実感が湧いてくる。
今まで部活なんて参加してもみなかった。運動部は言うまでもなく、落ち着いた文化部にすら興味を向けず生きてきた。そのせいで、どこか緊張した気持ちが存在していた。
「どうした、じっと紙なんて見つめて」
今まで窓の方を向いていたサヤカさんが僕に気づく。
そして何事か判明してからうっすらと笑った。
「ああ、入部の件か」
「はい。今まで部活とかやったことなくて、ちょっと緊張してて」
「うむ、分かる。私も部活動の経験はない」
「え? 意外です」
サヤカさんはなんていうか、運動部に所属していてもおかしくないと思う。まあでも、勝負に対する熱とスポーツに対する熱は別々なのかもしれない。
「でも、楽しみだな」
「・・・・・・はい」
サヤカさんの本心から湧き出た笑顔に若干見惚れていると、横からもう一人・・・・・・大きいのが。
「入部届か」
「あっ、し、志葉君」
やっぱり慣れない。
180cmは余裕で超えているであろう身長だけでなく、ガタイも筋肉質でガッチリしている。そのせいか、そんなはずはないのに危うく身長差が二倍に感じる瞬間が時々ある。
「これの提出ってどうしたらいいかな」
「活動時間になったら案内しよう、三人共まとめて」
「ありがとう」
「助かる」
うーむ、と僕は頭を抱える。話題探しが下手過ぎて、未だ彼とは業務的な会話しかできていない。サヤカさんとの時間を作るために会話部の入部を決めたわけだが、コミュ力トレーニングもできて一石二鳥と言えるのが幸いだ。
「そうだ、佐木山。今日の昼、一緒に食わないか?」
「え? あ、ああ、うん、いいよ」
「というより、私達に混じったらいいんじゃないか」
「いや、二人で話したいんだ」
あっさり断られたサヤカさんがブーと頬を膨らませ少し不貞腐れた。だが顔を見られないように再度窓の方を向いて誤魔化す。
はは、と苦笑したのも束の間、すぐさま僕の思考に疑問が過ぎる。——わざわざ二人で話すような内容って、なんだ? まさか何か逆鱗に触れてしまったんじゃ。
「あ、汗!? なぜ汗をかいてる!? 今はそんなに暑くないぞ!?」
焦り過ぎてサヤカさんの言葉すらまともに頭に入らない。
志葉君は見た目以上に怖い人じゃない。それは数多くのギャップで分かってきたはずだ。それなのに、未だ警戒心が解けないのは僕が愚かなのだろう。申し訳なさすら感じる。
「じゃ、場所は後でついてきてくれ」
カクカク。まるで関節部がジョイントの如く動きで首を縦に振った。横のサヤカさんは何をそこまでといった感じで呆れていたが、仕方ないのだ。本能なのだ。
と、ここで授業のチャイムが鳴る。今だけは、まるで苦痛から開放してくれる救いの音に聞こえた。
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「座れ」
「あ、うん」
志葉君に手招きされて指差された場所に腰を下ろした。
そこは——一階の階段下スペース。明かりはないし、広いとも言えない場所だし・・・・・・なんか暗くない? いろいろ。
とまあ、そこの壁に沿って座れと命じられたわけだ。丁度段差があって、そこにお尻を置いている。
「いつもここで食べてるの?」
「いつもじゃない。まあ、時々だな」
「へ、へえ」
と、志葉君が手に持ってるお弁当の蓋を開けた。そしてその開かれた光景に、僕は思わず小さく息を漏らす。
楕円形の半分は白米で埋まっていて、もう半分は綺麗な焼き目の卵焼き、トマト、ブロッコリー、牛肉・・・・・・と、バランスよく綺麗に盛り付けられている。
「なんかすごいね」
「ありがとう」
「・・・・・・え?」
志葉君が米にふりかけを撒きながら小さく笑った。
「まさか、自分で作ってるの?」
「そうだな。いただきます」
そして大したことないようにそのまま食べ始めた。
もうなんなんだこの人。授業は真面目に受けるし、土下座するし、好きな人サラッと明かしちゃうし、お弁当は自作だし。
性格が外見に合ってない、というより外見が性格に合ってない、の方がもはやしっくり来る。
「姉ちゃんにも作ってたな」
ふいに志葉君がボソリと呟いた。しかし、この時はその言葉に異質な雰囲気があったなんて、気づきもしなかった。
これ以上この話題を広げることはできない。僕は便乗して自分のお弁当を食べ始めた。・・・・・・あ、僕のは母さんが作ってくれている、ちなみに。
「それで」
「ん?」
「お前は香山が好きなのか?」
「ブッ」
思わず口の中を吹き出しそうになった。意味もなく口を拭いながら志葉君の目を見る。
・・・・・・彼は至って真面目らしい。
「いや、そ、そんなんじゃないよ」
「ふむ。じゃあ、香山がお前のことを好きなのか?」
「し、知らないよっ」
いきなり何だろう。まさか、これが二人きりで話したいことなのだろうか。
「なんだ、もはや付き合っているのかと思ってたんだが」
「なんで・・・・?」
「結構仲が良いように見えた」
淡々と答える志葉君から嘘は感じない。本気でそう信じていたのだろう。
「ならちなみに、いつから下の名前呼びなんだ?」
「あー、うーん・・・・・・」
と、今までそんなこと考えてもみなかったことに気づく。
そして志葉君の疑問の答えは意外とすぐに見つかった。
「最初からだったよ」
「さ、最初から!?」
志葉君の反応が少々オーバーに感じるが気にせず続ける。
「サヤカさんの方からヒデって下の名前で呼ばれたから、つい流れで」
「・・・・・・なるほどな。まあ、名前呼びなのにさん付けなのもおかしな話か・・・・・・」
ボソボソ独り言のように呟く志葉君に首を傾げる。深く考えているように見えたので最初は黙って様子を見ていたのだが、ハッと思いついた言葉が口から飛び出た。
「なにか恋愛についてお悩み・・・・?」
「む。・・・・・・ああ、そうだ」
そしてやはり図星だったようで、まさか気づかれるとは思わなかった志葉君は驚きに目を見開いた。
「部長ともっと仲を深めたくてな。部長は卒業が俺達より一年早いし、そうそう時間はかけられない」
「でも、恋愛は焦ってするものじゃないよ」
「頭では分かってても、落ち着かないんだ」
分かりやすく悩む志葉君の目はどこか侘しい切なさを纏っている。これが僕が今まで恐れていた人間の本性だとは、未だ受け入れ難い。
なんて状況を俯瞰していると、
「シバっちゃんまたその悩みぃ?」
突然の後ろからの声に思わず肩が跳ねた。聞いたことのない男性の声。
おそるおそる振り返る。
「・・・・・・・」
格好つけた白衣にパーマのかかった茶髪。そしてかけている眼鏡のレンズは黒く色がついており、サングラスなのかどうか見分けがつかない。
見た目からして教師だが、あまり見覚えはない。
助けを求めるように志葉君にじっと目を向けるが、生憎当の本人は目の前まで歩いてきた謎の先生と睨めっこ状態だ。
「せっかく男前なのにぃ、そんな顔しちゃヤーねぇ」
「別にいいじゃないすか」
状況に置いてけぼりなままだが、とりあえず・・・・・志葉君がこの先生を嫌がってるのだけは目つきで分かる。例えるなら、出会った頃のサヤカさんの敵対視の目だ。
「恋愛ばっか悩んでんなよ〜、学生の本業は勉強だぁ〜!」
ハッハッハー。芝居がかった笑い声を上げてそのままどこかへ行った。
いきなり突っかかっていきなり消える。見事なまでの身勝手ぶりだ。
「今の先生は・・・・・?」
「雨笠ミナト先生だ。普段クラスを持たず準備室に籠ってるから、あまり見かけんかもな」
「なるほど・・・・・面白い人だったね」
「面白くなんかあるか!」
と、志葉君は突然怒声に近い声を上げて勢いよく立ち上がる。
「あの人は生徒の恋愛が羨ましい大人気ない教師だ。だから恋路を邪魔しようとする。・・・・・のくせして茶髪パーマのアピールが鬱陶しい」
あまりのボロクソ具合に思わず言葉を飲み込んだ。温厚に見えた彼でも、怒る時は怒るのだ。
その手が震えているのを見るに、彼も何度か被害に遭っているのだろう。
「・・・・・・僕は応援するよ、志葉君の恋愛。・・・・・相手のことは、まだ詳しくは知らないけど」
「本当か?」
すると、志葉君は怒りをどこかに引っ込めて嬉しそう(多分)な顔を見せた。
「まあ応援って言っても、なにしたらいいか分からないけど・・・・・・・」
「いや、思ってくれるだけで嬉しいさ」
志葉君が再度腰を下ろしてお弁当を手に取った。
「実際、無謀だとは思ってる。一年上に恋なんて、のぞみ薄いからな」
「そ、そうかな」
正直納得してしまって、ハッキリとした返事はできなかった。
先輩というのは、後輩より先に卒業して学校から立ち去る。そうなると、もう身近な存在とは言い難い。顔を合わせる機会が減ってしまう。
そうと分かったうえで、志葉君は挑戦するんだろうな。
「それでも諦められないのが、恋だよね〜」
またも別の声が。
その正体は考えるまでもなく、
「さ、茶川さん・・・・・聞いてたんですか」
「たまたま通りかかってつい。ごめんね」
両手合わせて謝罪を見せたのも一瞬、すぐに切り替え僕達に倣って壁沿いにしゃがんだ。
「てかさ、そんな話するなら私も呼んでよ! 佐木山君だけずるい!」
「す、すまん」
志葉君をもってしても茶川さんの押しの強さには気圧されてしまう。もはや流石と言うべきか。
「私も応援するからさ! 相談とかあったらじゃんじゃん言ってよ」
「・・・・・・ありがとう」
困惑していた志葉君がまたも嬉しそうな顔をする。きっと「応援する」と言われるのが嬉しく、自信に繋がっているのだろう。
「佐木山君も、応援してるからね!」
「え、は、はい!?」
「なんだ、やっぱりお前も」
「ち、ちがうからっ!」
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部活動場として案内されたのは二年一組の教室。
「む、誰もいない」
教室の扉を開けた志葉君がボソリと呟く。もう一度周囲を見渡して再確認するが、見間違いなどなかった。
「先生は相変わらずとして、部長までいないとは・・・・・」
遠回しに馬鹿にされた先生はともかく、話を聞くに、部長さんはかなり真面目なようだ。
すると、志葉君は教室の中へと進み、適当な机に鞄をかけた。そして来い、と全員に手招きする。
荷物を置きひとまず落ち着いたサヤカさんがまず目にしたもの、それは、
「箱?」
プラスチック製の白い収納ボックス。若干透けて中身が見えるのだが、生憎正体までは掴めない。
サヤカさんの好奇心に気付いた志葉君がその収納ボックスを教室の真ん中に位置する机にまで運んできてくれた。
「うちは会話能力向上を目標とする部だからな。やれることはなんだってする」
二つの留め具をパッチン外してとうとう中身があらわになると・・・・・
「「「ボードゲーム!?」」」
異口同音。皆が口を揃えて叫んだ。
そうなるのも仕方がないだろうと言わんばかりの真顔で僕たちの驚きっぷりを志葉君は見ていた。
「い、いいの? こんな、おもちゃなんて・・・・」
「部活の道具として申請は通っている」
「へえ・・・・・」
問題はないのだろうが、茶川さんは未だ納得のいっていない様子。人生ゲームだったりオセロだったり多種多様に揃えられた玩具達を手に取って睨めっこ。うーむと唸っている。
そんな中、サヤカさんが内容物を一つ手に取る。
——そして高らかと宣言。
「よし。ヒデ、勝負だ」
手に持っていたのは、皆が知るあの人生ゲームだった。
それに茶川さんが慌てて反応。
「え、遊んでていいの? まだ部長さんも顧問の先生も来てないし・・・・・・」
「問題ない。もともと開始時間は過ぎているしな」
そんなことを言いながら志葉君はその場の椅子に着席した。そしてじっとこちらを見つめるだけで、それ以上の行動はない。
謎の距離感を感じてつい口が動いてしまう。
「・・・・・・やらないの?」
「ん?」
すると志葉君はそれが予想外だったのか、若干目を見開いて驚いた。
「いや、二人の時間を作りたいって聞いたから、待っておこうかと」
「「あっ」」
そういえばそんなこと言ってた、と僕とサヤカさんは目を合わせた。
——プイッ、とすぐに目を逸らされた。
「に、人数は多い方が楽しいしな!」
「どうせ今になって恥ずかしくなっちゃったんでしょ〜?」
「うるさいっ!」
どうやら図星を突かれたようで、今にもシャーと威嚇を始めそうなサヤカさんが茶川さんを鋭い目つきで睨む。
「・・・・・・じゃあ」
一瞬だけ笑みを見せた志葉君が立ち上がりこちらに近づいてきた。
よし、と満足そうに頷くサヤカさんが机を移動し始めたのに倣って皆が協力する。最終的に机四つを繋げ、その上に人生ゲームのセットを広げて舞台が完成する。
「会話部なんだし、いろいろ雑談しながら遊ぼうよ」
「いいですね」
順番は茶川さんから始まり、時計回りで志葉君、僕、サヤカさんといった感じだ。
早速ルーレットを回して、止まった数字分茶川さんの駒が移動する。
「なあ、そういえば聞いてなかったんだが」
ふと、志葉君が口を動かした。
「茶川は好きな人いないのか?」
「ン“ッ」
こんなの予想できるはずもなく、変な声と共に茶川さんの手が止まった。
そんなことを気にかけることもなく、サヤカさんは話題に乗る。
「確かに、あんまりお前の話は聞かないぞ」
「言われてみればそうですね」
「どうなんだ茶川」
「い、いいんだよ私は!!」
ギャンと茶川さんは拒絶を見せる。サヤカさんが心なしかいやらしい笑みを浮かべている。
まあ、いつもからかわれてる身だから、たまにはやり返したくもなるだろう。仕方ない。
「なんだなんだ、人には散々言って、お前は何もないのか」
「・・・・・・いよ」
普段の様子からは珍しいか細い声は聞き取ることができず、サヤカさんは少しの悪意を込めて「んー?」と聞き返す。
・・・・・・それを後悔するには、五秒も要らなかった。
「ないよ! 恋愛沙汰! 私未だに人を好きになったことないよ! だから誰かの恋バナで空っぽな穴を埋めるんだよバカ———ッ!!!」
絶叫が少人数の教室に響き回る。もはや廊下を駆け巡って校舎を突き抜け、そこらの人全員に聞かれたのでは・・・・・・と思うぐらいに、その叫びは必死なものだった。
はあ、はあ、と茶川さんは荒々しく息を吐く。そこまでとは思わず、聞いていた僕達三人は完全に唖然としてしまった。
「・・・・・・すまなかった」
「・・・・ふぅ。じゃ、志葉君の話で謝意を見せないとね」
卑怯だなあ。
完全に逃げ道を無くされた志葉君は首を傾げて悩み始める。
「すまん、何を話せばいいのか・・・・・・」
「じゃあ一問一答形式ね! 私から!」
というわけで始まってしまった一問一答・志葉君の恋事情を知ろうの会。
茶川さんがガバッと勢いよく席から立ち上がり、
「出会いは!」
「この前話さなかったか?」
「この二人は聞いてないから!」
「・・・・・・昼休みの部活勧誘で、たった一人クラスに入りオドオド紹介を始めるのが俺が初めて見た部長だ」
「そういうとこに惹かれたの?」
僕も調子に乗って聞いてしまった。
「まあ、そうだな。そんなとこに興味を持ったんだ。でも、意外とかっこいい一面もあって、頼り甲斐があって・・・・・・って、すまん、要らんことまで」
「何謝ってんの! むしろそういう話聞きたかったんだよ」
「それならよかった」
と、なんだかんだで盛り上がったわけなのだが・・・・・・ただ一人、サヤカさんだけは静かに様子を見守っていた。というより、何か考え込んでいるようにも見える。
頬杖をつきながら口を手で覆い、下を向いてずっと黙り込んでいる。それがしばらくずっと、心配になるほど続いたのだ。
数周過ぎた後もその状態は変わらず、
「サヤカちゃんの番だよ?」
「あ、ああ」
ぼーっとしていたようで、茶川さんに呼び掛けられたことでようやく現実の世界に意識が戻ってきた。
ルーレットを回して、出た数の分だけ駒を動かす。その間、サヤカさんは一切喋らなかった。皆が合間合間でサヤカさんを気にしながらもゲームは進んでいく。
「お!」
それは志葉君の駒が結婚マスに止まったタイミングだった。茶川さんが嬉しそうに、まあ想像通りに反応したのだ。
「みんな結婚志望ってある?」
「「「・・・・・・」」」
全員一斉に黙り込んだ。
「じゃあ佐木山君から」
「・・・・・・いや、わかんないです」
「サヤカちゃんは?」
「分からん」
「・・・・・志葉君は?」
「分からない」
「もーなんなのさー!」
嘘じゃない。何も偽ってはいない。
将来なんて考えていないのだから、当然自分が結婚生活を送る光景など思いつきもしない。・・・・・・相手ができるかどうかすらも、危ういのに。
「なあ」
——俯いた顔からの一声で、ガラッと雰囲気が変わった。
「好きって、どんな感じなんだ」
サヤカさんが一人呟いた。それは独り言とも言える声量で、しかしその声色には伝えようという意志を感じる。
茶川さんは瞬時に反応すると思った。だがその顔を見てみれば驚くばかりでそれ以上の行動は起こしていない。
志葉君はじっとその俯く顔を見つめる。自分が問いかけられていると察したのだ。
「話していて楽しいとか、一緒にいたいとか、そう思えるのが好きってことなんじゃないか」
「それって、友達じゃ駄目なのか」
「・・・・・・」
志葉君は言い返すことができなかった。彼は今一個上の恋愛で悩んでいるから、正直効いてしまったのだろう。
それでも恋愛と友情はやっぱり違うと、僕は何か助言したかったが・・・・・・叶わず。茶川さんも恋をしたことない身で何も言えなかった。
「・・・・・急にどうしたんですか?」
「いやっ、えっと・・・・・・忘れてくれ!」
僕が話しかけると、途端に顔を赤くして再び黙り込んでしまった。それを見た茶川さんの今までは何が何やらと困惑していた顔が、一気にニヤリと崩れる。
「ごめん佐木山君、今日はサヤカちゃんもらうね。一緒に帰ろ〜!」
「嫌だ」
「え!? ね、ねえ、一緒に帰ろうよ〜」
あっさり振られた光景に僕と志葉君は安堵したかのように小さく笑った。正直ビビった。今のサヤカさんは今まで見たこともなく、異様だった。・・・・・・あんな表情するんだ、って思ったんだ。
すると、不意に鼓膜が教室外の足音を拾う。そして次の瞬間、ガラッと扉が開いた。
「なんだこの雰囲気ぃ」
入ってきた人の姿には見覚えがあった。お昼休みに見たばっかりの姿だ。
「・・・・・・先生、遅いです」
「え〜いいじゃんか、緩い部活なんだしさぁ」
意味のない白衣、茶髪パーマ、そして顔のは眼鏡なのかサングラスなのか区別のつかないアイウェア。その男はお昼に突っかかってきた、あの雨笠ミナト先生だった。
相変わらず気怠そうな喋り方をしていて、志葉君は苛立ちを隠すつもりもなく睨んだ視線を先生に向ける。
「で、なんの話してたのぉ?」
「・・・・・・人を好きになるのが、友達とどう違うのかと」
「あぁ? そんなの夜交われるかどうか」
「ごめん遅れた———っ!」
「がああ!?」
と、志葉君に向けての問題発言を遮って何か小さいのが教室に飛び込み、勢い余って先生を突き飛ばした。
思いっきり壁の方へ飛ばされた先生は体を強打し、その場に蹲る。
「あ、アメセンごめん」
適当な謝罪を聞く余裕もなく、先生はひたすら痛みに悶える。
志葉君は真顔に見えるが、内心ざまあみろと思ってそうなオーラが漏れ出ている。
「遅れるなんて珍しいですね」
「新入部員が来ると思ったら緊張でお腹壊したんだよ」
「なんですかそれ」
「不甲斐ない不甲斐ない。改めて・・・・・・部長の荒川カズネです! よろしく!」




