第十七話「小さい隣人、大きい隣人」
一ヶ月間の夏休みも気付けば終わりを迎え、朝早くに起床して、制服に着替えて、身なりを最低限整え、ご飯を食べて、家を出る。このルーティンに懐かしさすら感じる。
さて今日はどちらが先か。そんなことを考えながら教室を覗いた。・・・・そこに自称「敵」のサヤカさんの姿は見当たらない。
「僕が早かったか」
僕とサヤカさんは学校の日には毎朝登校時間を競っている。僕達は家が近いというのに、もはや日常化しているこの勝負のせいで一緒に並んで学校に来ることはない。
勝利を確信して教室に足を入れた瞬間、
「わっ」
「おぉっ・・・・?」
扉に沿って姿を隠していた誰かに、横からいきなり脅かしを受ける。驚いて足が止まったのも一瞬、よーく姿を確認してみれば、
「・・・・・サヤカさん」
その正体は、腰に手を当て胸を張り、見事なまでのドヤ顔で立つサヤカさんだった。
「二学期初日に勝利を飾ったのは、この私だったな」
「やられました」
朝早くからの相変わらずな会話で始まった二学期。
と、サヤカさんに違和感を感じる。
「鞄、机に掛けないんですか?」
「え、あ・・・・っと、その・・・・・・・」
核心を突かれたかのように慌て出したサヤカさん。首を傾げながら見ていると、突然僕に背中を向けた。・・・・いや、見せつけてきた、というほうが個人的にはピンと来る。
「そ、そうだな! 置いてくるとしよう!」
と、大きく足を開いて前へ進み始める。しかし、高らかに宣言した割には前進が遅いような気がする。まるで何かを待っているかのような。
「・・・・・あ、そのキーホルダー」
そして気付いた。サヤカさんが背負う鞄のジッパーの引き手に、見覚えのあるものが宙吊りになっていることに。
見間違いなんかではない。確実に僕が誕生日プレゼントとして渡した、あのシュールな顔をした猫のキーホルダーだ。
「付けてくれてるんですか」
「お、おー、気づいてしまったか! バレたかー! は、はは、いい感じだろう」
待ってましたと言わんばかりの顔が隠し切れていないが、正直僕は嬉しいこの上なかった。あのキーホルダーは藁にもすがる思いで選び出したもの。喜んでもらえるかどうか心配に押し潰されながらの思いで渡したものだ。それを鞄に付けるほど気に入ってくれたのが、とにかく心底嬉しかった。
そんなこんなでホームルーム開始の合図のチャイムが鳴る。今日の日程は休み明け初日なのですごく楽だ。始業式、掃除、そして終わりのホームルームの午前までの日程である。
時間が過ぎるのは一瞬である。
「休み明けお疲れ様でした」
気持ちの籠っていない適当な敬語の先生が今日を締めるべく言葉を綴る。今日はこれで終わり・・・・休み明け定番のイベントを忘れていた僕の頭を比喩的にポカンと叩いたのは、
「それじゃ、席替えを始める」
「「「おおお—————っ!」」」
先生の言葉に教室の生徒一同が上げた雄叫びだった。
「んじゃ縦列ごとに順番に来い。そっちから」
そして先生に指されて教卓から見て左壁側の生徒が立ち上がる。僕は四番目となるので、それまでは大人しく待機だ。
やがて順番が回ってきて、残り少ないくじを引く。皆がくじを引き終わったあと、先生がテレビの画面をパッとつける。そこには教室の席の図と、ランダムに振られた数字。それと持っているくじの数字を照らし合わせてみると・・・・僕の席は窓がある角っこ。の、一つ隣。惜しい。
若干の悔しさを覚えながらも席を移動する。他のみんなも各々決まった場所に教科書やら鞄やらを移動した。
と、僕の隣。窓際に席が変わったその姿には見覚えがあった。癖毛で跳ねた長い髪。黒いカーディガン。そして、感情の分かりずらいようで思いっきり伝わってくるジト目。
「隣だな」
「はは、騒がしくなりそうですね」
「ど、どういう意味だ」
まさかのサヤカさんだった。楽しくもうるさい学校生活になりそうだな、なんて思いながらもう反対側は誰かと確認を取ろうとして、
「・・・・・・・うお」
思わず声が出た。なぜなら、デカい。すごく、ものすごくデカい。それだけ語彙が無くなるぐらいにはデカい。隣の生徒はそれほどの身長だった。
志葉コタロウ。これだけ特徴的ならば知らない人などいまい。後ろ髪は虎のように横に広がっており、前髪はスタイリッシュに掻き上げられている。シャツの袖を肘まで捲って、その筋肉質な腕をあらわにしていて、まさに、威圧感をそのまんま顕現したような人だ。
正直冷や汗かいてる。いざ隣にまで来られると、より一層存在に迫力がある。
怒らせないよう静かに暮らそう。そう静かに誓って、今日一日は終了した。
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それから数日後の授業中。それはノートに黒板の内容を書き写しているときだった。
「あっ・・・・・」
手が滑り、消しゴムが机から落ちた。そしてそれが床に落ちた音がしたとき、心臓が止まるかと思った。
なんと、消しゴムがワンバンして、志葉コタロウの足元に転がったのだ。怒らせないようにするはずだったのに、早速の大失態。
僕は姿勢を低くして、おそるおそる消しゴムに向かって腕を伸ばした。きつい体勢に声を上げないよう紡ぐ口が思わず力む。いつもは苦労しないのに、今だけは腕がプルプル震える。それは恐怖からか、負担からか、震えの出所は分からない。
と、突然相手に動きがあった。体が左に傾き、左腕が動いた。——な、殴られる・・・・!?
「・・・・・・ほれ」
想像通りに腕がこちらに伸びた。痛みを覚悟した僕は力いっぱい目を瞑り・・・・・・・・・・・あれ? な、何も起こらない。
呆気に取られてそっと目を開き、何があったのかと眼前の状況を確認する。すぐ目の前に、落ちたはずの僕の消しゴムがあった。それを渡してくれてるのは、言うまでもなく、あの志葉コタロウだ。
再度呆気に取られる。しかし、相手に応えないのも失礼かと思い、とりあえずその手にある消しゴムを受け取った。すると、彼はすぐに姿勢を元に戻し、ノートの板書を再開した。
「あ、ありがとう」
「ん」
忘れかけた感謝に返ってきたのはそんな短い一言。どうやら授業に集中したいらしい。
・・・・・・その感じで授業真面目に受けるタイプなんだ。
僕はこの短時間で数多なギャップに驚かされ、また、己の偏見がいかに愚かであったかを認識させられることになった。
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「最近、勝負が疎かになっている気がする」
それはお昼休み、サヤカさんが突然切り出してきた。
「まあいいじゃん、義務感に囚われるよりはさ」
「社畜か私は!」
「誰も言ってないよ」
その場には茶川さんもいた。
僕とサヤカさんは元々隣同士の席で、そこに前の人の机を借りた茶川さんがこちらにくっつけて座っている構図だ。
「なんか考えてみたら? 二人の時間を増やす方法」
「うーむ」
真剣に悩むサヤカさんを僕と茶川さんは黙って見守った。そして一秒、二秒、三秒、と時間は経っていく。秒単位では足りず、やがて分単位へ突入。それでも答えは出なかった。
へへ、と茶川さんが苦笑。
「二人の時間自体はとっくに足りてるんだよね」
「ずっと一緒にいますしね」
「それでもダメだー!」
サヤカさんは頑固に納得がいかないようで、僕と茶川さんが別の話題に移ろうとしていても必死に頭を働かせていた。こりゃどうにも困った、そんなタイミングで、
「なら」
横から聞こえた第三者の一声。その一言は短かったにも関わらず、ずっしりとした低音で教室一体が振動するかと思わせるほどの威圧感。
こんなの視線を向けずとも、正体は一人しかいない。
「部活なんて、どうだ」
「おお〜部活ねえ」
志葉コタロウの考案に茶川さんはいつも通りの態度で応えた。その様子はすごく異質なものにすら見える。
なんで普通に対応できるんだ・・・・・?
「何部なの?」
若干の震えさえ現れ始めた僕の体。しかしそれは、次の瞬間には驚きで消えた。
「会話部だ」
「か、会話部・・・・!?」
あまりの驚愕につい言葉が口を衝いて出る。すぐにハッとなって口を両手で覆った。しかし当然そんなので過去が消えてくれるはずもなく、志葉コタロウは応えるようにゆっくりとした口調で説明を始める。
「ああ、マイナーな部活ではあるが」
存在は前々から知っていた。部活動一覧プリントで確認してみれば一応名前は載っている。だが規模が小さいうえに、活動内容も薄い。そして、それが僕のさっきの態度の故。
あまりにも、彼のイメージと違いすぎる。
「活動は名前の通り、会話をする部活だ。週五日活動。いわゆるコミュ障や逆に話すのを好む人、放課後学校に残りたい人、なんなら特別理由はない人。誰だって歓迎だ・・・・・と、部長は言っている」
「何人いるの?」
「二人だ」
「・・・・・・君含めて?」
「ああ」
以上、茶川さんと志葉コタロウの会話。
なんだか段々と混乱してきたそのとき、
「頼む、会話部が潰れそうなんだ入ってくれ————ッッ!!」
「「えええ—————ッ!!」」
志葉コタロウは頭、そして両手両膝を地に置き、流れるように土下座を披露してみせた。
もう何がなんだか。何度も頭上げて! と頼み込んでも頑なに姿勢を崩そうとはしないし、性格が掴めないし、どうしたらいいんですか・・・・・なんて慌ててたのは、僕たちだけだった。
後ろにいたサヤカさんがずかずか土下座男に向かって歩んでいく。
「いいケジメだ。その漢気に免じて、三人揃って入部しよう」
「本当か! 助かる!」
「社畜ってより極道じゃないですか・・・・・」
僕のツッコミも他所に、二人の間で交渉が次々に進んでいく。
「まあ、別に大丈夫だけどさ・・・・・」
目の前の騒劇に珍しくぐったりと疲労感に体を任せ、お手上げ状態とも言える茶川さん。
「入部届の紙は任せてくれ。三人分俺が貰ってくる」
「うむ、頼んだ」
部活の存続が確定したことが嬉しいのか、随分と張り切り出した志葉コタロウ。いや、同じ部員となるわけだし、よそよそしい呼び方はやめてここからは志葉君と呼ぼう。
「それじゃ、また後で」
と、志葉君は軽く手を挙げてから早足に教室から出て行った。
「さて、部活に入ることになったわけだけど」
「どうするんですか」
「どうするもなにもないだろう。これで好きなだけ勝負できるわけだしな」
「まあ、確かに」
調子良く課題を解決できたのはいいことだ。それでも急だったことは変わらず、未だ困惑しているのも事実。
志葉君の話に出てきた部長がどんな人なのかも気になるし、顧問も誰だろうなんて想像して気を紛らわす。
その頃、
「部長」
噂をすれば。ちょうど志葉君はその部長に会いに二年生の階へと向かっていた。
「なんだ、急に呼び出して」
「実は」
志葉君が部長の顔に向けて指三本、シュバッと腕を伸ばした。
そして元気いっぱい、腹から声を出して、
「部員、三人増えますッ!」
「ま・・・・・」
部長が目をいっぱいに見開く。
「ま、ま、ま・・・・・」
ふわっと巻き毛。後ろの髪は丸く団子に結んで少し余った毛先は犬のしっぽのよう。
「マジで〜〜〜っ!?」
その荒川カズネの絶叫が二年生の階の廊下を突き抜けもはや校内全体に響き、全生徒の鼓膜を震わせたのはまた、別の話。
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「あ、志葉君・・・・・一緒に帰る?」
その日の放課後、僕はなんとか仲を深めようと志葉君に接近を図っていた。ちなみにサヤカさんは当然のように隣にいる。
「佐木山。・・・・・すまん、今日は寄る場所が」
「あっ、そ・・・・そっか、ごめん」
見事失敗。しかし諦められず、駄目元で昇降口までの付き合いをお願いしたら了承してくれた。
「いつもどうやって帰ってるの?」
「電車だな」
「あ、そうなんだ。僕は徒歩なんだ、はは・・・・・」
———くそ、いつもから人と喋るようにしなかったバチが当たってるんだ。
会話下手な僕は話が途切れないよう頭を働かせる。と、
「入部の件、ありがとう」
志葉君が小さく笑って、しかしどこか切なそうに立ち止まった。
「夏休み前に退部者が出て、部員三人以上の条件が満たせなくなって、会話部が無くなったらどうしようってずっと考えてたんだ」
そう憂う志葉君の顔は彫りが深いこともあって、失礼ながら絵になっていると言えた。当然そんなことは口に出して言えるはずもなく、僕は別に聞きたいことがあったのを思い出す。
「どうしてそんなに会話部が大事なの?」
無礼な言い方だったかもしれない。しかし、志葉君は気にせず、堂々と答えてくれた。
「部長が二年生でな。話せる機会が少ないから、できる限り会えるよう一度たりとも部活動を欠席したことはない」
・・・・・・・・・ん? なんだろう、この感じ、この流れ。茶川さんがビンビン反応しそうな話の予感がするのだが。
「会話部が無くなると部長と会う機会が減ってしまう。だから、会話部には残っていてもらわないと困るんだ」
・・・・・・・・・。
「えー、と。・・・・・もしかして、部長さんのこと」
「ああ、俺は部長が好きだ」
い、言ったー。めっちゃ普通に言ったー。
「その話ちょっと待った————っ!」
と、予想通りの声が後ろから飛んでやってくる。声の正体の茶川さんが涎でも垂れてそうな猛獣の如くの息遣いで志葉君の肩を掴む。
志葉君が喰われる———なんてことは当然なく、ただ逃がさないようギューッと力いっぱい掴んでいるだけだ。うん、それだけ。
「ねえその話聞かせてー? 最近ロス気味なんだー」
「茶川。まあ、いいが・・・・・」
これには流石の志葉君も動揺を隠し切れていない。
「やめておけ、コタロウ。こいつと話すと帰れなくなるぞ」
「ちょっとサヤカちゃん、変なこと言わないでよ!」
「事実だろう」
「いい、香山。俺も話ができるのは嬉しい」
「よし、交渉成立!」
茶川さんはとびっきりの笑顔。志葉君も多少の困惑はありながらもその言葉に偽りはなさそうだ。
「じゃ、また明日ね」
「ああ、また明日、佐木山」
元々昇降口までという話だったので僕達と志葉君はここでお別れ。この後茶川さんと長〜い間部長について話をすることだろう。
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「香山の言う通りだったな」
佐木山達と別れてから三十分は余裕で経っている。一時間か、はたまたそれ以上か・・・・・茶川の情熱を思い出して思わず苦笑した。
でも、楽しかった。俺は素直にそう思う。好きな人への想いを他人にぶつけられたことが嬉しかったし、スッキリした。
「大好きな羊羹持ってきたぞ」
俺は目的のソレの前にしゃがみ込んだ。
「部員が三人増えたんだ」
どれだけ話しかけても返事が来ることはないのは分かっている。だが、無性に言葉をかけたくなってしまう。これを人間の信じる力、とでも世間は言うのだろうか。
コンビニのビニール袋の中から小倉あんの練り羊羹を取り出す。そして綺麗に整うように・・・・・お供えした。
「これで部活も存続できる。ありがたいよ」
本当は嘘なんじゃないかってひたすら思いながらここに足を運ぶ日常。どれだけ虚しい思いだと分かっていても、それだけが今の俺にできることなんだ。
手を合わせて目を瞑る。これを繰り返してもう何度目だろうか。もはや合掌中の頭の中は変わらず同じことばかり考えている。
「・・・・・・・また来るよ、姉ちゃん」
ようやく俺は立ち上がって、その場から・・・・・姉の墓の前から立ち去った。
ようやく新キャラ登場です!




