第十四話「親友と涙」
橙色の温かい光。スピーカーから流れる陽気で風情のある音楽。賑やかな人の声。幾千幾万にも続いてそうな屋台の列。
そんな夏祭りの臨場感に胸を躍らせていると、遠くから声が聞こえてくる。
「お、佐木山君いたいた!」
しかし、それはサヤカさんではなく、予想もしなかった浴衣姿の茶川さんの声。
「あ、ちょっとサヤカちゃんなに隠れてるの! ほらほら!」
「う、うおお! やめろぉ!」
そしてようやく本来あるべきその姿が見えたかと思えば、何か必死に抵抗しているようだった。
だが、いい加減力負けしたところでその浴衣に着飾った姿があらわになる。
「あ・・・・・っと」
そして自分の姿を確認する。ただ普通のTシャツとズボンを合わせただけの私服。なのにサヤカさんの方はしっかりと夏祭りという場にあった浴衣を着てきている。
「私服・・・・・」
「あ、す、すいません」
途端に申し訳ない気持ちになってくる。
「いや佐木山くん、ちょいちょい」
と何故か一緒にいる茶川さんに手招きされた先にあるのは浴衣レンタルスペース。
なるほどとガッテンした僕はサヤカさんに言う。
「すいません。しばらく待っててください」
「あ、ああ」
そして二人を後にしたところで、ガールズトークが始まる。
「お、おかしくないよな」
「うんうん、私が仕上げたんだから問題ないよ」
自分の容姿に不格好がないかの何度も繰り返された確認をとるサヤカさんと、それをグッドサインで評価する茶川さん。
しかしそれでも不安を拭いきれないサヤカさんは何度も足から上を見回す。
全くもうと呆れた茶川さんがサヤカさんの両肩をパンッと掴む。
「そんな心配しないでよ〜可愛いんだから。きっと佐木山君もそう言ってくれるって」
「べ、別に言ってほしいとまでは・・・・いや、うんと・・・・・」
と、なにか口籠ったサヤカさんを見て茶川さんがニヤリとした笑みと共に確信する。
「やっぱり、サヤカちゃんには何か心境に変化が起きてる」
声に出ているが、それは極限まで声量を絞っている。サヤカさんの耳には届かなかった。
「じゃ、私屋台で並んでくる! 楽しんでね!」
「は、はあ!?」
そして一人満足した茶川さんはパンと最後にサヤカさんの肩を叩いてからその場をそそくさと離れる。一人置いていかれたサヤカさんは呆気に取られてその場に立ち尽くした。
そして、
「可愛いなんていらないさ。別に・・・・・ただ一緒にいられるのなら、それでいい」
そんなふうに、自覚しない乙女心を独りごちながら。
____________________________________
しばらくして僕はその店を出た。
無難な紺色の浴衣に着替えた僕は辺りを見渡してサヤカさんを探す。そして特に時間がかかることもなく、大きな石で区切られた花壇の石の部分にサヤカさんは座っていた。
「お待たせしました」
「うむ。・・・・んん?」
そして座っていたサヤカさんが僕の格好を一瞥する。
「なんだか様になっているな」
「はは。サヤカさんもお似合いですよ」
僕もお世辞ではなく本音でそう返す。
「あれ、茶川さんは?」
「なんかどっか行ったぞ」
「本当に嵐みたいな人だな・・・・・まあ、行きますか」
「あ、ああ。・・・・・可愛いじゃなかったな」
サヤカさんが最後になにか残念そうに小さく呟いていたが、よく聞こえなかったので独り言だろうと聞き返すようなことはしなかった。
遠くから見てもすごかったが、中心に向かっていくにつれて繁盛の迫力が上がっていく。親子、カップル、友達同士。色々な人が参加しているが誰もが笑顔。祭りとは良いものだ。
そんなことを考えていると、サヤカさんがある屋台に目を引かれる。
「よしヒデ、今日の勝負だ」
「え?」
「見ろ」
そして指差す先は射的屋。
「なにか落とせた方の勝ちというのはどうだ」
「いいですね。夏祭りのお決まりですし」
射的なんていつぶりだろうか。
列に並び、しばらくして先頭に立つ。三発百円の支払いを済ませてようやく銃を持つ。
「なにを狙ったっていい。とにかく何かを落とすんだ」
「了解です」
最後のルール説明が終わって、銃を構える。
どうせなら大物獲りとでも行きたかったが、まあ現実的に考えてサイズの大きいものが三発程度で落ちるはずもない。
大きいぬいぐるみや玩具からは目を逸らして小さなお菓子を狙うことにした。
「ふぅ・・・・・」
隣で深呼吸が聞こえる。そして直後、
ポス スパッ スカッ
直撃、掠り、宙を舞って空振り。
そして堂々と仁王立ちの猫のぬいぐるみ。
「ま、まあこんなもんだろう。どうせヒデも」
パシッ パシッ パシッ
直撃、直撃、連続直撃。
「軽い飴を狙ったとはいえ、全部当たるとは・・・・・」
残念ながら台から落ちたのは二つのみ。倒れるだけでは完全ゲットとならないため、手元に来たのはその二つだけだった。
「ぐ、ぐぬ・・・・・」
「これあげるので落ち着いてくださいよ」
そして渡したのは二つのうち一つの飴。
受け取ったサヤカさんがしばらくそれをじっと見つめる。そして、パクッ。
・・・・・食べるんだ。
そして勝負が終了したところで僕たちは気持ちを切り替える。屋台を巡り、美味しいものを食べ、雑談で笑い合ったり。とにかく楽しい時間を過ごした。
「あれ、サヤカちゃんと佐木山君」
「あ、茶川さん」
不意に名前を呼ぶ声に振り返ると、そこには先ほど急にいなくなった茶川さんがいた。
「お前、どこに行ってたんだ!」
「ごめんって〜、これで許して♡」
そしてサヤカさんの不満をこぼす口を手に持っていたチョコバナナで塞いだ。
「食べかけじゃないか!」
「佐木山君との間接キスはなんとも言わなかったくせにぃ」
「い、いや、それはっ・・・・」
「てかさてかさ」
茶川さんは強引に話題転換をする。
そして僕の方に近寄ってコソコソと話しかけてくる。
「サヤカちゃんの格好見てどう思った?」
「お似合いだな、と」
「んんーそれもそうだけど、言い方! もっとあるじゃんか!!」
何を間違えたのか察しがつかないが、それ以上に僕は一つ気になったことがあった。
「一人、ですか?」
ピシャリ。茶川さんの背後で雷が落ちたような気がした。
これ、地雷踏んだな。
「そ、そうだよ、誘える人いなかったんだよ! 佐木山君のばーか! 幸せ者ーーッ!!」
そしてそんな言葉を残して、またしても嵐のように消えていった。
茶川さん、陽の人っぽいのに、誰も誘えないことあるんだ。・・・・とにかく、申し訳ないことをしてしまった。
「・・・・御免って」
「なんなんだあいつは」
嵐の前ならぬ後の静けさ。
僕はどうもできないで立ち尽くしていたが、サヤカさんが口火を切る。
「あいつ、まさか仲間外れにされていたりしないだろうな」
「・・・・・だとしたら、なんか闇深いですね」
あんなに元気で天真爛漫で友達も多そうだというのに、もしサヤカさんの言う通りだったとしたら。
・・・・・いや、ありもしないようなことを考えるのはやめよう。僕は頭をブンブン振ってネガティブ思考を払拭する。
——だが、これが布石か否か。まさかあんなことになるとは思わなかったんだ。
____________________________________
「ヒデ、あっちにあるみたいだぞ」
「本当だ。すいません、じゃあちょっと行ってきます」
あっちにある。それが指すのはトイレのことだ。人混みもあって探すのに苦労したが、サヤカさんの協力もあってなんとか見つけることができた。
僕はサヤカさんに一言残して男子トイレを目指す。
そしてしばらく暇となったサヤカさんなのだが、
「ん?」
適当に目を配っていると、さっき別れたばかりの人物が道の脇にある建物の壁を背に、石畳でしゃがんでいることに気づく。
人が多くギリギリ頭が見えたぐらいなのだが、サヤカさんはそれが彼女であると確信できた。
これぐらいの距離なら離れても大丈夫だろう。サヤカさんはそう思い切り、その人物めがけて歩き出す。
「何してるんだそんなところで」
「ん・・・・・ん、ん!? あれ、サヤカちゃん!?」
そこにいたのは、悲しげで今にも泣き出しそうならしくない表情の茶川さんだった。
「・・・・・何があったんだ」
すぐに様子が変だと察したサヤカさんは茶川さんの横で同様にしゃがむ。
茶川さんは自分の異変を見透かしたサヤカさんに対する驚きを顔に出すが、それもすぐに引っ込めてへらっと弱々しく笑う。
「いや、ちょっとね」
誤魔化しなど効かない。この少しの間だけでそれは十分に分かった。
諦めた茶川さんは素直に語り出す。
「さっき、私が仲良くしてる友達グループを見つけちゃってさ。誘われなかったんだなぁ、って。・・・・・でも、私がその輪に馴染み始めたのはつい最近だし、仕方のないことなのかもなって」
これが当たり前なのだ。そう無理やり自分を納得させようとしているが、裏腹に、その表情は浮かないものだ。
「まあ、私は友達がほぼいないから何も気の利いたことは言えないのだが」
サヤカさんはなんとか言葉を探す。
「モエカも、私と似ているのだな。人から避けられる人間。類は友を呼ぶというやつだろうか」
「ふふ、確かに」
「だからこそ言えるぞ。私はお前を親友だと思っている」
これが、フォローに慣れないサヤカさんが捻り出した答え。
それは今この会話では的外れな発言だったかもしれない。だがしかし、沈みかかった茶川さんには光とも希望とも言える最適解だった。
「へへ、私も」
そして返したのは小さな頷きと一粒の涙。
サヤカさんの顔には無意識にも茶川さんを元気づけようとする強い笑みが浮かんでいた。
「もう元気いっぱい。ありがと、サヤカちゃん」
「別に何もしてない」
「こらこら素直にならないと〜」
もうとっくに心の曇りが晴れた茶川さんはいつも通りのからかい態度を取っていた。
しかし、そこでハプニングが。
「うわ、わわっ、人が一気に!?」
茶川さんが絶叫をあげるその場で、人が滝のように流れてきたのだ。二人が座っていたのは道の端だったのだが、隙間がある限り入り込もうとする人の流れに巻き込まれてしまう。
もうどうしようもないことが分かった茶川さんは必死に手を伸ばす。
「サヤカちゃん掴んでて!」
「わ、分かった!」
サヤカさんの手をギュッと掴み、自分の方へと引き寄せる。相変わらず人の流れには抗えずにいるが、二人の距離が引き剥がれないだけ幾分マシだ。
「もしかしたら花火大会の席取りかもね」
「もうそんな時間か。・・・・・って、だとしたらまずいじゃないか!」
流石の茶川さんは何を言おうとしているのか瞬時に理解する。
「佐木山君どこなの!?」
「今トイレに行ってるんだ!」
「んん〜じゃあ一旦どこかで落ち着いてから連絡飛ばそ! 今はここから抜け出すことに集中!」
確かに、ここから引き返すのは到底難しい。間違いなくそれが現状でできる唯一のことだった。
最適解は出した。しかし、問題はまだ一つ残っている。
「花火大会が始まる前に再会できるか、だね」
「む、どうするか」
「任せて、ここで詰む私じゃない!」
そう自信満々に言ってのけた茶川さんはその狭い空間でなんとか携帯を取り出し、最小限の動きでサヤカさんにメールを飛ばす。サヤカさんもそれを確認するべく不器用ながら携帯を取り出す。
「地図?」
「そ、とっておきの穴場だよ。普通に集まるよりかは目印にもなるし、そこ目指そ!」
画面の赤いピンが指す場所は、この夏祭り会場から少し外れた山の中だった。森を抜ける必要がある険しい道のりのようだが、サヤカさんは茶川さんの言っていることに納得する。
人混みもだんだんと落ち着いてきた。それを見計らって茶川さんは掴んでいる手をグッと引っ張る。
「よし、じゃあそこ目指すよ! 走るから気をつけて!」
「う、うわぁ!?」
そして茶川さんは言葉通り突っ走る。移動を考慮して歩きやすいスニーカーを履いている二人になんてことはなかったが、浴衣を纏っている分動きは鈍る。慣れない格好で必死に手足を前後に振る。
人の流れに逆らい、呼吸は乱れ、汗が沸く。波乱万丈、まさかこんな展開になるとは思いもしなかった。しかし、それでも楽しい。せっせと体を動かし疲労が溜まっても楽しい。二人は今、猛烈に「楽しい」を感じていた。
ははは、と二人の笑い声は勢いのままにかき消されていくが、止むことはない。それはまるで、友情が具現化したかのよう。
「どこ行ったんだろ・・・・」
そんなとき、僕はトイレからは既に出ていて、見当たらないサヤカさんを探していた。
まさかこの短時間でいなくなるとは。派手に動かず堂々と迷子センターまで向かうべきだろうか。・・・・この場合、どちらが迷子か分からないが。
まあその前に一旦落ち着こう。まずは携帯を確認する。すると、
「どこだこれ」
サヤカさんから無言で知らない場所を指したリンクを持ってこられた。本来なら意図は分からないが、この緊急事態で導かれる答えはただ一つだ。
時間を確認する。花火大会の開始時間までもうわずかだ。もはや走れと強いられているようなもの。
「迷いませんように・・・・!」
最後に強く祈りを込めて、地面を蹴った。
____________________________________
目的地目前。ぜえぜえと息を吐くが、目の前の真っ暗闇で時々息が止まりそうになる。今からこの中へと潜り込み、無事にサヤカさんの元へと向かわなければならないわけだ。
まあ迷っていても仕方ない。僕はおそるおそる一足を踏み込む。暗闇に慣れてしまえば恐怖も脅威も感じなくなったが、浴衣がレンタル品なのでそこだけ気がかりである。
だんだんと開けた場所が見えてくる。唯一立つ街灯が十分にその辺りを照らしていた。
そして、その明かりを受ける背中が一つ——
「いた!」
僕の声にその背中が裏返る。若干の嬉しみが溢れて見える真顔がこちらを向く。
「はあ・・・・苦労しましたよここまで来るのに」
「すまんな、モエカの提案で」
「え、茶川さんですか?」
ヒュー、
「ああ、さっきちょうど会っ」
パンッ!
サヤカさんの言葉を遮って何かが上空で破裂した。瞬時に僕たちの目線が爆音の方へと引きつけられる。そこには、真っ赤な花のごとく花火が舞って散っていた。そして青、黄、緑・・・・次から次へと、花火の勢いはとどまることを知らずに咲いていく。
僕たちはすっかりと黙り込んだ。ただただ綺麗だった。それ以外の言葉は見つからず、しかしそれだけで十分だった。
一瞬我に返ってサヤカさんの方を向いた。サヤカさんの顔は花火の色に照らされて赤、青、緑と次々に変化していく。しかし空高くの花畑に見惚れる表情だけは変わらず、上空をじっと見つめていた。
そのとき、僕は茶川さんの言葉を思い出した。
『んんーそれもそうだけど、言い方! もっとあるじゃんか!!』
やっと意味がわかった気がする。
そして予感が確信へと変わった頃、僕の口はもう既に動いていた。
「かわいい」




