第十ニ話「天晴れ」
とうとうやってきた予定日。
電車。僕とサヤカさんは隣り合って座る。言葉は交わさず、ただ揺られて目的地に向かっていく。
「・・・・・・」
サヤカさんがチラチラとこちらを見てくる。視線で何かを訴えているような。そう、まるで感想を待っているような、そんな目をしている。
——うん、どうしたらいいかな!?
サヤカさんがこちらを向いていないタイミングを見計らって目線を向ける。
今日のサヤカさんはいつもと違う。格好に気合いが入っているように見えるのだ。白いTシャツに黒いスカート。きっと以前買い物に行った際に茶川さんと選んだ服なのだろう。
僕は今、それについて触れるべきかどうかで葛藤している。
「もっ、もうすぐ着きますよ」
「う、うむ」
結果、絞り出した言葉は相手もわかりきっているどうでもいい報告。
ああだめだな、意識しちゃう。まあでも仕方ないだろう。気合いの入った格好で来られたら、デートとして見てしまうんだから。
「あ、降りましょう」
気づけば目的の駅に着いていた。
ここからバスに乗って遊園地に向かう。
今日はとてつもなく天気の良い日だ。太陽はギラギラと眩しい日差しを放つが、心地よい風が吹いて緩和されている。間違いなく遊園地日和だ。
だがなんだろう。涼しいはずなのに、緊張して汗が止まらない。
「大丈夫かヒデ」
「あ、いや、ちょっと暑くて」
当然うそである。サヤカさんの服装に触れるべきかどうかで迷っているだなんて言えるわけがない。
「・・・・・楽しみだな、遊園地」
と、サヤカさんが一言。
それで僕は我に返る。そうだ、今日はデートだどうとか気にせず、ただ楽しめばいい。そのためには、こんなところでつまずいているわけにはいかない。
「サヤカさん、服似合ってます。今日は楽しみましょう」
「おっ!? ど、どうした!?」
変に吹っ切れてしまったが、まあもう気にしない。今日はただ楽しみまくろう。
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バスに揺られて数十分後。
「でっかいなー」
サヤカさんがここから見える観覧車に対して感嘆の声を上げる。まあそれも当然だろう。今いる場所から観覧車までかなり距離があるはずなのに、もうすでに、なんというか、でかいのだ。
というわけで、遊園地到着である。
「さて、入りましょう」
そういうとサヤカさんが後ろからついてくる。エントランスでスタッフがチケットの確認を行い、問題なく入り口を通る。
この入り口を担う壁を一枚超えるだけで、雰囲気が全く変わる。人々の楽しげな会話と絶叫、そしてアトラクションの機械音。それらの音が途絶えることなくいっぺんに耳に入ってくるのだ。
そしてその雰囲気を感じ取ったサヤカさんが辺りを見渡しながら目を輝かせる。
「おぉ・・・・! まだ何もしてないが、なんだか楽しくなってきたぞ!」
「ですね」
これに関しては全く同意である。先ほどまでサヤカさんの服装に触れようかどうか必死に迷っていたのに。我ながら切り替えが早い。
入り口付近で受け取ったリーフレットを開いて地図を確認する。ジェットコースターやコーヒーカップ、先ほど触れた観覧車、そして・・・・お化け屋敷。実物はまだ見当たらないが、地図から見るに相当大きい。
さてどれから行こうか。
「お、これなんだ?」
いつの間にか一緒に地図を覗き込んでいたサヤカさんが一箇所を指差す。
「ああ、シェイキングコースターですね。ここの定番らしいですよ」
「なるほど、面白そうじゃないか」
シェイキングコースター。名前の通り、車体が上下左右に揺れるのが特徴の大人気アトラクションの一つらしい。これだけでも絶叫アトラクションが苦手な人は避けそうだが、まだ恐るべし特徴が一つある。
「最高部35メートル・・・・・」
「何か言ったか?」
「あ、いえ」
まあ、お化け屋敷の前座、とでも思っておこうか。
申し訳ないが、このことはサヤカさんには黙っておこう。
「じゃあ、あっちですね」
「うむ」
最高部35メートル。そんな恐ろしい情報が隠されていることなど梅雨知らず、サヤカさんは楽しそうに歩く。
と、道中。
「一緒に回らない?」
「えっと・・・・・」
行き交う女性に声をかける、まあいわゆるナンパを仕掛ける男二人組を見かけた。困った顔をした女性はおそらく友人である人がその場から連れ出してくれたおかげで難を逃れたが。
サヤカさんは警戒からか鋭い目つきで彼らをチラ見する。
「少し早足でいきましょうか」
「うむ」
巻き込まれてもせっかくの二人での予定が台無しだ。僕たちは早足で目的地まで向かった。
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「な・・・・な、なななッ!?」
サヤカさんが大口を開けて立ち止まる。
「早く並びましょうよ」
「お、お前! 本当は分かっていたんじゃないか!?」
「な、なんのことやら・・・・」
とりあえず知らんぷり。
説明するまでもないだろうが、サヤカさんが今、なぜここまで焦っているのか。
それは、僕たちの眼前で、シェイキングコースターがその実の大きさをドンと構えていたからだ。下から見上げるだけでもすごい。
僕は若干感動しているが、サヤカさんはそれどころではないらしい。
「だ、だめだ。別のに乗ろう」
「定番のアトラクションですよ。せっかくですから乗っておきましょうよ。思い出作りだと思って」
「思い出作りより命の方が大事だ!」
「別に死にはしないと思いますけど・・・・じゃあ、こうしましょう」
これだけ拒絶するならサヤカさんの身を考えて別のあてを考えるべきだろうが、少し意地悪をしたくなってしまった僕は止まらない。
「勝負をしましょう。サヤカさんが無事に乗り過ごすことができたら、お昼ご飯奢ります」
「乗らない」
「あれぇ?」
おかしいな。勝負事に目がないサヤカさんならあっさり乗ってきてくれると思ったのだが・・・・。
「いや、乗りましょうよ! お願いします!!」
なぜか必死になってしまって頭を下げてまで懇願したが、これもダメ元だ。今回は諦めるべきだろうか。
と、
「・・・おぉ・・・・・・・・?」
サヤカさんが感情を読みずらい声を漏らす。
「なんだ、この感じは。・・・・・良い気分だ。頭を下げられてるからか? ふ、ふふふ。ふん、いいだろう! 乗ってやるぞ!」
「ん、ん? え、えっと、ありがとうございます・・・・・・」
ジェットコースターには乗ってくれることになったが、なんだかサヤカさんに変な癖ができてしまったかもしれない。
まあとりあえず万事解決ということで。一時間待ちの列を炎天下の中並ぶ。サヤカさんは途中「長いな・・・・・」と疲れた様子で呟いていたが、一時間は短い方だ。やはり定番アトラクションと呼ばれるだけあって、もう少し時間が経てば三時間にもなるらしい。最初に乗ることにしてよかった。サヤカさんを説得した甲斐があったということだろう。
「二名様ですね」
ようやく長い列の先頭に立つことになり、スタッフが車体まで案内をしてくれる。と、ここに来てまたしても恐怖からの震えが始まるサヤカさん。
流石にまずい気がした。——その時、茶川さんの言葉が蘇る。
『サヤカちゃんの手を握ってリードしてあげるんだよ』
・・・・・・今この瞬間のための言葉だろうか。
とうとう車体を前にした僕たちは、スタッフの指示に従って席に座る。安全バーを下げて、ガッチリと体が固定された。にも関わらず、サヤカさんは震え続ける。
僕は少しの迷いを拭い捨てて、行動に出た。
「・・・・・・?」
「これなら大丈夫でしょう」
サヤカさんは僕が横から差し出した手のひらを見て困惑する。しかし、すぐに意図を掴んで手を握った。
「では、行ってらっしゃ〜い!」
と、ちょうどのタイミングで乗客を空高くへ送る言葉がアナウンスで響く。
ゴゴゴゴゴゴゴ。35メートルを目指して車体がどんどん上へと登っていく。どうやら、このシェイキングコースターは第一関門からクライマックスだったらしい。原点にして物理的に頂点。
手を繋いで少し気持ちが和らいだサヤカさんだったが、人が豆粒に見えるこの景色を目にして、また不安が再発してしまったらしく、
「ヒデ、勝負をしよう。今からここから飛び降りて生き残った方の勝ちだ」
「きっと悪い意味で引き分けになりますね。落ち着いてください」
僕はなるべく冷静に話すが、実はもうすでに感じている。——サヤカさんの握力を。
「まだいける・・・・まだいける・・・・」
「すー・・・・はー・・・・」
ボソボソ呟く僕と深呼吸をひたすら繰り返すサヤカさん。この乗客陣の中で、僕たちは悪く目立ってしまっていた。だが、そんなことが気にもならないくらい僕たちは焦り散らかしていたのだ。
「・・・・ぉ・・・・・・・」
サヤカさんが喉の奥底から出たような小さい声を出す。僕も正直驚いた。
「これが35メートル・・・・」
落ちる寸前の景色。それは、絶景と呼ぶべきか粗景と呼ぶべきか。
——考えた刹那、
「〜〜〜〜っ!?」
サヤカさんの声にならない絶叫。車体が一気に駆け下りる。
勢いで生じる風が強く、乗客の楽しげな叫び声をかき消していく。徐々に地面が見えたと思えば、いきなり左折。そして弧を描く。
「痛い痛い痛い痛い痛い!!」
僕の悲痛の叫びすら疾風は掻き消してしまう。
そしてとうとうシェイキングコーナー。まずはレールに沿って上下交互に車体が走る。そして数メートル上がったと思えば、またいきなり降下。今度は右へ左へと痺れるような動きをする。そしてまた上って、弧を描きながら下っていく。
これはなかなか・・・・。
と、いきなり左手にあったはずの温もりを感じなくなった。サヤカさんを確認してみると、
「はははっ! 意外と楽しいものだな!!」
サヤカさんは両手をあげて楽しんでいた。なんだか感激してしまった。でも、嬉しくもある。
サヤカさんはもう大丈夫だろう。
僕は小さく笑みを浮かべた後、アトラクションを楽しむべく前を向く。
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「はは、楽しかったなヒデ」
「は、はい」
楽しげに発声するサヤカさん。しかし僕は困惑気味に返事する。
「さあ、次は・・・・なにに乗ろう・・・・か・・・」
「え、あ、ちょっ!?」
そしてサヤカさんは転びかける。僕がなんとか支えたので地面に接触することはなかったが・・・・・・・だいぶ無理をしていたようだ。
サヤカさんは目が回っていて、今にも泡を吹きそうな顔をしている。
「・・・・あそこに座りましょうか」
「うむ、すまん・・・・・・・」
サヤカさんを支えながら歩き、近くにあったベンチに座らせる。
「飲み物買ってきます。ちょっと待っててください」
「頼む・・・・」
辺りを見渡し、視界に入った自販機にやや早足で向かう。お茶を選び、また早足で戻る。
「お待たせしまし」
「一緒に回らない?」
「一人じゃつまんないでしょ? 行こうよ」
「貴様ら、さっきの・・・・」
サヤカさんを二人の男が囲っていた。さっきのナンパ男達で間違いないだろう。顔色が悪いのもそっちのけでしつこく誘ってくる。
今確実にすべきことは、サヤカさんをこの場から離すか、男二人を追い払うかのどちらかだ。しかし、体が動かない。勇気が出ないのだ。
「よし行こ! あっちに待ち時間少ないアトラクションあるんだよ」
「ちょっ、離せ・・・・!」
と、いきなり男が強引に腕を掴み、サヤカさんを連れて行こうとする。
流石にまずい。そう思うと不思議なもので、たとえ勇気が出ずとも本能的に体が動く。
僕は気付けばその輪の中に突っ込んでいた。そして、その男よりも強い力でサヤカさんの腕を掴み、引き剥がす。
「・・・・! ヒデ!」
「別のとこ行きましょう」
そしてそのまま連れて行こうと思ったのだが、
「い、痛っ・・・・!」
「ちょっと、先客なんですけど」
男が腕を離さずしつこい。
僕はその男に近寄る。
「じゃあ、こんなのはどうでしょう」
我ながら馬鹿げたやり方をするのは自覚がある。だが、これに賭ける。
「あっち向いてホイで勝負しましょう」
「は、はあ?」
男が拍子抜けた声を上げる。
だがそんなことは気にせず僕は続ける。
「じゃあ行きますよ。あっち向いて」
「うわっ、ちょっ」
「ホイ」
逃げ道がないねずみのように。男は困惑した結果右を向いた。僕は左を指してる。
だが勝敗なんて関係ない。
——本命は、
「よし、走りますよ!!」
「わ、わかった!」
「「えええ!?」」
隙があるうちに走って逃げる!
僕達は無我夢中に走り出す。あっさり手を振り解かれた男はその場で立ち尽くして、こちらを追ってくる気配はない。
とりあえず作戦成功ってことで!
「はぁ・・・・・はぁっ・・・・・」
「・・・・・ふぅ、結構疲れましたね」
随分と距離を取ったので、お互い息が上がっている。息を吐いて喋るのも精一杯だ。
一旦その場にあるベンチに腰を下ろした。
「すみません、身勝手な歩幅で走って」
「なにを。私は結構走れるんだ。心配はいらない」
汗をかいた顔でドヤ顔を披露するサヤカさん。まあ言われてみれば、前にも素早く避けられたりしてたしな。
「ああいう人がいるって分かってたから、離れない方が良かったですね。・・・・すみません」
「・・・・・なあ、ヒデ。あまり謝罪ばかりするな」
すると、サヤカさんが心配するような表情で俯いている僕を覗き込んでくる。
「今日はとことん楽しむ日だ。まだまだ今日は長い。辛気臭くする必要はない。それに、なんだ、その・・・・・」
珍しくかっこいい感じにキマりそうなサヤカさんだったが、急に言葉を詰まらせて目を逸らす。
だが、覚悟を決めたようで、サヤカさんはもう一度こっちを見ると、
「さっきのお前は、格好よかった! 敵ながら天晴れだ!!」
「サヤカさん・・・・・」
じっくりとこちらを見つめてくるサヤカさんと、それに戸惑う僕。
なんと言葉を返せばいいのか。僕はわからずにただただ黙り込んだ。しかし、それにより生まれた沈黙で、サヤカさんは顔を赤くする。
「と、とにかく。気にするな。まだまだやることが沢山あるではないか」
「・・・・・そうですね。せっかくの今日を、台無しにはしたくはない」
そう言って僕は立ち上がる。
「さて、そろそろお昼にでもしますか」
「そうだな! 食べれる場所は結構多かったから、どこに行くか迷うな」
サヤカさんが後に続く。
「まあ気長に選びましょうよ」
そして僕は小さく笑う。
「今日はまだまだ長いですから」




