第十話「付き合ってくれ」
七月二十日。夏休み前日である。ということで、クラスの声量はいつもの数倍騒がしく聞こえる。担任の先生も生徒を静めるのに精一杯だ。
ホームルームが終わって、サヤカさんがこちらに歩いてくる。
僕の方から話しかける。
「夏休みですね」
「そうだな」
返事と同時にサヤカさんが目を逸らす。周りと違って随分と落ち着いたように見える。
「楽しみじゃないんですか?」
「いや、まあ・・・・宿題とかが多いだろう」
渋面でサヤカさんはそう答える。
確かに、それには同情する。僕もサヤカさんと似たような顔をする。
まあ切り直して。
「コツコツやれば終わりますよ」
「だな」
と、ちょうどチャイムが鳴り、サヤカさんは一旦自分の席へ戻った。
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学期の終わりといえば終業式もあるだろうが、大掃除だ。
縦一列の席を一班としてグループ分けを行い、それぞれに役割が振られる。ちなみに僕は廊下掃除だ。
「廊下行ってきます」
「ああ」
と、窓掃除のサヤカさんは一言、それだけ返して窓に向き合った。
僕はその声色と態度に若干の違和感を感じたが、まあ気にしすぎだろうと気持ちを切り替えてほうきを取りに行った。
掃除中、話し相手もおらず、僕は心の中で独り言を続けていた。宿題多かったなあとか、暑いなあとか・・・・夏休みはどう過ごそうか、とか。
「・・・・・誘ってみるか」
「なあ佐木山」
「あっはい」
と、考え事をしていたら同じ班の男子生徒に話しかけられた。
その人は知り合いとかでもなく、ほんとうに知らない人。つい困惑した表情を向けてしまう。
「夏休みどうするんだ?」
「・・・・・考えてないよ」
本当はちょっと考えがあるけど。
「香山とは特にないの?」
「え、なんでそこでサヤカさんの名前が?」
「いつも一緒じゃん。結構噂立ってるんだぜ? 二人はデキてるって」
そういうふうに見えてるのか・・・・・。確かにサヤカさん以外は茶川さんくらいしか知り合いがいないけど、必然とずっと一緒にいるように見えてるのか。
ん? ずっと一緒にいるのは間違いじゃない? いや、今はそんなこと考えている場合ではない。まずは否定しておかないと。
「デキてなんかないよ」
「そっか、まあ応援してるぜ!」
「ありがとう。・・・・・じゃなくて、そういうのじゃないってば!!」
と、つい力んだ声で言い返してしまう。それが面白かったのか、その人はハハハと笑って掃除に集中し始めた。
・・・・・変に意識しすぎた。
一旦気持ちを落ち着かせてから、また考え事に戻る。
「どこがいいかな。・・・・・海はないな。買い物も特にはないし・・・・・」
「なにボソボソ言ってるの?」
「うわっ」
と、突然横から茶川さんが入ってきた。今日はよく話しかけられる日だな、なんて思いながら茶川さんを見る。
この人にはあまり言いたくないけど・・・・誤魔化しも思いつかないし・・・・。
仕方なく僕は口を開いた。
「いや、その・・・・夏休みにサヤカさんを誘おうと思ってて」
「え、えぇぇぇええ!?」
「ちょっ、声でかいですよ!!」
いきなり大きな声を上げるもので、驚いた隙に手からほうきが滑り落ちてしまった。それをごめんごめんと言いながら茶川さんが拾ってくれる。
「それで、なにに誘うの?」
「まだ決めてなくて・・・・あれ、茶川さん掃除は?」
「そっかぁ。一緒に考えよっか?」
さらっとスルーされたな。
「まあ海だよね」
「それさっきちょうど却下にしたところです」
「夏と言ったら海でしょ!?」
「山もありますよ」
「山はだめ!」
僕もそう思う。
「うーん・・・・・あっ!」
と、茶川さんが思いついたと言わんばかりに手のひらにグーを乗せてその続きを話す。
「最近話題の遊園地知ってる?」
「いや・・・・」
「新しいアトラクションやってるみたいでさ」
茶川さんがスカートのポケットから携帯を取り出して操作し始める。そしてニヤッとした顔で検索した画像を見せてくる。
「お化け屋敷」
「・・・・・サヤカさんは絶対無理ですね」
以前一緒にホラー映画を鑑賞した経験からそう感想を述べる。
「分かってて提案してます?」
「もちろ〜ん。私には案があるんだよ」
そう言われると知りたくなる。つい聞かせてくださいと言わんばかりの姿勢になってしまった。
茶川さんもそれには気づいたようで、ふふんと笑みを一つ漏らしてからその案とやらを話す。
「お化け屋敷で怖がるサヤカちゃんの手を握ってリードしてあげるんだよ。そしたらサヤカちゃんは佐木山君に惚れ惚れってわけ」
「ベタすぎませんかね」
王道すぎてついツッコミを入れてしまう。
というか僕は忘れていない。サヤカさんとホラー映画鑑賞をしたあの日、僕の手が真っ赤に腫れていたこと。サヤカさんの謎握力によって僕の手は握り潰されていたのだ。
「ホラー関連でサヤカさんと手を握ったら死にますよ」
「え、え?」
突然の謎発言に茶川さんは困惑する。
「まあでも、参考にさせてもらいます」
「うんうん!」
ようやく候補ができてよかった。
だがまだ問題はある。どう誘うか、だ。夏休みに遊びに誘うとか意識するのも仕方がないだろう。
あと、なんというか、今は気まずい感じになっている。別れ際のサヤカさんの態度を僕はまだ引きずっているのだ。
「なんだかお困りだね? ・・・・・ほう、なるほど」
こちらを覗き込むような姿勢。顎に指を当てて腰に手を当てて。なんだか心を見透かされているような気になってくる。
そして案の定だった。
「よし! サヤカちゃんを誘いやすいように私が手伝ってあげよう!!」
「いや、大丈夫です! サヤカさんには自分から話しかけます!」
「私の話か?」
「え?」
後ろからいきなり声がかけられる。正体は考えるまでもなく、おそるおそる振り返った。
やはり声の主はサヤカさん。知らぬところで自分の名が上がっていることが疑問のようで、眉を八の字にして不思議がっている。
「あ、サヤカさん・・・・・どこまで聞いてました?」
「いや、今来たところだが」
「ほっ・・・・・」
つい安堵の声が出てしまった。
「それで、何を話してたんだ?」
「あ、いやその・・・・・」
「夏休みの話してたんだよね〜」
「・・・・・夏休み・・・」
そして、茶川さんの一言でサヤカさんの様子がおかしくなる。
「サヤカさん?」
「・・・・・」
話しかけても返事はない。ボーッと突っ立っている。
「あの」
「雑巾洗ってくる」
そして突然言葉を遮って行ってしまった。
先ほどの違和感が確実となった。これは、なにかやらかしてしまったのかもしれない。
「サヤカちゃんどうしたんだろうね? って、すごい汗!?」
「僕なにかしたんでしょうか」
茶川さんの言うとおり、汗がブワッと湧き出る。
今の感じ。完全に避けられてるやつだ。掃除のことなんて忘れて、僕はひたすら思考する。
なにをした。いつ、どこで。
「いや、うーん・・・・・あれはなんというか、どちらかと言うと寂しそうな顔だけど・・・・って聞こえてない」
だめだ。色々考えてるけど、やっぱり僕は何もしてないはずだ。
「佐木山君、しっかりして!」
「うぉっ!?」
と、突然。茶川さんから背中を思いっきり叩かれる。
なんですかと言わんばかりの目を向けられて不満なのか、プクーッとした表情で言う。
「サヤカちゃん追いかけないと!!」
「・・・・・行ってきます」
おかげでハッと我に帰った僕は、掃除を忘れて必死に走った。____________________________________
「どこに行ったんだ?」
走って、まず最初に一番近い洗面所に向かった。しかし、サヤカさんの姿はなかった。なので、他の洗面所にも向かったのだが、結局見つからず。サヤカさんの雑巾を洗いに行くという最後の言葉からはもう何もヒントを見出せない。
どうする? どのみちホームルーム時には皆教室に集まってくるし、そのときに話すか?
「いや、今会わないと」
今会わないといけない。いや、今会いたい。今話したいんだ。
覚悟が決まって、探そうと体を振り返ったその瞬間。
ゴンッ。
壁の角にピッタリと設置されたロッカーが音を鳴らした。まるで誰かが中に入っているかのように。
まさかな、と思った。
だが、期待と希望を持って、ロッカーを開く。すると、
「本当にいた!?」
「くっ!」
見つかったと言わんばかりの焦り顔。やはり意図的に避けているのは間違いなさそうだ。
「サヤカさ・・・・・って、え、速っ!?」
話しかけると同時に、サヤカさんは普段見せない素早さで僕から逃げていった。そしてそのタイミングで掃除を知らせるチャイムも鳴る。
間に合わなかった、とため息をつく。そして、トボトボとした足取りで僕は教室に向かった。
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とうとう放課後。結局、あの後も話を切り出せずにいた。というか、切り出せないというか。本当に近づけないのだ。近づけばすごい勢いで飛ぶように逃げていく。
「あとでメール送ってみるか」
最後の賭けはメール。送信内容を考えながら靴に履き替えて校舎を出る。
いつもなら隣にサヤカさんがいる。なんだかすごく寂しい空気だ。大事なものは失ってから気づくなんて言うけど、それだろうか。
すると、
「佐木山くーーん!! サヤカちゃん連れてきたーー!!」
僕の心の空白を埋めるように、叫び声が辺りに響いた。僕は慌てて振り返る。
「はい、サヤカちゃんっ、逃げちゃだめだよ! ちゃんと話して!」
「は、離せ!」
茶川さんの叫んだ通り、サヤカさんは体を腕に拘束されてそこに立たされていた。
だが、突然にもほどがある。いろいろ考えてたはずなのに、何を言えばいいか分からない。
「じゃあ私は帰るから! じゃあね!」
「も、モエカ!」
嵐のように去っていった茶川さんの背中を恨むような焦るような目付きで見つめるサヤカさん。こんな状況になってしまった以上逃げれなくなったようで、サヤカさんはようやくこちらと向き合った。
「・・・・・」
「僕のこと嫌いですか?」
「えっ、いや、そんなわけがないだろう」
サヤカさんが焦るように言葉を返す。その言葉に偽りはないようだ。ホッとしながら僕は質問を続ける。
「・・・・・どうして避けるんですか?」
「・・・・・」
サヤカさんが俯いた。困っているような、不安がっているような、そんな顔をしている。そこまで抱え込む気持ちはいったい、なんなのだろう。
「・・・・・今話す。聞いてくれ」
「はい」
サヤカさんは一度深呼吸。そして、力強い眼差しでこちらを見た。
「私の夏休みに、付き合ってくれっ!!」
・・・・・。
「・・・・・えっ?」
状況に追いつけない。付き合ってくれ? 僕を避けてたのに、どうして誘うんだ?
それを確かめるべく僕は問う。
「えっと・・・・・それならどうして僕を避けてたんですか?」
「それは、その・・・・・・・・・・断られたら嫌だったからだ」
「・・・・・なんだ・・・」
嫌われたとか、全然そういうのじゃなかったんだ。
そう思うと、つい吹き出してしまった。
「何を笑ってる!!」
「いや、すみません、なんとなく」
照れたように顔を真っ赤にするサヤカさんに笑顔で返す。
「いいですよ、夏休み付き合います。・・・・・というか僕から誘うつもりだったんですけど」
最後はボソッと言った。流石に恥ずかしくて言えない。おかげでサヤカさんも聞こえなかったようで、オッケーを出された喜びだけをあらわにする。
「言ったな! 約束だぞ!」
「はい、約束です」
「言ったな! 破るなんて許さないぞ、弱みも握ってるんだからな!」
「え?」
と、さらっと一言。素早く出された携帯の画面をサヤカさんが見せてくる。そして僕は「えっ」と分かりやすく驚いてしまった。
「寝顔?」
そう。そこには僕の寝顔が写っていた。
一緒に通話したあの夜、僕はサヤカさんの寝顔を撮った。だが、まさか相手も同じことをしていたなんて思わなかった。
「・・・・・僕だって」
なんだか謎に負けられないという気持ちが湧いて、僕も馬鹿みたいな行動に出る。写真を準備して携帯の画面をサヤカさんに見せる。
「なっ、考えていることは一緒か・・・・!」
「・・・・・これで引き分けです」
「くっ・・・・はは、ははは」
と、サヤカさんがいきなり笑い出す。僕もそれに流されて笑う。僕たちはしばらくその場で笑い合った。
「帰りますか」
「うむ!」
そして笑い足りた僕たちは帰路を辿る。
そんな道中、サヤカさんは何故かまた不安そうな顔をする。そして聞いてくる。
「なあ、本当に約束だからな」
「僕言ったじゃないですか、サヤカさんのこと好きだって」
サヤカさんの顔がボッと赤くなる。
「サヤカさんと一緒にいるのが好きって! 言ったので!」
大声をあげて必死に誤魔化した。
「そ、そうか! なら安心だ!」
「は、はい!」
そしてしばらくお互い無言になる。
まあでも、とりあえず仲直り(?)できてよかった。そして、この夏休みを今までで一番楽しみにしている自分がいる。
「ところで、何するとか決めてるんですか?」
「い、いや、まったく」
「決めてないんですか・・・・・」
あんな勢いで誘ってきたのに、と僕は苦笑した。
そして、茶川さんから教えてもらったアレを思い出す。まさにこのためか。
「一つ提案があるんですけど」
そして、僕たちの夏休みに一つ、予定ができた。




