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スキー宿泊学習中に考えたお話。  作者: 在日日本人
変化
3/9

ビニール傘と司書

私は陰キャである。

このクラスで一位二位を争うほどの。

ボロボロになった紙のブックカバーにハードカバーの本を入れて今日も静かに一日を始める。

「今日から六月に入りました。今日は晴れですが、もう梅雨入りしています。今年は梅雨入りが昨年より早いですが、自転車通学の人は転ばないよう、注意してください。昨年は三年生が一人校門付近で転びました。北村さん、と言ったかな。では、今日も一日、勉学に励みましょう。」

眼鏡を少し上げて、担任の話は聞き流した。あほな北村とかいうやつの話を聞いても何の得にもならない。

「今年は雨の日が多くなりそうです。しかし、そのぶん梅雨明けが早くなるでしょう。」

「そうですか、ありがとうございました。さて次は今週の……」

そういえば朝そんなことをニュースは言っていたな、と思った。

夏は苦手だ、エアコン代がかかる。ならもっと夏の手前まで梅雨入りしなければいいのに、と思った。そしたら春が長くなるのに、と。


高校に入っても私は安定の陰キャだった。それもそうだろう、私は学校に行くときは基本髪を結ばないし化粧もしない。

洗顔はするが、身だしなみという身だしなみを整えることは無い。

話しかけられては困るからだ。私とは誰も話したがらない。それでいいのだ。そうすることで、クラスのお荷物を直視しなくて済む。

窓の外を見た。

特にこれといった特徴のない晴れ。

あえて言うのならば少し雲に立体感が増したことぐらいだろう。

時計は八時二十八分。後二分で鐘がなり、退屈な一日が始まる。

どうせなら雨が降っていて欲しかった。


鐘が鳴った。

今日も学校が終わった。

図書室に寄ってから帰ろうと思った。まだ借りていない本がある。

今日もクラスはガヤガヤしている。

「今日さぁ、雨降ってないじゃん?この後さぁ……。」

「でもあいつってそういうヤツじゃん?だからさぁ……。」

「そうそう!そうだったんだよぉ……。」

「どう思う?」

「それでさぁ、あいつ馬鹿だから……。」

「あの老害、マジ――――だよなぁ?……。」

そんなクラスメイトの話し声も、私の耳には、届かない。

鞄に一通り詰め込んだら、静かに、それでいて速く、教室から抜け出した。さっきまで晴れていたのに、雲がかかっている。

階段に上履きのコツコツした音が響いた。

早く帰らないと、帰って写真でも撮ろうか、庭の草花に滴が溜まっているのを、早く記録したい。

とても静かに図書室に滑り込んだ。

目当ての本を棚からとって、司書に差し出した。

「桐岡さんは綺麗な文章が好みの様ですね。」

司書の女の先生に言われた。そうなのか。私は綺麗な文章が好きなのか。

「そ、そうですか、あ、いや、そ、そうかもしれません。ありがとうございました。」

それだけ言うと図書館を飛び出した。廊下は影も映さないほど静かに歩いた。学校を出た。家はそれほど遠いわけではないので、梅雨の期間は歩きで登校している。

「暗いなぁ、もっと明るくしておくれよ。」

芝居がかった台詞を空に投げた。言葉の返事に、空から雨が降ってきた。

「そう来たか。」

傘を毎日持っていてよかった。金具のすべる音が鳴り、かちん。と軽い音がした。

雨は次第に強くなっていった。最初は霧のような雨だったが、だんだん大きく重くなっていった。

家の前に来ると、鞄をあさった。鍵、鍵、かぎ、かぎ、かぎ?かぎ?あれ?鍵は?

「……かぎ、ない。」

どうして?朝学校に行くときは…閉めた、はず。あれれ?あれあれあれ?

どこで失くしたんだ?

「通学路、探すか。」


今日はついてない日だ。


右手首についてあるヘアバンドで髪を結んで、

まず家の通りの道路をくまなく探す。―ない。

次に一本曲がった通りを探す。―ない。

いつもの坂―ない。

中学校の十字路。―ない。

高校の一本前。―ない。

こ、高校。―ない。


やった、完全にやってしまった。ない。帰れない。

再度確認しながら家まで来たが、

「ねぇ。」

無すぎる。鞄の中も、どこにもない。

どうしよう。このまま一人でやり過ごすのか?

鍵を持った人がいるかもしれないのに?

お母さんに迎えに来てもらうのも時間がかかる。

カフェとかでコーヒー一杯で粘るか?

いや、あそこは同級生がいるかもしれない。

などなど家の前の道路で傘を差しつつあれこれ考えていた時、誰かに話しかけられた。

「あれ?もしかしてクラスの桐岡さん?」

びっくりしたと同時に、結んでいた髪をほどいて、いつものポジションに戻した。

「は、はい。」

「なんか、大丈夫?制服ビショビショじゃん。なんかあったの?」

話しかけられた相手はクラスの確か、樽田君だ。

クラスの中のカーストの上の方にいて、なんかいつも誰かとしゃべってて、人生、順風満帆です。って感じの人だ。

どうしよう、言うか?でも、言ったら言ったでクラスの中の人とかかわりを持ってしまうし、でも、寒い、寒い。六月と言っても雨の日はさすがに寒いし、なんか、どうしよう。いや、もう話してしまおう。

うん。

話さなかったら何なんだあいつは、とか思われそうだし、話そう。

「あ、あの、家の鍵を、その、どこかに、落としてしまったようで、それで、あの、親もちょっと來るの時間かかりそうかな、なんて。」

「へぇ……ん?ヤバくね?それ、親とは連絡とったの?」

「いや、あの、取ってません。」

「じゃあさ、ちょっとウチで雨宿りしてかない?」

「え、いや、でも、親御さんに迷惑じゃないかと、その、おも……」

「今ウチに親いないんだ、どっちも仕事行っててさ、八時くらいまで帰ってこないんだ。それに、なんか家に入れない女の子を見捨てて、『はい。さよなら。』とかできないタチでさ。」

マジか、神イベかよ。いや、でも待て、なんかやましいことがあるかもしれない。そうだよな、同級生の異性を家に上げるなんて、なんかあるよな。

そんなことを考える私の心が見えるかのように、彼は言った。

「やましい事とか、何も無いからさ、そこで待ってても、風邪ひくだけだぜ?クラスには、毎日全員が揃ってて欲しいからさ。」

彼の目を見た。

「少しの間。よろしくお願いします。」

不安を抱えながら、革靴を鳴らした。


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