リンゴとタマゴ
眩しい、眩しい、眩しすぎる。
昨日カーテン開けたまま寝たな私、さては。
むっくりと体を起こして、今は午前9時半。
「今日は6時に起きようと思ってたのになぁ……」
寝坊しすぎた、せっかくの土曜日なのに、
「何してんだよぅ。」
自分に放ったそんな言葉も空しく、時間は刻々と過ぎてゆく。
「よしっ」
覚悟を決めてベッドから出た。
サイドテーブルの上に置いてある眼鏡とスマホを持った。
開いてみても連絡先は一人だけ。お母さんだ。
二日前に送られてきた「桂、一人を楽しんで♪」(何回目かはわからない)というラインから音沙汰が無い。
元気にやってるかなぁ、と思いながら背伸びをして、階段を下りて、洗面台の前に立ち自分の姿を見た。
ボサボサの髪、ヨレヨレの服、まぁ服に関してはもういいか、髪も伸びに伸びてもうロングレベルではないか、これ。
そんなこと考えつつ、ウダウダしながら眼鏡を外し顔を洗ってコンタクトを入れた。
視界が晴れた。
「眼鏡つけてないって気持ちぃ!」
眼鏡をつけている時の圧迫感はもうない。
やっぱり眼鏡は平日だけで十分だな、と思いながら髪を梳かして8つくらいに分け、アイロンをかける。
さっきまでボサボサだった髪が櫛とアイロンによりまともになってきた。
休日はこれくらいした方がいいか。どうだろうか。
朝ごはんなんて食べるのも億劫だけどやはり抜かせない。
なんせ今日は土曜日なのだから。
適当にスクランブルエッグでも作るか、卵をとかしてフライパンに油を引いた。熱くなったら卵を流し込む。
作り方合ってるかは知らないけど、まあ母よりも多分うまく作れているだろう。
パンを焼きその上にスクランブルエッグを乗せる。
香ばしいパンの薫りと麦茶と少女と朝日。
非常に絵になるな、と思ったが今日私がしたいのはこんなことじゃない。
皿を片付けて服を着替えよう。
今日は土曜だし服は少しお洒落をしてトラッド系でまとめようか。
服を棚から出した後、鏡を見つめる。
高校生になるんだし、少しはメイクした方がいいか。
また洗顔をして、化粧水、美容液、クリーム塗って、と。
薄くファンデーション、アイラインはいいや、ベージュっぽいチーク、派手じゃないリップ。
ひとまずこれで人に見られても、もう誰かわからないと思う。
いや……分かるか。
鏡を見つめる。
なかなか思うようにメイクが出来る訳ではない。
そこらへん私は不器用なのだ。
「なんか違うんだよなぁ……。」
頬を膨らませてみて確認しても、
「なんか違うんだよなぁ……。」
やっぱり何か自分の理想とは5センチぐらい違うメイクが気になる。
まあいいか、どこに行こう、今日は天気もいいし、あまり湿度も高くなさそうだ。パソコンのマウスを動かし続けて、
「近所の公園」の検索結果をスクロールしまくる。
どこいくどこいくどこどこ――
「よし、海行こう。」
十分後、迷いに迷った結果だった。
もう殆ど自転車で行けるところ行ったし、横須賀に住んでる意味よ、
気軽に海に行けるなんて横須賀、得すぎる。やったぁっ!
海まで二十分くらいかな。
スマホはあまり使わない(使う機会が無い。)けど、グーグルマップは本当に役に立つと一週間ぶりに痛感した。
決まったら準備をしよう。
鞄を自転車に入れる前に、お昼ご飯、どうするか…。
またパンになるけど、サンドイッチでいいか。
キャンプ道具のところからホットサンドメーカーを引っ張り出した。
大切な父の遺品の一つだ。
中身何にするかなぁ……
母がため込んでいる非常食入れからツナ缶を引っ張り出した。
(このとき信じられない位カップラーメンが落っこちた。)
耳を切ったパンに上にツナやその他の具材を入れて、二つホットサンドを作った。耳は油と砂糖で炒めていつも持っていく籠に入れて水筒も入れた。
本……何持っていこうか、軽い感じで「君の名は。」でも持ってくか。
てか、これいつ買ったんだ?私買ってないぞ?母か?母か。
着替えるとするか。
ダボダボな服を洗濯機に放り投げた。さっき出しておいた服を着て、黒の靴下を履いた。
ややボロ目のスニーカーも履いて、
全てのバックを自転車のカゴに放り込んで、よし、行くか。
(只今十時三十分)
三月下旬でもまだまだ寒いな、暖かくなった方だとは思うけれど。
マフラーを巻きなおして、家の自転車置き場から自転車を出した。
駐車場に母の軽自動車はない。今度来るのは、再来週か?
弁護士も色々忙しいもんだな、と思いながらペダルに足をかける。
持ち物を確認して、
「いざ。」
あと五分、あと五分で公園が見えるはずだ。
いつも通るかなり低いガードレール下の落書きを見ながら、やや冬めの風を感じて自転車のペダルをこぎ続ける。
視界が開け……てはいないけれど、だいぶ一気に視界が晴れた。
さっきまで邪魔をしていた木々もいなくなった。
雲が未だ冬の雲だなぁ、と思って放心していたら、歩道の境界ブロックに少し引っ掛かりそうになってヒヤッとした。
着いた。今日の公園。
自転車置き場に自転車を置いて公園の歩道を歩くと、海が見えた。
冷たそうな、冬の海。
海岸は砂などではなくコンクリートで、その周りには大体のところで鉄の柵が付いている。
しかし少し陸の方に行くと芝生が引いてある、人工的な公園である。
「人はいるかなぁ?」
この公園は割と親子連れがたくさんいたことを思い出した。
だが、今日は珍しいことに親子連れが一組しかいなかった。
しかも子供は、うるさいガキではなく静かな女の子だった。
前来たときは割と沢山いたのに、珍しい。
ラッキーだ。
かわええな、と思いながら鞄の中から父さんの一眼レフを取り出した。
使い始めて早一年。
父さんのと言っても遺書には私に譲ると書いてあったから、もう私のものだと思う。
首に掛けてキャップを外す。
ポケットにキャップを入れようとしたとき…風が勢いよく吹いた。
暖かい、春の風だ。
感動するべきところだったのに、キャップが危うく風に飛ばされ海に落ちるところだった。
軽く冷や汗を搔きながら、レンズを覗き、レンズ越しの海にピントを合わせた。
想像以上に青い海だった。何か海以外ものも入れないと。
横に生えている芝生にした。
青と緑のコントラストが気持ちいい。
数枚、シャッターを切った。
プレビュー画面を見つめながら、
「やっぱり風景写真だよなぁ。」
と呟いた。
その後も何枚か木や海の写真を撮った。
とても気持ちが良かった。頬を滑るさっきと変わって冷たい風。
その風になびく木の葉。
最高に気持ちが良かった。
よし、一通り取り終わったし、ご飯食べるか。
さっき食べたばかりということを忘れる。まあ私食べても太らんしいいか。
芝生で食べるか、さっきコンクリに置いておいた荷物をレジャーシートごと芝生に移動して、
そしてさほどお気に入りという程でもない、二万か三万の時計を眺める。
十一時半――
「マジか」
自然に声が出た。もう?もう十一時半?
「もおおぅっ! 早すぎなんだって。」
鬼みたいなスピードで過ぎる時間に憤りを感じながら籠を開いた。
冷たくなったサンドイッチ
ちょびちょびと齧りながら「君の名は。」を一周した。
割とうまい話だったなぁ。と思いながら時計を見る。
十二時半。
「え?」
さっきは、風の様に時間が過ぎていったのに、まるで時間が狂っているようだった。そんなに自分に速読の才能があるとは思っていなかった。
暇を持て余した私はまた数枚写真を撮ってゆっくり家に帰ることにした。
籠に入れた鞄がゆさゆさ揺れている。
玄関で靴を脱いだ時スカートに芝生が割と付いていることに気が付いた。
ドアを開けて冷たい風の中、スカートをバサバサして玄関に戻る。
さっき通行人の視線を感じた気がしたがまあいいだろう。
その後はいつものように家の写真を撮ったり写真を整理したりしてグダグダと一日を過ごした。
あまりうまいとは思わないが、思い出には丁度いいと思った。
自分で作ったシチューを食べた後
風呂に浸かりながら明日何しようか考えた。
何しよう、何周したかわからない「モグル街の殺人」を読んでもいいな。
格ゲーでもするか?いや…。
そんなことを感じながら目を閉じた。