四十四本目 無知剣テルカポルカ
無知であることは恥ではない。
己が無知であることを知った上で、無知に甘んずることこそが恥なのである。
紀元前三百年前後に、人類の「知」への理解を大きく進めた十二賢者が一人アスフェルトは、十二賢者の中でも協議の取りまとめを行う中心的な存在であった。
彼には人を惹きつける大きな魅力があり、多くのものが彼に付き従った。
その弟子らは『纏う者』と呼ばれ、燻んだ紅の襤褸切れを右腕に纏っていたという。
さて、『纏う者』の中でも、序列第三位を得た男装の麗人、エメスが中央大陸を縦断する啓蒙活動を行っていた時のことだった。
エメスはとある地方の村に着いた。名も残っていないような、大まかな場所すら分からないような小さな村だった。
十二賢者の名は大陸中に知れ渡っていたため、その直接の弟子であるエメスは歓迎を受けた。夜通しの祭りだったと伝えられている。
その最中、とある生物が解体され、エメスに振舞われた。
その生物の名はテルカポルカ。テルカポルカは既に絶滅種であるため、その詳細は不明だが、テルカポルカには人間には及ばないものの確かな知性があり、人類は彼らと意思疎通を測れたという。また、一部の地域では文明を築いていたという伝説さえ残されている。
エメスは激怒し、そして村人にテルカポルカは我々の友人となりうる存在なのだと説いた。
村人は全く無関心であり、あまつさえエメスの説教中にテルカポルカの肉を食べ始めるものまでいた。
エメスは無知を赦した。何故ならば、人間は須く無知より始まるからだ。
しかし、彼女は無知に対する無関心を赦さなかった。
エメスの慟哭に対し、捕えられていたテルカポルカが応え、無知剣テルカポルカと成った。
無知剣テルカポルカは人々に忘却を強いる。
例え百年生きた長老であっても、その意識を、記憶を生まれたばかりの赤子同然に漂白する。
発動条件はただ一つ。
無知剣テルカポルカの剣先を向けられたものが、無知に対して無関心だった場合のみ、である。
無知剣テルカポルカは現在、均衡塔によって収容されている。
あなた方を赦しましょう。
今のあなた方はこの瞬間に生まれたばかりなのですから。
新しい人生をどうか、大切に生きてください。




