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千の魔剣の物語  作者: 名も無き魔剣の所持者
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四十一本目 旋律剣タクト



 世界とは人が織りなすもの。

 ならば、人を変えることができる音楽を以てして、世界を変えられない道理がございましょうか。




 音楽は世界を変え得るか。

 この問いに対し、ロマンチストならばその多くが是と答え、リアリストならばその大半が否と答えるであろう。

 二十一世紀、中央大陸南部にて勃興し、世界中を熱狂させた古典ヒラカランド音楽を代表する音楽家タクトは、前者の内のありふれた一人であった。


 彼の始まりは一本の指揮棒であった。

 タクトは名すら残っていない辺境の町で生まれた。

 野山に遊び、野生生物と戯れる日々を送っていたある日、彼は一本の木の枝を拾った。

 彼がその枝を振ると、それに合わせて虫や獣が音を奏でたのだ。まるで童話の一説の様な幻想的な風景に彼は心を奪われ、その棒を持って彼は指揮者として各地を訪ねた。

 古典ヒラカランド音楽の特徴はその自由さの一言で説明がつき、しかしながら言葉では言い表せないほどの解放感溢れる音楽は現代でも人の心を捉える。

 まだ古典ヒラカランド音楽は黎明期であったその時代にタクトは出会ったのだ。

 当時、世界は二十世紀半ばに起こった大災、『雨後の仮面と颯の湊』による被害をまだ色濃く残していた。歴史上暗黒時代と呼ばれる時代は何度も存在したが、この時代も例に違わず暗黒時代の一つであった。

 大災による人口減、社会の争乱を問題視した均衡塔は各地に認定英雄を派遣し、治安の維持を図った。これは均衡塔の()()()()()からはかけ離れたものだったが、それでも均衡塔は治安維持を強行した。これはある種の暴走であり、均衡塔最大の汚点の一つであろう。

 均衡塔の支配とも呼べるような治安維持に対し、人々は反発した。それまで一般人は(普通に暮らしていれば)関わることのない無害な存在であったそれが、突如我が物顔で武力を見せて生活に侵入してきたのだ。人々の反感を買うのは当然であっただろう。

 タクトは自由を信奉する性質から均衡塔の支配に反発し、二千五十三年についには彼の指揮棒となっていた木の枝が魔剣と化した。

 その名は旋律剣タクト。タクト自身の生き方とも呼べるそれの能力は、振ることによって人々を扇動し、先導することだった。また、旋律剣の指揮の元に奏でられた音楽と、その複製品ですら人々を動かす力があった。

 十九世紀、想像剣の持ち主発明家アルベルトによって製作されたレコード技術は二十一世紀には全世界に普及していた。

 タクトの音楽は全世界へと瞬く間に広がり、均衡塔に抑圧されていた人々に立ち上がる力を与えた。

 また、その流れは世界中の国々にとっても好ましいものであったため、タクトが旋律剣を手にしてからひと月後には全世界が均衡塔の敵となった。

 抱え込んでいた認定英雄にすら多数の離反者がでた均衡塔は、その最終手段である均衡剣を用いてすら鎮圧が不可能であると悟り、「自由の反乱」が始まってから二週間後、今後百年間の世界への不干渉を宣言した。

 ここに、史上初めて均衡塔の敗北が決まった。

 均衡塔は以後大幅に影響力を損じ、二十八世紀に発生した大災、『百夜奇行』の制圧までは存在しないも同然の組織であった。


 指揮者タクトは二千五十五年七月、「自由の反乱」が発生してから二年後に自宅にて不審死を遂げた。




 世界は自由を欲している!

 私たちの心のままに! この音の旋律のままに!

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