三十四本目 予知剣チユ
ずっと夢の狭間で揺蕩っていた。
どんなに空を見上げてみても、何処にも君は居なかった。
思い出だけが拠り所で、ただ雫だけが地面に垂れていた。
世界史上一の名軍師を決めるとなると、真っ先に名前が挙がるのは、モルディアス帝国軍師のカナタであろう。
相対する敵の心理を悉く見抜き、精強無比の騎士団であっても幼児の如く翻弄した彼。今回はそんな彼を支えた魔剣、予知剣チユについて紹介しよう。
予知剣チユは一般に認められた使用者に未来を視せる剣であると認識されているが、その認識は実態からは程遠い。
まず初めに、予知剣チユには未来を視せる能力などないという事を、ここに明言する。
次のような記録が残っている。
かつて予知剣チユを手に入れ、未来を視ようとした者がいた。
彼が予知剣チユを握り、未来視を望んだ瞬間、彼の頭部は蒸発した。
他にも予知剣チユを使用した直後、狂乱状態になってしまい、廃人になった者も存在する。
これらの記録から、予知剣チユは認めた者にのみ、未来を視せるのだと考えられてきたのだ。
予知剣チユは、思考補助デバイスである。
使用者にとってのもう一つの脳であると言い換えても良いだろう。
それもとびきり高性能な。
使用者が並大抵の処理能力では、送られてくる情報量に耐えられず、脳が煮沸する。
多少優秀であっても脳にかかる負荷の激流に呑み込まれ、二度と戻ってこれない。
軍師カナタは明らかに世界史上で見ても、五指に入る頭脳の持ち主であったのだ。
それ故に、彼は予知剣チユを用い、未来予知かと見紛うほどの天才的な読みで名を馳せることが出来たのだ。
筆者は彼が予知剣チユに、運良く適合しただけの人間だと一部で囁かれているという事実に憤慨する。
そして断固として主張しよう。
カナタは世界一の軍師である、と。
視界に薄暗いヴェールがかかっていく。
底なし沼に首まで浸かったような息苦しさを感じた。
気付けば俺はここに戻っていて、直ぐ隣には君がはにかんでいたんだ。
普通の景色のはずなのに、何故か無性に嬉しくて、指を絡めた。
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