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御汁子さま 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おーい、つぶつぶ。ちょっとお願いがあるんだけど。ちょっとあそこで寝転ぶからさ。オイル塗ってくんない?


 ――いや、なによその複雑な表情は?


 だってだってー、ひとりで体に塗るのってなんだか飽きてきたし、さびしいし。誰かに塗ってもらうなら、女同士だと雰囲気出ないし。男で頼めそうなのといったら、つぶつぶくらいしか思い浮かばなかったのよ。


 ――そいつはいったい、どういう意味なのかって?


 ふふん、ナイショ。ポジティブにとらえといていいわよ。お願いできるかしら?


 ――なにか面白い話を聞かせてくれたら?


 なーに? 私にはやけにお代を要求するのね〜。それでも付き合ってくれるあたり、新手のツンデレ? いや、がめついからガメデレ? なーんてね。

 う〜ん、じゃあそこの日陰に避難しましょうか。お肌がちょっと心配だしね。



 紫外線の脅威が明らかになってきた現代じゃ、お肌の手入れにますます力を入れるようになってきたわ。でも、昔の人も自分の肌に関して、様々な関心を寄せていたみたいね。

 特にある地域においては、生まれたばかりの赤ちゃんの肌は丁重に扱われたわ。

 産湯って聞いたことあるでしょ? 赤ちゃんが生まれて初めて浸かるお湯のことよ。近年では赤ちゃんの肌についた脂質を落とさないため。肌を濡らしてしまうと体温を低下させてしまう恐れがあるため。などなどの理由で、必須とは言えなくなってきているみたい。

 けれども、それはやり方の問題も大きいのよ。

 その地域にある村では、常に薬師たちが原生する植物を、いくつも混ぜた薬液を作っており、地下に保管していた。この薬液は普段から村人たちに定期的に供給されているけど、村の女たちが産気づいたときには、薬師みずからがその薬液を持ち、お産の場所へ向かったとか。



 この村に生まれる人は、代々肌がとてつもなく弱い。

 そのもろさたるや、少し強めの雨に打たれただけで皮がはげてしまうほど。それに風が伴うならば、四肢から肉片がちぎれて飛んでいくことさえままあったと伝わっているわ。特にやわな者の場合は、ちょっとしたかけ湯すらも肌に血をにじませるほどだったとか。

 ただそれは、件の原液に浸かることを怠ってしまった場合のみ。赤子が生まれるや、すぐに薬師たちによる体長と体重の測定が行われて、お湯に件の薬液を溶かし込んでいく。

 お産の際に、赤ん坊に付着する血液その他の汚れ。これらを落としながら、薬液を肌へまんべんなくなじませていく。それがこの村に生まれた彼や彼女の定めであり、生涯付き合い続けなくてはいけない問題。村の外へ出ていく者で、無事に長年過ごせるケースはほとんどなかったとか。

 けれども、この薬液にはもうひとつ大切な役割が存在したの。


 

 それは「御汁子みしるしさま」を呼び込むこと。

 はるか昔より、村では厄除けのために神様へ捧げる特別な汁を用意し続けてきたらしいの。

 件の薬液だけでは、どうしても作ることはできない。それをしみ込ませた者が外へ出す、汗などの排出物。これらの中からふさわしいものを選び出すよりほかになかった。

 老若男女は問題にならなかった。定期的に村人たちは、自分たちが外へ出すあらゆるものを集められ、検証にあてられたとか。

 薬師たちの手により、村はずれの石像にこれらの液がまぶされて判断される。数十人の村人たちが集まらねば囲めないほどの大きさのこの像は、とぐろを巻いた大蛇の姿を模していた。首をぐっと持ち上げたその高さは、建物三階分ほどはあったとか。

 何人もの人から集めた液が、像の各所から垂らされる。それらの美醜も、香臭も関係ない。ただ求めるのは、像を伝うその液がもたらす反応だけ。

 望まれるべき反応。それは触れた端から像より湯気が湧き出て、周りにあふれていくことだったわ。



 この変化をもたらすことができた者は、「御汁子さま」の証を得て、丁重に扱われたわ。やがて出した液が像に変化を与えられなくなってしまう、その時までね。

 薬師をはじめ、村人たちはご利益にあずかろうと、それらの液を持ち帰ったわ。そして次こそは自分が。あるいは家族のいずれかが次の「御汁子さま」になるのだと、その液を自分たちの食事や風呂の水の中へ混ぜ込むこともしたのだとか。

 実際「御汁子さま」がいる間、村は豊作に恵まれ続け、人々は豊かな生活を送ることができたらしいわ。だから片時も御汁子さまを途絶えさせないためならば、多少無茶を重ねることが、むしろ推奨されていた風潮もあったとか。


 言い伝えによれば、1000年単位で続いたこの風習だけど、最後の御汁子さまがあまりに優れていたことで終わりを迎えるわ。

 齢16歳の女性である御汁子さまの汗は、これまでにない勢いで像から湯気を湧き立たせた。頭と左右の両端三か所に、わずか一滴ずつ垂らしただけで、湯気はたちまち像を隠してしまうほど生じたと伝わっているの。

 喜んだ人々は、毎日のように像へ御汁子さまの汗を捧げたわ。けれどある時、湯気がすっかり晴れたとき、像の姿がぱっと消えてしまったのよ。

 像の置かれていたところには、底の見えない大穴が開いていたわ。そしてこの時を境に、村人たちの肌が薬液に浸からなくても、ひどい目に遭うことはなくなったらしいの。


 そして遠くへ旅立つことができるようになった村人たちは知る。他のほとんどの地域では稲も野菜もあまり育つことなく、狩猟によって生活を成り立たせていたことを。

 あの像は豊作の神が何かしらの姿で、縛めを受けた姿だったのだろうと、村人はうわさしたわ。そして自分を解き放つ方法を、はるか昔の先祖たちに託した。

 そうして解き放たれた今、ここ以外の世界中に豊かさを取り戻すため、旅立ったのだろうとうわさしたのだとか・


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