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──異変(アキト)


「何してんだろうな、あいつ」


「うん。連絡がつかない音信不通の行方不明。なにやってんでしょうね。学校にも来てないみたい」


「それは珍しい事じゃ無いだろ。だいたい、あんな奴が真面目に高校生やってたらドン引きだわ」


「うんうん」


 静かな保健室で、京香と香織は話していた。微妙に秋斗の悪口を言っているが、当の本人はここにいない。朝に香織が連絡をしたというのに、繋がらないのだ。


 その事を京香に報告しようと、香織はここにいる訳である。ちなみに、時刻は10時30分を少し過ぎた。


「全く……どうしようもない不良だ」


 京香は呆れた表情で呟く。実際そうだろうと、秋斗を知っている人物なら言うであろう言葉を。


「そうだよね。たまにめんどくさいし、たまに意味不明だし、見た目によらず頭良いし」


 香織は京香に同意するが、口から発せられる言葉はもはや愚痴だ。


「うーん、確かにあいつは謎だな。どんな家庭環境なのか、沙耶が言うには一人暮らしらしいし。何を考えてんのかも不明」


「気になりますな」


 香織はニヤリと笑い、京香に同意の意思を聞く。もちろん、という表情で京香は頷いた。


「ああ。いっちょ調べる?」


「良い考えですな」


 二人とも、なぜか悪どい表情をしている。そして更になぜかベッドに横たわっている生徒の苦しそうな声が保健室に響いた。




 教師の眠気を誘う言葉。教室にはちらほらと眠っている生徒がいる。その中で、沙耶は起きたまま授業を聞いていなかった。


 沙耶は昨日の事について考える。晋と共に帰った後、忘れ物をした沙耶は秋斗のアパートへと引き返した。


 そして、聞いてしまった。


 沙耶は生まれた頃からある事情で耳が良い。ただ聞こえるだけではなく、自由自在に聞き取りたい音と聞きたくない声を分けられる。


 その時は、秋斗の部屋の中に意識がいっていたから、当然中の声は拾っていた。


(なんなのよ、あいつ……)


 今思い出しただけでも、感情移入してしまいそうな程に哀しく、弱った声。普段の秋斗からは想像だにしない声であった。


 沙耶は、昨日秋斗が呟いた言葉を思い出す。


『夢衣……』


 儚く消え入りそうな言葉で呟いたのは、女性の名前であった。


(恋人とか……?)


 そう邪推してしまうが、すぐに否定する。恋人ならなぜあんな哀しそうな声をしなければならない。


(死んだ恋人は?)


 それこそ邪推だと、沙耶は小さく頭を振った。そもそも自分は関係の無い事だし、考えているだけでも、死んだ恋人などという邪推はしてはいけない。


 しかし、好奇心は募る。昨日会ったばかりの秋斗だが、どこか凶暴さの中に深い哀しみが隠れている。沙耶はそう思った。


 それに謎も多い。一緒の学年である香織も、保険医の京香も秋斗については何も知らないのだ。唯一分かる事は、秋斗の隣を歩いてはいけない、それだけ。


(しっかし、なんで隣を歩いちゃいけないのかな?)


 これは昨日、香織から聞いた情報だ。なんでも、昨日秋斗の隣を歩いたところ、凄く殺気のこもった目で睨まれたらしい。


(めんどくさい奴が弟子になったもんね)


 これからの事を想像し、沙耶は誰にも気づかれないため息をついた。




 志貴は病院に来ていた。数日間から体調がおかしいからだ。最も、志貴にはその原因がはっきり分かる。別に重病を抱えている訳でなく、かといってただの風邪ではない。


 理由は、仕事のしすぎである。


 最近、やたらに志貴の仕事量が増えた。人員の少ない会社ではあるが、最近は更に少ない。出張やなんやらと二人の欠員が出るのは、かなり痛い。自然に、志貴へと被害が来た。


 はぁ、と憂鬱そうなため息をつき、死んだ魚のような瞳を辺りに向ける。喫煙コーナーもない。世知辛い世の中である。


「ん?」


 志貴は声を発し、視界に映った人物を良く見る。病院は左右の入り口があり、志貴は右から入り、左にある受付を待合室を通り抜けた先にその人物はいた。


 痛みに耐えるようにその人物は頭を右手で押さえながら、辛そうな表情を浮かべる。


 志貴はその人物に近づき、声をかける。一応知り合いであるから、無視は出来ない。


「鮫島……秋斗だったか?」


「あ?」


 頭を押さえる人物──秋斗は攻撃的な目で志貴を睨む。


「てめえは……」


「志貴だ。名字は嫌いだから言わない」


「こんなとこで何してやがる」


「それはこっちのセリフって感じだよな。学校も行かないで何してる?」


「説教でもする気かよ」


「俺にそんな事する気力は無いって。ただの好奇心だ」


「……関係ねえ。さっさとどっかいけ」


 嫌われたな、と志貴は肩をすくめる。


「じゃあ、俺は行く。また今度な」


「…………」


 返事をしない秋斗に疲れた表情を見せる志貴だが、そのまま後ろを向いて歩き始める。


(…………)


 志貴は先ほどの秋斗の様子が気になっていた。立ち止まり、後ろを振り返る。そこにはもう秋斗はいなかった。


 志貴以上に死んだような目をして、今にも壊れてしまいそうな秋斗はいなかった……。

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