アイン・ローレル著 魔術の構え【存在と意義】 苦悩(むかし)
存在とはすなわち理由である。意義、それは人がすがる一時の存在。魔術において存在と意義は大切だ。存在があれば理解でき、意義は勤勉を生む。魔術とは才能が左右するが、その上達はまさに努力が必要。知識を詰め込み、理解し、知恵にまで押し上げなければいけない。だから、魔術において努力は身を結ぶものだ。
アイン・ローレル著 魔術の構え【存在と意義】──
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「魔術っていうのは物理現象をちょっと変化させるものなの。科学と一緒だけど、まあ魔術は心にも直結してるから、科学とは似ているようで違う。知ってる? 記録されてる一番古い魔術師は物理学者なんだよ。皮肉だな」
今、秋斗は沙耶に講義を受けていた。ワンルームの狭いアパート、畳の床の上にはたくさんのお菓子と食べかすが落ちている。部屋の中央には四角いテーブルがあり、そこには秋斗と沙耶、なぜか晋もいた。ここは、秋斗の家である。
「だけどよ、それって変じゃねえ? 科学と一緒だってんなら、別に魔術は隠す必要が無いじゃねえか」
「そこに目をつけるか……」
沙耶は茶髪の髪をぐしゃぐしゃとかき回した。
「秋斗は頭が良いんですねえ」
にっこりと笑い、晋が秋斗を褒める。彼の雰囲気や表情、言動はどうも秋斗は苦手だ。
「疑問に思っただけだ。誰でも考えるだろうが」
目を反らしと答える秋斗に、晋は笑みを深くした。
(やっぱ苦手だ……)
秋斗にも苦手な人種がいたという事である。
少し頭がボサッとなった沙耶は、ぱっちりとした大きな目を細くして秋斗の疑問に答えた。
「魔術っていうのは、とりあえず知識詰め込んだら使えるの。まあ、理解なんて自然につくからね。で、そこが問題。もし一般人が拳銃みたいな火器をどこでも自由に振り回したらどうなる?」
「なるほどな。科学は簡単には使えねえ。材料なんかがネックになるが、魔術にはそれが無い。だからもし一般人がそんな力持ったら、確実に暴走するってか?」
「正解。まあ、基本的には買って魔術の材料は手に入れられるものだから。これで魔術を隠蔽する理由は分かったでしょ?」
「ああ。次に移ってくれ」
秋斗はテーブルの上にあるタバコを取りだし火をつける。吐き出す煙に、沙耶は顔をしかめた。
「吸うな。あんた高校生でしょうが」
「知るか」
意に返さないような表情で、秋斗は目で説明の続きを促す。沙耶は頭を押さえながら再び話し始めた。
「で、魔術に重要になるのは知識って分かる? ってことで、ここにある魔術教科書で勉強してね。あ、分からない用語があったら、この本を読んでね」
そう言って、沙耶は大切そうに抱えていたカバンから分厚い本を一冊、後は薄い小説のような厚さの本を一冊取りだしテーブルに置いた。
異様なものを見たかのように秋斗は目をつむり、こめかみを押さえる。
「てめえ、舐めてんのか?」
「違うわ。この分厚いやつが魔術教科書ね。これ全部暗記したら大したもんだわ。正直、全部覚えてる魔術師なんて数えるくらいね」
「だから、お前はバカか? なんで知識の欠片も無い俺が、教科書片手に勉強しなきゃならねえ? 予備知識もなけりゃ教科書なんて見れるはず無いだろうが」
そこに、秋斗を援護するように晋も口を開く。
「そうですよ沙耶さん。これでは秋斗さんが解りません。沙耶さんが先生にならなければいけませんよ」
「だって……」
晋の言うことには逆らえないのか、沙耶は顔を赤らめて俯いた。
それを見ながら、秋斗はあくびをする。
(茶番もいいとこだな。こいつ、一丁前に金髪に惚れてやがる)
*
電気の消えた無機質な部屋。静寂が流れ、秋斗は頭を掻いた。
あの後、今日は解散という事で二人は帰った。次は明日にすると沙耶が言ったからだ。
秋斗はテーブルの真横にあるベッドに横たわる。無感情な瞳で虚空を見つめ、手を伸ばした。
「俺は……」
懐かしい記憶が一気に秋斗の頭の中を駆け巡り、彼は頭を押さえる。辛い過去を消し去るように。
(これでいいんだよな……。俺はこの生き方でいいんだよな……)
両手で自分の体を抱くようにし、小さくなった。その姿は普段の秋斗からは想像出来ないくらいに弱々しく、儚い。
(全部……俺は押し付けて……)
まるで、今の秋斗にとってこの状況が悪夢であった。終わりの無い苦悩、トラウマに支配される自分に対しての腹立たしさが、秋斗をかき回した。
「クソが……!」
精一杯の力を込め、秋斗は呟く。
それは過去に対する不安か、現在に対する苛立ちか、それとも……。
静寂流れる部屋に、弱々しい声がむなしく響いた。