おじさんは帰還途中で叱られる
会議が終わってから数日後、東の開拓団の砦に戻る準備が整った。
「もう少しいればええのに」
「いえいえ。今回のことを報告しなければなりませんし、あれの準備もしないといけないので」
それに、ここに居続けては定住してしまいそうで怖い。
私の目的は元の世界への帰還。その意思が揺らぎそうになる。
「お世話になりました。次はきちんとした使節団を送りますので、国交を結ぶ際の細かな取り決めはそちらにお願いします」
「こっちも色々と助かったわ。まだちょいと迷惑をかけるかもしれんけど」
そういえば、滞在中にリリーナやバリッシュもコハクと何やら話をしていたな。何を話していたのかは知らないが。どちらにせよ、友好的であるならそれに越したことはない。
「ではな、コハク」
「ええ。いずれ、また」
砦に戻る道中。私はある異変に気付いた。
夕食から魔力の甘さがしない。
一瞬コハクが何か手を打ってくれたのかと思ったが、すぐに思い直す。
確かに私はコメを購入した。コハクも外貨が欲しかったらしく良心的な価格で、大量に。しかし今日の夕食に米は使われていない。コハクの市場で買った野菜だ。
もしや私にも魔力が宿った? 魔法が使えるようになるかもと淡い期待を抱いた直後。
「あ、おじさん。気付きました? コハクさんから魔抜きという方法を聞きまして学んでおきました。おじさんはその調理法? を使った方が好みなんですよね」
すぐにリリーナの仕業と判明した。そうか、コハクに魔抜きの方法を習ったのか。私に魔力が宿るはずがない。コハクの先祖も魔力を宿したのは子で、先祖は死ぬまで魔力を持たなかったのだが。
しかし、そうか。わざわざコハクから教えてもらったのか。私のために。
「ありがとう、リリーナ」
思い出したのは酔ったコハクの言葉。リリーナとの付き合い方が変だと、おかしいと言われた。それは自覚していたし、どうにかしなければと思ってもいた。
お節介なコハクが用意してくれた場だ。利用しない手はない。
「喜んでもらえたようで良かったです」
これで少しは関係を改善できただろうか。
「全然駄目です」
駄目らしい。
その日の夕食後、ポーラから呼び出しを受けて来てみればそこにはやや怒った様子のポーラと困惑した様子のグレイがいた。
何の用かと聞いてみれば、内容はコハクでの一件とリリーナについて。
「もっとリリーナと仲良くなってください。多少のことでリリーナが不安にならない程度に。あの後大変だったんですよ」
「あの後?」
「コハクで初めて夕食を食べた時です。お米を食べてからおじさんの表情に常にあった険が消えて、凄くほっとした様子でお米を食べていたんですよ。しかもコハクさんとはすごく話が合う様子で。リリーナが自分の下を離れるんじゃないかって夜に相談して来たんですよ」
……険? 表情に硬さがあったと言うことだろうか。自覚は一切ないのだが。グレイにも聞いてみればお米を食べてから表情が岩から粘土くらいに変わったと言う。
そこまで劇的に変わったのか。
……確かに、ずっと切に望んでいた食べ物を食べたのだ。気が緩むのも当然。私には分からない変化があってもおかしくはない。
しかし何故グレイの召喚主であるポーラが私とリリーナの関係を気にするのか。
「簡単なことです。私はしがない子爵の娘で、リリーナは公爵令嬢。寄らば大樹の陰、長い物には巻かれろと行動することが必要なんです。だから大樹が揺らぐようなことが、長い物が動揺するようなことは私からすれば大いに困るんです。多少のことでリリーナが不安がらない程度に仲良くなってください」
見事なまでに自分の事情からの行動だった。
しかし全てが自分のためだけではないだろう。どこかにリリーナへの友情があるからこそ、自分の事情を私に打ち明けてくれたのだ。
ならば丁度良い、リリーナからの相談だけでなく私の相談にも乗ってもらおう。
「仲良く、というがどれほど仲良くだ? 何か基準を、もしくはこう行動すればよいなどの助言が欲しい」
こちらは五十を超えたおじさんだ。仕事の付き合いなら接し方は分かるが、プライベートで自分の半分も生きていない女性の扱いなど知らない。
グレイにも助言を求めるように視線を向けるが、知らないとばかりに首を振られた。
「それくらいで良いんです」
代わりに答えは横からやってきた。
「それ、くらい? 私とグレイの仲、親しい友人のような付き合い方と言うことか?」
「そこまで言いませんけど。グレイと接するときのように警戒をせず、当たり前のように接してくれれば良いんです。コハクさん相手では警戒している様子はありませんでしたし、出来ないことではないでしょう?」
出来る、出来ないで言えばどうなのだろう? 警戒など無意識でやっていること。グレイはこの世界で最高の友であり、目的は一緒。秘密も共有している。コハクについては自分の同種と言うこともあり別種の警戒はしていたが、確かに身構えるような警戒はしていなかった。
ただその辺りはコハクの立ち回りが上手いだけだと思うのだが。
「リリーナはおじさんを師のようにも思っているんですよ。口先と立ち回りだけで結果を出す姿を見習いたいと。その相手にいつまでも警戒されていると――」
「分かった。十分に分かった。私なりに努力はする。していたつもりだが足りないことも分かった。教え子のように、だな」
コハク、そしてポーラと。違う人物からこの短期間に同じ指摘を食らえば、さすがに自分に問題があることを自覚する。
もう少し親しく、師として思われているなら教え子のように接する。それなら大丈夫だ。問題ない。
大丈夫だから、とポーラに言い聞かせてその日は寝た。
翌日の朝。
「おはようございます、リリーナさん。今日もお綺麗ですね」
女性の扱いに慣れていると評判の部下の真似をしてみたのだが。
「……あの、おじさん? 大丈夫ですか?」
熱でもあるのではないかとばかりにリリーナに心配され、ポーラとグレイからはやれやれと首を振られた。
そうか、これは駄目なのか。




