狼の獣人はまんまの策に嵌る
寺。
それは獣人の国中に点在しており、寺に属する者は国境関係なく自由に移動することが許可されている。
寺とは国の意向に縛られない中立的な存在。
とはいえあくまで表向きだけ。当然寺ごとに贔屓にしている勢力はあるし、嫌う勢力もある。
しかし表向きでも中立と言うのは重要。例えば、各国の国主が集まる場などとしては最適である。
「チッ、女狐が」
突然送られてきた国主を集めた会議の参加要請。いや、そんな生易しいものではない。挑発の混じった参加許可だ。
俺らダイリとコハクの関係を考えれば話を蹴って少しでもあの女狐の顔に泥を塗ってやりたいところだが、内容が内容だけにこうして女狐の目論見通りと理解しつつやってきた。
不愉快。実に不愉快。ダイリによる統一を邪魔するだけではなく、良く分からない第三勢力まで巻き込みおって。
そこら辺の物にこの怒りをぶつけてやりたいが、この寺の門派はダイリ寄りだったはず。下手に騒動を起こして反感を買うのは面倒。
コハクのこういうところが嫌いなのだ。さも中立を装い神経を逆なでしてくる。堂々と行動に移ると言うことをしない賢しい部分が。
「まあ! まあ! うるさい気配が来たと思えばダイリですか!」
「あー。コハクの嬢ちゃん、本当にダイリの若造を呼べたんか」
「……ふん」
会議の間まで移動している最中、偶然か意図的かは知らないが面倒な連中に遭遇した。
甲高い声で常にうるさいリスの獣人、レキ。
歳だけを無駄に重ねている亀の獣人、ゲンブ。
戦闘能力だけは認めている寡黙なサイの獣人、カコウ。
俺の国ダイリに対して防衛同盟を結んでいるムカつく国主共。
「おい、いい加減抵抗を止めて国を渡したらどうだ? 外に国があると分かった以上、緊急時に備えて意思の統一が必要だろう」
「はあ! 馬鹿! 誰が緊急時を作っているのかしら!」
「その時が来れば、その時に決まるさ。自然と。急ぐことじゃない」
「……無駄だ」
俺の慈悲を跳ね除けてやがって、愚か者どもが。
こいつらの誰か一人でも俺側に付けば一瞬で片が付くのだが、コハクが裏で操っている限りそれは無理だろう。
コハクがいなければ有象無象の分際で。
こんなところで雁首揃えていても仕方がないと、会議が行われる間に入ればそこには今回の主役と言える二人が待っていた。
「よう遠い所からお集まり頂きましてありがとうございます。ただお互い忙しい身、お疲れとは思うけど早々に始めようと思うんやけど」
女狐、最も弱い勢力でありながら最大の障害であるコハク。
その隣で黙って座っているのがおそらく外の女。頭から生える長い毛以外には毛はなく、皮膚も非常に柔らかそうだ。爪も短いうえに脆そう。
……弱そうだな。口を閉じているから牙が凄いのかもしれないが、筋力もなさそうに見える。
レキのように毛で身体を守るでもなく、ゲンブのように硬い部分があるわけでもなく、カコウのような力強さもない。
分かった。こいつらは弱者の種族だ。
「ふん! この俺を呼んでおいて下らない話だったら容赦せんぞ!」
出会い頭に一発。弱い奴ならこれで腰を抜かして何も言えなくなる。いくらコハクがこんな弱いのを神輿に掲げようとも何も言わないんじゃ怖くない。
コハクの思惑通りになど――。
「誰ですか、貴方」
「俺を知らないのか」
「知るわけないでしょう。それとも貴方は私を知っているのですか?」
「それこそ知るわけがない」
「でしょうね、お互い初対面なんですから。貴方は誰なのか知りませんし、何が面白くて何が下らないのか分かりません。容赦をしないと言われてもどういう意味なのか理解できません。話をしたいのであれば座ってはいかがでしょう? ……ああ、座る場所は分かります?」
「………………」
呆気に取られた。こんな弱い奴が俺に正面から言い返してきた。
立場を弁えていない不遜な物言いだが、コハクのように逃げ回る言葉ではないのは好意的に受け取れる。
こんな弱い奴を使いとして出すところだ。脅威ではない。だからこそ、こいつの物言いに何も言わず、黙って座ってやる。
……ん? どういうことだ?
この手の他国の人を多く招いての会議の場合は誰が偉いのかなどで揉めるため、主催国の偉い奴が上座に座るか、円のように座って誤魔化すのが多い。
しかしこれは、何だ?
コハクと外の奴が隣り合って座り、その対面に俺たち呼ばれた側が座る。
二対四の構図。まあ、国主だけで集まって会議をするなど前代未聞。普通ではないと言うのなら理解できるが。
「さて、皆さん揃ったところで紹介しとこか。リリーナさん、向こうの右からちっこい奴がレキ、長い髭の甲羅背負っとるんがゲンブ、デカいだけが取り柄なのがカコウ、そして馬鹿みたいにうるさかったのがダイリや」
「なるほど。皆様、私はここより西にあるハリス王国のルイス公爵家三女、リリーナ・ロール・ルイスと申します。また東の開拓団代表でもあります」
……ほう? ハリス国の筆頭家老ルイス家の三女。それはまた、随分と下っ端な奴が来たな。東の開拓団と言うのはあれか、ここより西の海に町を作った集団だな。部下から報告は聞いているし、俺自身も西の平原に赴いて様子を伺ったこともある。
その集団の長がこんな小娘。軟弱だな。
「ええ! まあ! そのハリス王国とやらは私たちをどのように考えているのでしょう! 家老の娘如きを国主の集まる場に出すだなんて!」
「そのように申されましても。今回コハク殿より招待された会議の日程はあまりにも急でありましたし、何よりこの場に相応しい地位のある者は国の中央におります。このようなことを言うのは大変失礼かもしれませんが、私たちの国の認識ではここは東の辺境の果てです。ここから国の中央まで連絡をするのにどれほどの月日がかかるか。その小さな身体では考えが及ばないのかもしれませんが、我が国は広大でありますので」
レキの小うるさいのが噛みつくが反撃を食らい、余計にうるさくなった。俺の隣ならぶん殴って黙らせてやったのに。
しかし、広大な国か。信じられないな。
「おー、確かに嬢ちゃんの言い分の方が本当なら正しいな。わしらにとっても急な話だった。嬢ちゃんたちではその話を受け取った中から偉い奴を寄こすのがやっとだったんじゃろ。それで、嬢ちゃんは西の平原の先にある森から来たのかい?」
「いいえ、その森はエルフが住まう森でその更に西になります。そうですね、ただ広大と言っても理解しにくいでしょう。……二十五年程前に我が国は国民を多く抱え過ぎて、また周囲の魔物が脅威にならなくなったため、東と西、そして北に対して大規模な開拓団を向かわせました。それは成功し、現在では北は竜と、西はドワーフと言う異種族と交流しており、東はエルフとの交流をしております。いくら大規模な開拓団といえ、開拓した土地に人は残るので進めば進むほど開拓団は小さくなり、東の開拓団は実質エルフの森の前で終わっております。私たちは我が国が東に伸ばした手の指一本分くらいの規模しか残っていません」
「つまり嬢ちゃんの国は指一本で町が作れるのかい?」
「先程申し上げました通り我が国は広大。貴方たちは町を作るのに腕が必要だったとしても、我が国は指で事足りると言うことです」
ぬうう、とゲンブが唸るような声を上げるのを聞いてつい笑い声が零れそうになる。
獣人の国の中でも最大の規模の我がダイリですら町を作るとなれば一大事業。腕と言わずとも手は必要になる。それを指で町を作る程度に大きな国だと来た。
面白いホラ吹きだ。自分を大きく見せるのに限度がない辺りが面白い。
「……信用出来ぬ」
ホラに対してカコウは真面目に取り合うつもりのようだが意味がない。
「でしたら何を見せたり話せば信用できるのですか? 逆に問いますがこの獣人の国以外はご存じなのでしょうか? 貴方が獣人の国以外を知らないのであれば、何を見せても、聞かせても無意味なのだと思います」
ホラ吹きと言うのは口が上手いのだ。追求しようにものらりくらりと逃げられる。なるほど、コハクと組むには丁度良い相手だ。
だがまあ。十分面白かったし、心の中で笑わせてもらった。もうホラも聞き飽きたし、退場願うとしよう。
「ならば、強さを見せろ。お前の言うように広大な土地を切り拓いたのであれば、魔物を多く討伐してきたはず。強さがあるはず。それを見せろ」
その軟弱な肉体で何が出来るのか知らないが。
何を見せてくれるのか笑みを浮かべて待っていれば、それに応えるように女とコハクが笑った。
直後、コハクたちの後ろの障子が開き、寺の庭園が目に入る。
庭園の真ん中には似合わぬでかい岩が一つ。
「では失礼して」
女は手を岩に向けると、その手から大きな火球が生まれ真っ直ぐ岩へと飛んでいき。
ボワッ、と岩に当たった火球が散り、岩は四分の一ほどが溶解していた。
「これが私の魔法の力です。これでよろしいでしょうか?」
何だ? 何だ、何だ、何だそれは!?




