おじさんは食事の秘密を知る
コハクの町の散策が終わり、コハクが期待しろと言っていた夕食。
リリーナたちには米を主体としながらも野菜や肉、魚など様々な料理が出され見るからに歓迎された様子の夕食が出てきた。
しかし、私だけはご飯に味噌汁。ついでとばかりに塩だけ。
見るからに貧相な夕食だが別に文句はない。もしも茶屋での一件で甘いことを知らなければ喜びの余り飛び上がっていただろうが、団子の甘さを知っているので米も甘くなっているのは容易に想像できる。
見た目だけなら私がこの世界で何よりも望んでいる食事なのだが。
まあ、国主のコハクが用意したのだ。何か意味があるのだろうと塩を振りかけて米を食べる。
温かく、噛み応えのある触感。米特有の粘つき。塩のしょっぱさ。そして……。
「なんだとっ!」
驚きの余り叫び、米を凝視してしまう。
周りが驚いた様子でこちらを見て、唯一何かを知っているコハクだけは愉快そうに口元を隠して笑っている。
しかし今はそんなことは気にならない。どうでもいいとすら思える。何故なら。
この米からこの世界特有の甘さがしない。
仄かな甘さはある。しかし蜜のような甘さはしない。
米と味噌汁、そして塩だけだが、これこそ私が望んだ味。故郷の味。
「どういうことだ、コハク!」
「想像以上の食いつきっぷりに少しびっくりしたけど、ええ顔を見させてもらったわ。誠一さん、そんな野暮な話は後にしましょ。今は食事の場や」
野暮などではなく、これは私の死活問題なのだが。しかしコハクの言う通りここは食事の場。騒ぐ場所ではない。
それに、この食事を全力で味わいたい。
塩を振りかけてご飯を食べ、時折味噌汁を口にする。たったこれだけが、今の私にとって何よりの贅沢。
素朴で、ほっとする味。美味さで言えば他にも美味しいものはいくらでもある。しかしどれだけ食べても飽きぬ味はこれなのだ。
私がずっと食べたかった味なのだ。
自然と口元が緩み、この世界に来てから続いていた緊張が僅かに解れる。
コハクの言う通り、期待して良い食事。いや、期待以上の食事だった。
夜、皆が眠る頃。私はコハクに呼ばれて月がよく見える一室にやってきた。
そこにはすでにコハクがおり。
「おいでやす。ひっく……」
出来上がっていた。真っ赤になりながら盃に入っている酒をぐいぐいと飲んでいる。
めんどくさそうな雰囲気だ。しかしコハクは私が求めていた甘さのない食事について知っているため、それを聞き出すまでは逃げられない。
大きく息を吐き出して覚悟を決め、コハクの横に座る。
「随分と上機嫌なようで」
「そやろか? うーん、……まあええ。酒は飲めるやろ。ほれ」
すぐに食事について問いただしたかったが、コハクから差し出された盃を黙って受け取る。酔っぱらいを相手にするときはあまり逆らずある程度流れに乗った方が良い。
それに、酒は嫌いではない。
「……甘いな」
「あはは、そりゃあねえ。酒にまで魔抜きはしとらへん」
酒の甘さ以外に混ざっている甘さに眉を顰めると、コハクは楽しそうに笑う。
しかし、魔抜き? 気になる単語が出てきたので、コハクに尋ねる。
「ご先祖様はな、今のうちらと違って魔力はなかったんやて。大昔に何があったのかは知らんけど、この地に住むことにしたご先祖様は作物を育てて食べていたんやけど、困ったことに甘かった。想像していた味とは大きく違ったんやて」
獣人には竜に召喚されて、イレギュラーが発端となった反乱。その後の生存競争については伝わっていないのか。この地に来た、それが獣人の最古の記録か。
しかし、魔力がない。そして、育てた作物が甘い。つまり……。
「ん? ああ、分かってしもうたか? ならしゃあない。甘さの正体は魔力や。ご先祖様が子供を産むとな、魔力を持った子が生まれた。その子は作物を甘いとは感じへんかった」
それから研究が進み、作物から魔力を抜く技術が開発され、魔力のない先祖は魔力を抜いた作物を食べた。
そこから新年には魔力を抜いた、魔抜きした食事を新年に食べる行事が生まれ、私が食べたのはその魔抜きしたご飯と味噌汁。
獣人の先祖に感謝だな。それと魔抜きの食事を新年に食べると言う行事を作った者にも。出なければ魔抜きなどの技術はとうに廃れていただろう。
「その魔抜きは私でも出来るのか?」
「無理や。魔抜きは魔力がないと出来ひん。くっくっく、誰の嫌がらせやろな。魔力がないから魔力を味として感じてしまい、魔抜きは魔力を味として感じない魔力持ちだけが出来る」
むう、魔力がないと出来ないのか。つまりグレイですら無理。リリーナたちでないと出来ない。
しかし料理から魔力を抜くなど、魔力を持つ側からすれば栄養を抜いているようなもの。リリーナたちが魔抜きを覚える理由がない。
どうしたものかと悩んでいれば、隣ではコハクが盃に酒を注いでグイグイと飲んでいる。
「……コハクは酒が好きなのか?」
「ん~? そうやな、あんまり飲まんなー。味もそんな好きでもないし。でも酔うのは好きや。だからええことがあった時だけ」
良いことがあった時だけ酒を飲むと。酔うのが好きなのか。まあ、酔うといざという時の判断が出来ないと嫌っているのか、良いことがあった時だけなのだろう。
しかし良いことか。おそらく自分たちに関係していることだと思うが。
ダイリの国の封じ込めが確実になったからか、こちらが獣人の国に攻め込む意思がないと分かったからか。それともこちらとの関係が上手くいきそうだからか。
良いこと、など考えればいくらでも出てくる。まあ、酔っぱらいの戯言だ。とりあえず。
「そうか、良かったな」
「そやろ、そやろ」
肯定だけしておく。それだけで勝手に上機嫌になってくれるのだから。
それから酔っぱらいの戯言に適当に返事しつつ、静かに酒を楽しむ。
「うふふ、誠一さんがうちよりも悪い人で良かったわ」
ただ聞き流せない言葉もある。
「失礼な。私は善人だと言い切るつもりはないが、悪人ではない」
「嘘や。誠一さんはうち以上の極悪人や。そういう臭いがしてはる」
……臭い? 臭うのか? 加齢臭?
自分の臭いは分からないと知りながらつい嗅いでしまう。……やはり分からない。
「獣人はな、どいつもこいつも単細胞。ダイリは特に馬鹿やけど、他の大して変わらん。自分のことしか考えてへん。だからうちは上手く立ち回れるんやけどな。でもなあ、そうしているとたまに自分が異常なんか思う時がある。頭がおかしいから、出し抜けるんやと。でも、誠一さんに出会えて別に異常じゃないと安心できたわ。普通に話が出来て、嬉しかったわ」
なるほど、同類を見つけたことが良いことなのか。
狐の獣人なのに猫のように顔をこすりつけてくるコハクを引き剥がしながら、おおよその事情を察した。
おそらくだが、コハクは獣人の中でも特に頭が回るのだろう。それも周囲と比べれば圧倒的なまでの差があるほどに。
それが異質に感じていたのだろう。しかしその異質に頼って国を支えてきた。否定できるはずもなく、一人でずっとその異質を抱えてきた。
だが今日、同程度に悪巧みを出来る私に出会った。異質なはずのものを共有出来た。話が出来た。
一人ではなかった。それが嬉しい。
そんな所だろうか。まあ、分からないでもない。
「……義娘のヒスイへの対応に距離感があったのはそれが原因か?」
「……あの子は、うちとは違います。裏から手を回したり、言葉巧みに相手を操ったりして物事を上手く進める、何てことを必要としない。真っ直ぐに行動すれば結果が付いてくる子。うちみたいなのが育てたら曲げてしまうんやないかと思うと」
私もコハクも、いわば汚い手を得意とする側だ。それが悪とは思わないが、子を育てて問題ないのかと問われれば悩む。
少なくとも私が親であれば自分の背中を見て育ってほしいとは思わない。
それに義娘というのも距離感を測りかねている理由の一つかもしれない。
「そういう誠一さんやて、あのお嬢ちゃんとの付き合い方はおかしいで。よう分からんけど、どっちも引け目がある。でも気にかけている。お嬢ちゃんの方は折り合いでも付けとるのか多少はマシやけど、誠一さんは中途半端や。近しい友人でもなければ他人でもない。気付いとるやろー」
酔っぱらいの癖に嫌な所を突いてくる。
確かに、リリーナとの関係については私自身思うところはある。出会いやその後が悪かったとはいえ、謝罪を受けたのだ。理不尽に対する怒りは早々消えるものではないが、リリーナの今までの行動を見れば言葉だけのものではないと理解している。
とはいえ、態度をいきなり変えるのは不審に思われる。何かきっかけがあればと思いながらも中々ない。
そもそも、私は五十を過ぎたおっさんだ。その半分も生きていないリリーナにどう接すれば良いのか分からない。仕事関係であればいくらでも手はあるのだが。
「ならばどうし……寝たか」
助言でも貰おうと思ったが、残念ながらコハクは私にもたれかかりながら熟睡してしまった。
言い逃げされた気分だ。
このまま見捨てて行きたかったが、相手は酔ったまま寝ているのだ。介抱なしでは少し危険と言える。
「誰かいるか?」
この手の場所ならどこかに人が控えていてもおかしくはない。期待半分で呼んでみれば。
「ここに」
本当にいた。まあ、コハクも酔うための準備はしていたということか。
「コハクを頼んだ。私は部屋に戻らせてもらう」
「かしこまりました。……あれほど楽し気なコハク様は初めて見ました。これからもよろしくお願いいたします」
嫌だよ、酔った奴の相手など。
そんなことを言えるはずもなく、ただ黙ってその場を後にした。




