おじさんは東の国に到着する
開拓団の砦を出て三日後。ようやく目的地と思われるコハクの国の支配域に入った、と思う。
曖昧な理由は町を見つけたのではなく、信じがたいことに最初に見つけたのが長々と続く畑だったからだ。その後に農民と思われる猫の姿をした女の人いた。
魔物が跋扈する王国では農作物にも被害が出るので最低でも柵を設ける。広い農地では監視塔を立てることもあると言う。
しかしここには柵もなければ監視塔もない。あるのは道と水路と畑だけ。
バリッシュに言われてはいたが、こうして文化の違いを目の当たりにすると驚きの余り言葉が出ない。
この辺りに魔物が来ないのだろうか。それとも魔物が食べない農作物なのか、私の知らない技術を使っているのか。
気にはなるが辺りを見回すなど軽率なことはしない。私は東の開拓団の代表であり、相手から見れば国の代表なのだ。
堂々とした態度を心がけ、背筋を伸ばす。知りたいことは多くあるが、それは後回し。今はまず町を目指して前進を続け。
「すみません。こちらはコハクという国でよろしいでしょうか?」
などと考えていれば後ろからおじさんの声が聞こえた。振り向けばおじさんが農民と思われる猫の人に話しかけていた。
「へえ? ええ、そうですニャ。……毛も耳もない? もしかして西から来た人ですかニャ?」
「はい、そうです。こちらの……王様? ええっと、すみません。偉い人に呼ばれまして」
「国主のコハク様ですかニャ。それならこの道をまっすぐ行けば良いですニャ」
「この道をまっすぐ? ありがとうございます。お礼にこちらを、っと失礼しました。西の貨幣など使えるはずもないですからいりませんよね。食料で良いですか?」
「そっちのキラキラした貨幣の方が欲しいニャ。珍しい物は場所によっては高く売れるニャ」
なるほど、と言っておじさんが猫の農民に貨幣の入った袋を渡す。
……は! おじさん、何しているの?
すぐに問い詰めたいところだが今さっき堂々とした態度を心掛けたため、軽々しく動くような真似は出来ない。
今はおじさんと猫の農民のやり取りを見守り、それが終わってからおじさんを呼んで注意を、と思っていれば呼ばずともおじさんはすぐにこちらにやってきた。
「目的地はこちらで合っているようだ」
「……もしかしてその確認のためですか?」
「ああ、そうだが? 大まかな方向とその場所の景色などしか聞いていない。明確な目印がない以上、道を間違えていた可能性も十分にあった。それに……。まあ、急いだほうが良いだろう。相手を待たせては悪い」
目的地に向かっているかの確認。確かに、文化の違う場所に来たからと言ってそこがコハクの国であるとは限らない。
下手な一言が戦争の引き金になるぞ、とグンズとバルカを脅したのは私だ。彼らから発言を奪った以上、足元を見るかのような細かな確認も自分で行わなければならないのに……。
注意するつもりが逆に注意を受けたようなものだ。堂々とした態度だけではなく、気を引き締めていかないと。
そんなことを考えている間におじさんが進む、そのすぐ後ろにバリッシュが続いている。
駄目ですよ! 先頭は代表である私でなければ。それにそんな急ぐ必要は。
……? おじさんは何でさっき相手を待たせては悪いと言ったんだろう。会議が開かれるのは三日後なのに。
それからしばらくして、おじさんの言葉の意味が分かった。
見たことのある懐かしい風景の中に似ているが異なるものを見つけると、何とも言えない残念な気持ちになる。その異物が風景の中心になり、懐かしいはずの風景が別物に変わってしまう。
異世界で懐かしい景色を探す方が間違っていると分かっているのだが。
「トモダチ、大丈夫?」
「ん? ああ、大丈夫だ。こっちの件を早々に片づけて創聖教について調べたいのだが、どうもここには厄介な者がいそうな気がしてな。どうしたものかと悩んでいただけだ」
まさか景色に心を揺り動かされていた、などと言えるはずもなく代わりに猫の人に出会った時の懸念を伝える。
「厄介な人か。でも今までもどうにかなったんだからトモダチなら大丈夫じゃない?」
「だと良いんだが」
予想では厄介な相手は今回の会議の発案者。コハクの国の国主、コハクだ。国の名と同じ名。非常に分かりやすくて助かるが。
今まで貴族や召喚獣、一応竜などを相手にしたことがあるが、今回の相手は国主。つまり国だ。ルルクス伯爵などと比較しても使える権力が大きく異なる。
国の持つ権力を自由に使えるとなれば当然厄介の幅は大きく変わる。リリーナでは持て余すのは確実。私だって出来れば相手にしたくはない。だが。
「今回は私が出た方が良いか」
今は急ぐ理由がある。だからリリーナを前に出させて補助をするという考えを捨てる。
「トモダチ、そんなこと出来るの?」
「ふむ、リリーナが嫌がるか? 代表として意気込んでいるからな。まあ、水を差すような真似はしない。上手くやるさ」
そこそこに深い空堀と三メートルほどの石壁。それが町をぐるりと囲んでいる。
……町を、か。
こちらの想像とは少し違った作りに肩を落とすも、すぐに気を取り直す。
相手がすでに見えているのだ。
町を守る門であり、空堀の上を通る橋に着物を来た狐の女がいた。
見るからに偉い人で、こちらが来るのを待っていた。
「……良し」
おそらく無意識だろう。リリーナが気合を入れるように小さく声を出した。
しかしそれは無意味となる。
リリーナが声を出すよりも、相手が動くよりも、私が下馬して先に動く。
「お待たせして申し訳ない。私たちはハリス王国所属の東の開拓団。こちらは東の開拓団の代表であり、ルイス公爵家の三女、リリーナ・ロール・ルイス様です」
「遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。私はコハクと申しまして、小さな国の国主を務めております。筆頭家老のご息女でございましたか」
「国主のコハク様でしたか。国主自らの歓迎に感謝申し上げます。会議まではまだ三日ほど時間があると思いますが、その間この町を見て回ってもよろしいでしょうか?」
「勿論です。まずは皆さまが休まれる私の居城に。その後に小さな町ですが私が案内いたしましょう」
「それはありがたい。是非、お願いします」
呆気に取られるリリーナを置いて、ポンポンと話を進めていく。
そうして全ての段取りを終えてから、ニコリとリリーナに微笑みかける。
「これでよろしいでしょうか?」
「え? は、はい。ではそのように」
全てが決まってから投げられては何かを言えるはずもなく、場に流されるようにリリーナは頷く。
さて、まずはコハクの居城に皆で向かいましょうか。その後は皆さんご自由に。
私は茶番に乗ってくれたコハクと話をするので。幸い、話すことに事欠かなそうなので。




