最高筋力の持ち主は妻に良いところを見せたい
開拓団の砦から北の平原で、私ことバリッシュは魔物を狩っている。
「キャー! バリッシュさーん!」
妻、ルリの声援を浴びながら!
愛しの妻の声援があれば巨牛の突撃程度、この通り! 胸で受け止め、角を掴んで、持ち上げて、叩き落す。
どうだ、妻よ!
「キャー! カッコイイー!」
そうだ、ホンドーから教わったポーズで締めよう。うむ、妻が喜んでくれたようで何より!
そして巨牛の群れもボスが倒されたと知って逃げていく。あの程度の魔物では剥製にして飾る価値はないな。ただ食う価値はありそうだ。砦に持ち帰ればホンドーが調理してくれるだろうか。
普段であれば妻を連れて魔物の狩りになど行かないのだが、今回は優秀な護衛がいるので安心して魔物の討伐に集中できる。ホンドーから教わった格闘技を……は! しまった。巨牛を普通に倒してしまった。教わった格闘技を一切使っていなかった。
使う機会がなかったとも言えるが、次の魔物を相手にするときはもう少し意識して使わないと。
妻の護衛をしてくれているサラマンダーとケルピーに礼を言いつつ、更に奥へ進む。
この辺りは気性の荒い魔物が少なく、大抵は温和でのんびりと草を食べている。先程の巨牛は珍しい部類で、縄張りに入った侵入者を追い出そうとしたのかもしれない。
私が求める魔物は見るからに凶悪で、力のありそうな魔物だ。出来れば四足歩行よりも二足歩行の魔物の方が対比もしやすく良いのだが、一切見当たらない。
サラマンダーとケルピーにそういった魔物を見つける能力はないかと期待してちらりと視線を向けるも、すぐにないと判断して諦める。
そもそも、彼らがここにいるのは何やら問題を起こしてしまい、あの砦に居づらいためだ。詳しくは聞いていないし、聞く気もないが喧嘩をしたなどその辺りだったはず。
喧嘩か、私と妻の間には無縁の話だ。
しかしその居づらいはずの砦に恩人のためとはいえ戻ってくるのだろうか。私であれば、何があろうと母国には戻らない。例え命の恩人がそこに行くと言っても、恩を返すのはその国の外で行う。
サラマンダーもケルピーも理由があるにせよ戻ってきたということは、相手からの謝罪などどこか仲直りの機会を伺っているのか。
まあ、それは当事者同士が決めること。言葉も通じない私ではどうにもならない。
……ぬ? 随分と凶悪な殺気を放つ者がいるな? やや小さいが、こちらへの敵意は十分。仕方がない。格闘技の実験台になってもらおう。
「皆さん、急にお呼びして申し訳ありません。また、ルルクス伯爵の代理として開拓団の代表と認めて下さりありがとうございます」
「俺は認めてねえ!」
午後、各派閥の長を集めて情報共有とこれからの方針を伝える場を開いた。
突然の呼び出しのため来られない者も多いと思ったが、皆が我先にと来てくれた。誰もがリリーナが初めて話す場を重要視しているのだろう。
何せ私が知る限り唯一の反対派であるグンズまで来ているのだ。来て早々に恥を晒してはいるが。
皆が重要と考えている場だ。ここでの働きがリリーナの最初の評価となる。不安なのかこちらを向いたリリーナに私は大丈夫だと頷いた。
「そうですか、いずれ認めてもらえると嬉しいですね。それでは皆さんから集めた情報なのですが」
それで気持ちが楽になったのか、リリーナはグンズの抗議を軽く流して場をまとめる。代わりに軽く流されたグンズが顔を赤くして失笑を買うことになったが、関係のないことだ。
リリーナは派閥から聞いた情報とそこから考えられる情報を伝え、皆から他の意見を求める。
意見を求められた瞬間、皆が好き勝手に意見を言い始めた。
考えてきたわけでもなく、他を出し抜くと浅はかな考えのある意見に大した価値はないが、意見を自由に言える場を作ることは出来た。
独立気質の強い者たちだ。こうして意見を言える場を作らないと勝手な行動をする者が出てくるかもしれないし、意見が採用されればそれは自分の功績となる。そうなれば積極的に意見し、いずれは有益な意見も出てくるだろう。
「たくさんの意見ありがとうございます。それではこれからの方針ですが、もしも想定通り東に複数の国があった場合、出来るだけ多くの国と対話を持って関係を築きたいと思います。一つの国だけでは情報が偏ると思われますし、凶暴で粗野な国とは無理に付き合う必要はありません。まずはこちらが対話を望んでいることを向こうに伝え、それに応えてくれた国と付き合っていこうと思います。それを伝えに行く人選ですが」
「それなら私に任せてください。実は何名かと面識が」「我々はすでに友好的関係を」「俺たちだって」
手柄を立てる機会を悟り、皆が我先にと名乗り出る。その様子にリリーナは満足そうに頷いて。
「それでは皆さんにお任せします。注意するまでもないことですが、高圧的な態度を取ってはいけません。ただ対話を望んでいることだけを伝え、何らかの質問を受けた場合はその場で答えずに持ち帰ってください。私たちで検討し答えを出しますので」
勝手な行動を取らないように釘を刺す。
皆が分かっているとばかりに頷くが、それが逆に私を不安にさせた。リリーナは逆にその自信ある態度に安心したようだが。
解散、と言う言葉と同時に皆が一斉に会議室を後にする。きっと明日を待たずに行動に移るのだろう。
皆が去った後、リリーナは大きく息を吐いて肩の力を抜いた。
「お疲れ様。代表として立派に振る舞えていたと思うよ」
「はは、ありがとうございます。いざとなればおじさんが助けてくれると思ったら気が楽になって、あまり緊張せずにできました」
別に手を貸すつもりなどなかったのだが、それで気が楽になり上手くいったのであれば何より。まあ、リリーナであれば成功すると思っていた。リリーナでは御せない程の曲者はここにはいないのは分かっていた。
皆の先ほどの様子から見るに相手の返事が揃うのは遅くとも一週間後。早い返事なら三日後くらいには届きそうだ。あまり休んでいる余裕はない。
今の内にやるべきことは多い。開拓団について更に知り、相手の国に行った者から町の様子を聞いて少しでも情報を集めておく必要もある。
それに私もやるべきことがいくつか……。
ワアアァァァ!
「どうしたんでしょう? 外が騒がしいですね」
「何かあったのかな? 先ほどの話し合いの結果にしては少し早すぎる気もする。……んん?」
窓から騒ぎの原因は何かと眺めてみれば、人の何倍もの大きさのある巨牛を運ぶ血塗れのバリッシュの姿があった。
騒いでいたのは周囲の兵士。どうやらあの巨牛が倒されたことと、倒したバリッシュに興奮しているようだが。
あの巨牛。首があらぬ方向に曲がっていることからそれが死因だろう。多少血が垂れているが、バリッシュを血塗れにするのは難しい。
……つまり、バリッシュが怪我をしている? 巨大なワニに噛まれても怪我一つしなかったバリッシュが!




