おじさんはエルフの都で優しく交渉する
翌日、朝食を摂っている最中にエルフの案内人がやってきた。
「セーイチ様、長がお呼びになっております。ご案内いたしますので――」
「すみません、朝食の途中なので後でお願いします」
想像以上にせっかちな性格をしているエルフの長だ。しかしおかげで簡単にこちらの立場を教えることが出来た。
相手は平然と圧迫交渉をしてくるような連中だ。それが悪いとは言わない。それは彼らなりに考えた交渉術なのだろう。
だから、悪く思うな。私はそれに対抗する。
「……長が、お呼びなのですよ?」
「私はその長と言う方を知りません。用件があるのであれば事前に連絡を頂きたい。事前に連絡もなくいきなり来いと言われても、こちらにも予定がある。幸い、今回は緊急の予定がなかったので朝食後にお伺いしますが、これからは事前に連絡していただきたい」
対抗手段は実に簡単。こちらの方が偉いとばかりに堂々とすること。
圧迫交渉の肝はいかに相手を威圧して委縮させられるか。委縮させられれば相手は強気の言葉を出せなくなり、威圧を続ければ弱い言葉を引き出せる。そう考えればマイケルの早々に逃げたのも悪い手ではない。
しかし私はガッツリとエルフと話をするつもりなのだから、逃げるわけにはいかない。委縮するわけにもいかないし、委縮していると思われてもいけない。
だから堂々と、私の方が偉いとばかりに振る舞う。そうすれば相手に呑まれず、更に相手の出方を伺うことが出来る。
交渉とは、対面する前から始まっている。
「……後で参ります」
「そうしてくれ」
案内人のエルフを追い返し、朝食を再開する。その様子を怖いものを見たような目を向ける者がいる。
「そ、そんな態度を取って大丈夫なんですかね?」
「マイケルさんはエルフを相手に商売をしたいと言う考えがあります。私にはその考えがありませんから強気に出られる。例えあったとしてもエルフに悟られずに強気に出ます。マイケルさん、交渉相手に弱みを安易に見せないようにしないと」
勿論、交渉とは硬軟織り交ぜて行うもの。強気一辺倒では決裂は必至。しかし今はどちらかと言えば意地の張り合い。引いた方が不利になるため強気一辺倒で良い。
「すみません。よろしくお願いします」
「最善は尽くすよ」
マイケルから事前に聞いていた通り、エルフに案内されたのは都の中央。特別大きな木の部屋に通された。そしてそこには長い白い髭を蓄えた長の他に、多くの老人エルフがいた。
多くの者はこの場に直面すれば委縮してしまうだろう。だが。
「セーイチ殿、貴方にお聞きしたい――」
「その前に椅子くらいは頂けないのですか? 貴方たちは老体ですから、足腰が悪く立つのも辛いのは理解できます。しかし私とて若くはない。話をするのであれば座りたいものです。……ああ、客人を立たせておく野蛮な文化と申されるのであれば仕方ありません」
私はこの程度は慣れている。他社や上役相手にプレゼンなど良くある話、海外出張の際には外国人に囲まれたこともある。それに比べれば今の状況などどれほどのものか。
枯れ木が並んでいるようにしか見えない。
「……それは失礼した。我々エルフに比べれば人の寿命など瞬きのようなもの。人が老いることなど考えてもいなかった。すぐに椅子を用意しましょう」
ほう、すぐに反撃に出て来たか。枯れ木にしては良い反応だ。圧迫交渉をしようとして堂々と居直られた時にどう反応するか知りたかった。
もしも交渉慣れしていないのであればそこの長のように呆然とするのだが、どうやら交渉慣れしている老人エルフがいる様子。長よりもそっちの方が厄介だな。
「ありがとうございます。ではその間に自己紹介でも。私は本堂誠一と申します。私について何か知りたいことがあれば質問してくだされば答えます」
「では竜の鱗だが」
「今は私についての質問があるかと尋ねたのですが、いつ私は竜になったのでしょう? 老眼でしょうか? 耄碌されているのでしょうか? そんなのがエルフの長では少々不安を覚えますね」
大体分かった。この長を名乗るエルフは見た目だけだ。実際は何の権限もなく、事前に決められたことを言うだけ。本当の権力者は周りにいる各部門の代表と思われていた老人エルフたち。
となればまずは邪魔な長のエルフには黙ってもらうに限る。私が挑発的なことを言っておけば長のエルフが勝手に怒りに任せた返事をしないように。
「長、後は私たちで話をしますので」
周りの老人エルフが長のエルフから発言権を奪った。そしてそれは同時に私が圧迫交渉程度では動じない敵と認識された証。
これは良い話し合いが出来そうだ。
丁度良く私のための椅子が運び込まれたためそれを区切りとするかのように静まり、私が椅子に腰かけると同時に第二ラウンドが始まる。
「さてセーイチ殿、話を伺いたいがその前に。全員の自己紹介をした方が良いかね? 覚えられるとは思えないが」
「そうですね、代表者の方だけお願いします」
皮肉だな。代表であるはずの長から発言権を取り、補佐であるはずの周りの老人エルフの代表の名を聞く。長の顔が真っ赤だ。
しかし名乗られても困ったことに枯れ木は枯れ木にしか見えず、他と区別がつかない。今はその場所にある枯れ木と覚えられるが、席を立ったら分からなくなるだろう。
「それではセーイチ殿、改めて。あの竜の鱗についてなのだが。……あの鱗をどこで手に入れたのでしょう?」
「王国の北の領地。一応ボルダー辺境伯領になりますかね? 色々と縁がありまして私の手元に。……そうだ、エルフの方々は竜を神として信仰しているようで。竜についてどのように伝わっているのですか?」
質問をするなら交互にしましょう、と互いが対等だと主張する提案を暗にしてみるが、通ると確信している。この提案を蹴るのであれば私の返事はどうなるか向こうも容易に想像できるだろう。
「それほど多くはありませんが、絶大な力を持つ竜はエルフを求め、エルフはそれに応えたとだけあります。どのような力を持っていたかは分かりません。セーイチ殿は竜の鱗を再度入手することは可能ですか?」
やはり受けてくれた。話が早くて助かる。しかしエルフの持つ情報は思っていたより少ない可能性が出て来たな。
「さて、どうでしょう? 私が知っていた頃のままなら問題なく手に入るでしょうが、数か月の前の話ですから。すでに手を出している人がいるかもしれませんので何とも言えませんね。神であった竜がどうなったのか、どのように伝わっているのですか?」
「竜はある時を境に姿を消します。それから我らエルフはその地を離れ、この森で竜の帰還を待っている。そのように伝わっております。……セーイチ殿、もしや貴方、我々以上に竜について知っているのでは?」
……エルフはイレギュラーを知らない。今の話でそれが分かりホッとした。しかし連続で竜について尋ねてしまったため、少しばかりこちらの情報を与えてしまった。
しかしその程度問題はない。エルフがイレギュラーについて知らないのであれば、私は圧倒的なアドバンテージを容赦なく振るえる。
「貴方たちがどれほど竜について知っているかは知りませんが、私は竜と出会いその場で話しております。背中に乗りましたし、非常に親しい関係を築き、竜が多くいた時代についても話を伺っています。ああ、そうだ。私は竜の牙を持っています。こればかりは王国に一つしかない希少なものですが」
「竜の牙!? それに竜に出会っている? 嘘を吐いている、ようには見えませんね。それを持ってくることは出来ますか?」
やはり手のひら大の鱗よりも等身大の牙の方が価値はあるか。これで鱗の方が価値はあると言われたら困ったことになっていた。
「不可能です。あのような価値のある物を持ち運ぶなど危険極まりない。それに持ってくる理由もありません。貴方たちは竜の鱗をどうしたいんですか?」
「神である竜の一部です。大切に保管し、祭儀などで使用します」
ご神体みたいな扱いか。竜の鱗でこれなのだ。ならばエルフは竜の牙にそれ以上の価値を見出しているのだろう。
幸いと言うか、不幸と言うか。私はエルフに価値を見いだせていない。もしも召喚魔法に詳しいか、創聖教に圧力をかけられるほどの力があれば色々と融通して友好な関係を築いただろうが。
私の中ではエルフ全体よりもマイケル個人の方が価値はある。故に。
「ならば参拝でもしてくれば良いのでは? 竜の牙の保管場所は王都ですから、そこまで貴方たちが行けばよい。エルフの方が来た場合自由に竜の牙を見ることが出来るように話を通しておきますよ?」
優しい提案をする。竜の牙を持ってくるのは無理だが、見に行くのは自由。エルフが来たら見せるように頼むことも容易。何ならボルダー辺境伯領へ行き、竜に直接会って来れば良い。
いっそエルフ専用の参拝用馬車でも用意しようか? きっと喜ばれる。
「そこまで行く費用を持ってくれるのかね?」
「何故? 物を作って売るなり、素材を売るなりして稼げばよいのでは?」
主に商人が喜ぶ。
さすがにこちらの考えに気付いた老人エルフがいたが、その後の質問はあまりに酷い。何故私がエルフの旅費を負担しなければならないのか。行きたければ自分の金で行けばよい。
マイケルはエルフと商売をしたがっていたが、私はどうでも良いのだ。ただエルフは竜の牙を見に行くため、竜に会うためには金が必要になる。しかしこのエルフの国に金はあるかな? 都一つの小さな国だ。もしかしたら物々交換が主流で貨幣制度がないかもしれない。
仮にエルフの国の金があっても、王国の金ではない。王国に行くのだから王国の金が必要だ。幸い、エルフには金を稼ぐ方法がある。エルフと商売をしたいと思っている商人は多い。
誰も損をしない優しい結果だ。強いて上げるのであれば、エルフ全体の秘密的で閉鎖的な所を改善しなければならないことだろうか。頑張って。
「……皆で検討いたしましょう。セーイチ殿、今回はお話を聞かせて頂きありがとうございました」
帰って良い、とばかりに場が締められ後ろの扉が開いた。
私は一礼してその場を後にし、家である木に戻らずに聖女の下に向かう。
皆で検討する? 何と考えが甘く、動くのが遅いエルフだろうか。検討するような自由を与えるわけがない。
聖女を介して一般のエルフにも竜の牙の存在を教え、更に保管されている王都の屋敷に行けばエルフならば見せてもらえることまで流布する。後でリリーナからルイス公爵に手紙を出してもらおう。
マイケルにも今回の交渉の結果について話しておかなければならない。何せマイケルの狙いはエルフとの独占的な商売。しかし私が提示したのはエルフが全体的に商人と関係を持ち、商売を始めること。
商人全体の利益に繋がるが、マイケル個人の利益は大幅に低下している。それについて正直にマイケルに話して、更なる利益となる提案をしておく。
マイケルには王国一の商人になってもらおう。




