おじさんは聖女と言葉を交わす
森に入ることを頑なに禁じていたエルフと友好的となり、テレサ・ロール・ルイスが聖女と呼ばれるようになった一件がある。
スタンピードだ。
勿論、エルフも長年この森に住む種族。ただのスタンピード程度なら都の防衛設備で迎撃してきた。
しかしその時は運が悪いことに、東の平原でもスタンピードが発生し、エルフの森にやってきた。
二つ分のスタンピード。それにはさすがにエルフも耐えきれないと判断し、恥を忍んで東の開拓団に救援を求めた。
ただ東の開拓団はその救援を渋った。このまま救援を出さなければエルフはスタンピードに呑まれ、東への開拓を邪魔する者はいなくなる。それにエルフの森という戦い慣れていない場所よりも、今いる場所に大急ぎで壁を作りスタンピードに備えた方が犠牲も少なくて済む。
理由が二つもあれば十分。東の開拓団はエルフを見捨てる判断をしようとしていた。
それに異を唱え、救援を出すべきと訴えたのがテレサだ。
テレサはエルフがこのスタンピードを耐えきった場合のことを考えていた。ここで救援を拒めば、エルフとの仲は最悪となり関係回復は不可能となる。開拓団に国との交戦権は与えられておらず、エルフの森を越えることは以後不可能となる。
最善ではなく最悪を想定する。テレサは開拓団の指揮を執っているルルクス伯爵を説得し、救援部隊を指揮。エルフに都に一番乗りし、召喚獣と共に大量の魔物を迎撃。エルフの都を救った。
「あの時は本当に死ぬかと思いましたわ。言い出した責任として私が先遣隊として向かい、本隊が来るまで粘っていたのに、向こうはやっぱり危険だと内輪もめを始めていて。呆れたルルクス伯爵が自ら来てくれる頃にはほとんど終わっていましたわ」
言葉を重ねることで何とかテレサの警戒心を解き、召喚獣が調子に乗っている理由を尋ねればそんな話をされた。
聖女伝説と名付けておこう。ルイス公爵にこの話を脚色して流したら大喜びするだろうか。私の弟であれば娘の活躍を聞けば馬鹿みたいに喜んだが。
「あの後も色々とありましたけど、まあそんな話は良いわ。私の召喚獣がその時に大活躍をしまして、その活躍の仕方がエルフの好みだったのかしら。神の遣いの聖獣と崇められましたわ。言葉が通じなくても自分が崇められているのは分かったのでしょうね。それからもう調子に乗り始めて、今では自ら聖獣と名乗っていますわ。あれは私が聖女と呼ばれるのがどれほど恥ずかしいのか分かっていないのでしょうね」
神の遣いと崇め奉られて調子に乗った召喚獣か。珍しい。しかしスタンピードで活躍したとなると戦闘能力は高いのだろう。
「主にどんな被害が?」
「段々と尊大になって、言葉遣いが偉そうになり、この扱いが当たり前ばかりに偉そうになっていますわ。最近では聖獣に仕える聖女としての自覚が足りないなどと寝言を吐くまでになっていますわ。エルフも召喚獣にはここにいてほしいと言うため、私がここを離れることが出来なくて困っていますわ。それに」
ちょっとやばい。色々と溜まって様子。あまり踏み込んではいけない質問だった。これは妹のリリーナに任せて私は距離を取る。
盾にされたリリーナはまるで裏切られたとばかりに驚愕の表情で私を見る。そんな目で見ないでほしい。知らないおじさんよりも親しい妹に話を聞いてもらった方が落ち着くのも早いものだ。
それから姉の黒い愚痴を長々と聞いて憔悴したリリーナに代わり、私がそこから先の話を引き受ける。
「それで、その召喚獣をどうしたいんですか?」
「伸びきった鼻をへし折って、鬱陶しいまでに自慢してくる翼をむしり取り、ちょっと移動するたびに褒めろとばかりにしてくるポーズをやめさせたいわ。それと」
口を開けばまだまだ不満が出てきそうな黒聖女の思いをそれくらいに抑えてもらい、私が再度尋ねる。
「精神的にボコボコにしたい?」
「再起不能なまでに。まあ、あれは不死鳥と名乗っていますから、どんなにボコボコにしても心身共に不死身かと思うほど簡単に立ち直るから厄介なのですわ」
不死鳥? ……そういえば先程広場のような場所に鳥がいたが。あれか。
………………ふぅむ。
「おじさん、何とかなりそうですか?」
「どうして私に聞く?」
「何か良い解決策を見つけたような顔をしていたので」
そんなに分かりやすい顔をしているだろうか? ぺちりと顔を撫でるように触ればそうだと言わんばかりにリリーナが笑みを浮かべる。
顔色を窺い、窺われた人生。そんな簡単に分かる顔はしていないつもりだったのだが。
「ふう、私もそんな話の分かる召喚獣が良かったわ」
「あげませんからね、テレサ姉さん?」
どうやらテレサの精神的疲労はかなりのものだな。不死鳥よりも私のようなおじさんの方がマシだと言うのだから。
幸い、解決方法はそう難しそうでもない。念のために聞いておく必要のあることがいくつかあるが。
「聖獣とは、どんなものなのか知っていますか? ああ、念のために言っておきますがテレサさんの召喚獣ではなく、エルフ側に伝わっている聖獣です」
「エルフに伝わる聖獣ですか? 以前にエルフの方から聞いた話しか知りませんけど。エルフはかつて神である竜に仕え、奉仕をしていた。そんなエルフを見守り、時として導いてくれたのが聖獣。強く、正しく、美しく。大空を翔る大翼の神の遣い。と聞いていますわ」
「エルフではそのような話になっているんですか。創聖教では竜は邪悪な存在でしたが、こちらでは神なんですね」
へえ、と文化の違いを感じているリリーナと違い、私は今の神話を聞いて感心していた。
私は竜からその頃の話を聞いているため、エルフの神話が大体正しいことに驚いた。竜を神とするかはさておき、竜に仕えていたのは事実。聖獣と言うのは竜のペットだ。今でいえば魔物となるだろうが。
「リリーナ、その創聖教の話を後で聞かせてもらっても良いだろうか?」
「あ、はい! 私が知っていることであれば。それで、おじさんはテレサ姉さんの召喚獣をどうにか出来るんですか?」
「それについては簡単だよ。聖獣縛りをしてくれているのだから」
ある程度知恵もあるようだし、聖獣としての振る舞いを意識しているのも分かった。ただ、エルフやその召喚獣からは嫌われるし、最悪私の命に危険が及ぶ。安全のためにバリッシュとグレイを呼ぶか。
……そういえば、エルフにとって竜は神か。あっちは大丈夫だろうか。




