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おじさんは鬼を送り返す

 朝目が覚めると同時に全身を襲う倦怠感と、若干の違和感。今までの経験からして数日後に筋肉痛となることは確実。

 目覚めて早々に陰鬱な気分になるが、すでに決まった未来。仕方がないと諦めて気持ちを切り替える。


 外をちらりと見ればそこにはいつもの日常が広がっている。つまりルルクス伯爵は上手くやったのだろう。もしも失敗していれば今頃ニックの襲撃を受けているはず。


 ……勘違いしていた。朝ではなかった。日が随分と高い。昼辺りだ。


 昨日はかなり疲れていたためこんなに寝てしまったのだろう。部屋を出れば皆の話し終えが聞こえ、そこに向かえば何故か皆が集まっている。


「あ、トモダチ。起きたんだ、昨日はお疲れ――」


「おっさああああん!」


 合流しようとした私をいち早くグレイが見つけて近寄ってきたが、それを弾き飛ばしてシャクドウが一気に距離を詰めてきた。


「グレイ、大丈――ぐわあ! やめろ、放せ」


 弾き飛んだグレイを心配したがそれが悪手だった。油断を見せたその瞬間にシャクドウに腰から抱き着かれて一気に持ち上げられてしまう。

 暴れながら顔や頭を叩いて抵抗するも鬼のシャクドウに効果があるはずもなく、何故か泣きじゃくるシャクドウが徐々に腰を締め付けてくる。

 このままでは折られる、と命の危機を感じていると。


「やかましいわよ」


「いたあっ!」


 セイドウがシャクドウの頭に跳躍かかと落としを決めて助けてくれた。私はするりとシャクドウの拘束から逃れ、弾き飛ばされたグレイに手を貸す。

 しかしさすがは鬼。あのかかと落としは私が食らえば頭がなくなる威力だろう。それを痛い程度で済むのだから攻撃も耐久も鬼はずば抜けている。


 そんな鬼が喧嘩を始めれば出来る行動はただ一つ。逃げるだけ。その場を離れ、リリーナとポーラの下へ行く。


「おはよう、いえこんにちは。おじさん。大丈夫ですか?」


「危ういところだった。それで? どうしたの?」


 これです、とリリーナに手紙を渡されたので開き、すぐにリリーナに返す。私はこの世界の文字が読めないのだ。


「あ、失礼しました。要約すると、問題が起きたのでシャクドウは帰れ。専用の馬車も用意したと」


 なるほど、学院からの手紙か。それで、帰りたくないからシャクドウが駄々をこねていると。

 私が事情を知ったと見るや、喧嘩をそっちのけにしてシャクドウがこちらに来る。


「酷いだろう、おっさん。まだ何もしてないのに帰れって」


「いや、帰りなさい」


 ここにシャクドウを留める理由もなければ正当性もない。学院から必要とされているのであればそちらに行けば良い。

 ただ駄々をこねるシャクドウに正論など意味はなく、またもや私を拘束しようとするが甘い。その程度の行動は読んで、あ。


 疲労がまだ残っていたのか足が突っかかり、後ろに転ぶ。これではシャクドウの魔の手から逃れても背中を強打してしまう。衝撃に備えて目を瞑るも。


「おじさん、大丈夫ですか」


 ふんわりとリリーナが支えてくれて、更にシャクドウの魔の手を払い除けてくれた。

 ……これ本来は男性が女性にする役割のはず。まあ良いか、みんな私より強いのだ、私が守られる立場だ。


 そして私を捕まえようとして、その手を払われたことで体勢を崩したシャクドウは、背後からセイドウの強烈な一撃を食らい気絶した。


「ありがとう、助かった」


「いえ、おじさんが無事で良かったです」


 リリーナとも以前に比べれば随分とマシな関係は築けただろうか。と、そんなことよりシャクドウだ。

 すでに宿屋の前にシャクドウを運ぶ専用の馬車は来ているようだ。ならば起きる前に運んでしまえと思ったが、残念ながらシャクドウの巨体は非常に重い。私たちでは多少動かせても運ぶのは難しい。だから。


「セイドウさん、ちょっと手伝ってもらえませんか」


「蹴り入れていいなら手伝いましょう」


 そんなことをされれば馬車が壊れる。普通に、と頼もうとしたがその前に。


「ならば私が手伝いましょう、ホンドー殿」


 振り返ればこの間見たばかりのムキムキの巨体。それと後ろには見知らぬ和服の子供がいる。

 ムキムキの巨体はシャクドウを担ぎ上げるとそのまま馬車に乗せ、馬車は出発した。


「バリッシュさん、ありがとうございます。しかしここに来たのは、北の領地の旅行の件ですか? あちらはまだ少し時間がかかるのですか」


「ははは、そうではありません。お礼を言いに来たのと、言ったではありませんか。外でお話をしたいと」


 来客は闘技場のチャンピオン。バリッシュ・ストロンガーだった。てっきり騙しに騙しを重ねた末の勝利故に嫌われたものと思っていたが。

 ひと時とはいえ楽しく会話をしていた仲だ。無下には扱えないが、リリーナたちの予定を知らない。気軽にそこらに腰を落として話しましょうとは言えない。

 リリーナにどうするかと視線で問いかければ。


「それでしたら今から昼食に行こうとしていた所です。もしまだならご一緒にいかがですか?」


 私にとっては朝食になるが良い助け舟だ。それに全力で乗っかり、バリッシュのおすすめの店を紹介してもらう。




「あれが、嫁!?」


「ははは、皆この話をすると驚かれる。まあ、多少若く見えますから。ちなみに歳は私と同じです」


 バリッシュが、正確にはバリッシュの妻のルリが紹介してくれたのはここらでは珍しい味を重視した店。量なども適正で、闘技者などには不人気だが味は確か。

 ただ店の広さの関係上、席を二つに分ける必要があり、男性陣と女性陣で分けた。


 しかしバリッシュの妻であるルリは小さく童顔だ。私は一目見た時は娘かと思った。若いではなく幼いの領域。妻がいることは知っていたが、あそこまで小さいとは。

 グレイもバリッシュの妻と聞き明らかに驚いている。


「はは、この話をすると長くなりますので、いずれかの機会に。ああ、そうだ。お礼を言い忘れておりました。砕氷ハチミツと王都往復馬車券、ありがとうございました。妻が大変喜んでおりました」


「お気になさらず。王都観光については後でルイス公爵に連絡をしておきますので、いつでも観光を楽しんできてください」


「いえ、あれは売りました。家計が苦しいもので。砕氷ハチミツだけは妻が本当にうれしそうに食べて、なくなった瓶を眺める姿は――失礼。話が脱線してしまいました」


 ああ、うん。惚気話は遠慮してほしい。しかし家計が苦しい? 闘技場のチャンピオンなのに金がないと?

 確かにバリッシュについて調べた時も、余裕のある生活と言う話は聞かなかったが。


「闘技場に参加することで多少は得ておりますが、肉体の維持に研究の成果を記録するだけでそれなりに飛んでしまい。定期的な収入があればとは思っていますが」


「それなら簡単ですよ。ジムを開けばいい。大勢来るでしょう。ああ、でも無手の闘技者が増えても困るだけか」


「いや、トモダチ。ルルクス伯爵と話をしたときに武器なしとありの二つの部門を作るべきと助言したら頷いていた。いつになるかは分からないけど、ジムの話は良い流れになるんじゃないかな?」


 ほう、部門別か。闘技場、というか戦いを見世物とするならそうすべきだ。どうもこの世界は実戦を重視しすぎている。

 それにこの世界は武器を使った流派は多くあるようだが、無手での格闘技は一切ない。対象が魔物であるが故なのだろうが、あまりに極端。

 そこに身体を鍛えるバリッシュのジムが出来れば、今までになかった需要を掘り起こすことになる。

 その利益は破格となるのは確実。


「ふむ? ジムとは?」


「道場みたいなものですよ。そこでバリッシュさんが先生となり、来た人に効率的なトレーニング方法を教えて筋肉を付けさせるんです」


「何と! なるほど。今まで一人、自分の筋肉を育てながら研究してきましたが、その成果を公表して周りにも筋肉を付けさせる。幸い、私は闘技場で記録を残していますから、それにつられてくる人は多数。来るものには筋肉を、私は研究記録を。良いですな」


「トモダチ。それならついでにトモダチが知っている格闘技も教えて上げれば? ボクの文明ではもうそんな技術はないけど、トモダチの世界ならあるでしょう?」


 ボクシングとか空手とか? それよりかはトレーニング機器を揃える方が良いと思うのだが。

 あーだ、こーだと三人でジムについて話しをして、結論が出る。


「ま、金がないので無理です。広い場所を用意する金もなければ、その機器を注文する金もない」


 現実は常に非情。どんな時でも立ち塞がるのは金の問題。今もギリギリなバリッシュに新しいことは始めるのは不可能。

 ならば私が金を、と思ったがそれよりも良い方法を思いついた。


「グレイ、シャクドウは帰った。セイドウはルルクス伯爵の召喚獣だ。ここに残る。となると、強力な護衛が欲しいとは思わないか」


「……ああ。そうだね。見るからに強い、と言う人なら下手なちょっかいをかけてくることもなくなって良いと思うよ」


 そんな人がいるなら、高額で雇っても良いのかもしれない。

 まあ雇うとすればリリーナたちだが、説得は得意だ。いざとなればこちらからも金を出すなど言えばよい。


「おおぉ。ありがたい。相談を受けてくれた上にそこまで。是非ともその話を受けたい、がその前に妻に話をしないといけないので失礼」


 そうだな、うん。女は怒ると怖い。ちゃんと事前に話を通しておかないと大変なことになるぞ。私の弟のように。

 バリッシュは席を立ち、女性陣の席に行き妻のルリと話をしているが……。何だか向こうの雰囲気が怪しい。盛り上がり方がルリを中心としている。


 そして当たり前と言うべきか。女性陣の中に入った男性は無残にも話のネタにされていじられるのだ。紳士なバリッシュは適度に笑いながらその場から離れようとするが、ルリが掴んで離さない。


「トモダチ。女って怖いね」


「そうだな」


 その間、私とグレイだけで食事を楽しんだ。


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