おじさんは筋肉を知る
ああ、疲れた。本当に疲れた。
慣れないことはするものじゃないとつくづく思う。
相手が守り主体の用心深い相手で助かった。突然飛び掛かってこないように不自然に靴を脱ぐことで警戒させて、相手の動きを少しでも抑止出来たのは大きかった。
次の相手もこう簡単にいくだろうか。無理かな、無理だろうな。
何せこの道具を使っての戦術には大きな穴がある。単純に避ける、もしくは大きく弾かれればそれで終わりなのだ。
私の腕では相手に確実に当たるように投げても、子供でも容易に避けられるだろう。ホークは盾を持っていたためそれを使ってくれたが。
それに私自身が速攻に弱い。距離を詰められれば魔石も、催涙煙玉も使えない。そして使えなければそのまま敗北するだけ。
次の相手がもう少し楽な相手だったら良かったのだが。
重い気持ちで闘技者の待合室に戻れば、誰もがこちらを疑うような奇異な目で見てくる。
きっと、誰もが私が負けると思っていたのだろう。おそらく司会の宣言が聞こえても信じられないだろうし。
「おお! 本当に勝たれたのですね。ホンド―殿。観客の受けが良くなかったようですが、どのような戦い方をしたのでしょう? 私と同じように生物学、人体に精通しているなら、薬物などでしょうか? この闘技場は何でもありのルールですから。これは警戒しなくては」
警戒などしてくれなくて良い。そういえばバリッシュは元学者。筋肉があって頭も良いなど無敵ではないか。
「ははは、バリッシュさん相手に無様な結果にならないように最善は尽くしたいです。と、すみません。対バリッシュさん用の武器が届いたようなので受け取ってきます」
武器が壊れたなど、連戦となるトーナメントでは今のような控え中であれば連絡さえすれば武器を届けてもらうことが可能になっている。
私の場合は一回戦を突破できた場合に届けてもらうようにお願いしておいた。
商工会に職人を紹介してもらい、作ってもらった決して武器ではない特注品。
机だ。出っ張りやら突起物が付いているだけの、ただの机。
しかしそこで大きな問題が発生した。
この机、非常に重い。
耐久性を重視して作ってもらったため、どうしても厚みがある。それに壊れないように色々と工夫してもらっているため総重量が増している。
机を持ち上げて運び、五歩も歩けば疲れて下ろす。少し休んで運んでも疲労があるため今度は四歩、次は三歩と段々と運べる歩数が減っていく。
これでは待合室に持っていくまでに疲れ果てるぞ。
「辛そうですな、運びましょうか?」
「あ、すみません。バリッシュさん、ありがとうございます」
対バリッシュ用秘密兵器を本人に運んでもらう。何ともおかしな光景だが、バリッシュは気にした様子はない。
ただこの机をどう使うのか、気になっていたようだがそれを私に尋ねるようなことはしない。全ては闘技場で、ということなのだろう。実に紳士的だ。
机を待合室に運び終え、それからはまた呼ばれるのを待つ時間となる。その間、私はバリッシュとの対話を楽しむ。
「なるほど。過度な負担は避け、ゆっくりと鍛錬することが重要なのですな。しかしまさか、筋肉の、それも一部を集中的に鍛える機器をご存知とは」
「ははは、部下がジムに通っていましたので。一度だけでも、と誘われて行っただけです。私の話もその部下からの受け売りですから」
話をしていると、バリッシュがどうして南の大陸から遠路はるばるこんな辺境まで来たのか知ることが出来た。
故郷では臓器関連の研究が盛んであり、逆に筋肉の研究は誰も目を向けてくれない分野だった。そして研究のために死体を解剖するのだが、そのほとんどは臓器研究に取られ、運よく回ってきてもそれを理由に嫌がらせをされる日々。
ここでは筋肉の研究が出来ぬと国を出て、僅かな研究成果の一つである厳しい環境が筋肉を育てるを信じ、妻と共にこの国に来た。
事実、南の大陸に比べればこの国の人は筋肉があり、多くの筋肉を見て研究は大いに進んだ。その中でバリッシュは一つの疑問が抱いた。
筋肉は使われることで肥大化する。ではどこまで肥大化するのか。肥大化しない筋肉はあるのか。
バリッシュはそれを確かめるために自らを鍛えた。鍛え方も独自に研究し、効率的な筋肉の鍛え方も探った。
その結果、今の肉体に至る。そして鍛えた筋肉がどれほど優れているのか確認するため、この闘技場に参加している。
細々と研究生活をしていた頃に比べればファイトマネーも貰えるため、昔に比べれば良い生活を送っているらしい。
バリッシュについては事前に調べていたためそれなりに知っているつもりだったが、先ほどの話は知らないことばかり。
ルダンダめ、何が最強になるための理論だ。筋肉について誰よりも知りたくて、筋肉を鍛えていたら誰よりも強くなっただけだぞ、バリッシュは。
「バリッシュ・ストロンガーさん。ホンド―さん。準備をお願いします」
随分と話し込んでいたようで、気が付けば出番が回ってきたようだ。
待合室を出て道が別れるまでは秘密兵器の机をバリッシュが運んでくれた。ただそこから先は私が運ばなければならない。辛いな。
「ホンドー殿」
置かれた机をどうにか楽に運ぶ方法はないか考えていると、未だに別れた道の先に行かないバリッシュに話しかけられた。
「何でしょう?」
「トーナメント後にお会いできませんか? 貴方とはまだお話がしたい」
「良いですよ。貴方が私を対戦後に嫌いになっていなければ」
ありがとう、と言うとバリッシュは自信に満ち溢れた足取りで進むべき道を歩く。
私はその後姿を見送ると、大きくため息を吐いてふらふらとした足取りで机を運びながら先に進む。
戦う前に疲労困憊で倒れてしまいそうだ。




