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おじさんは闘技場に出る

 日が進むのは早く、あちこちに顔を出して対策の準備をしていれば、気付くとトーナメント本選の日になっていた。

 数日前にルルクス伯爵に貰ったトーナメント表を見ると、どうしても気落ちする。


 ルルクス伯爵は賽を振って決めたため一切の不正はないと言うが、私はどうしてもその言葉を素直に受け入れられなかった。

 本選参加者は十六名。予選を通過してきた強者たち。ニックは違うがあれは武の公爵の人間だ。魔法も使えるし、闘技者に負けず劣らず強いだろう。


 一番弱いのは当然私だ。……何だかそう考えると気持ちが楽になって来る。負けて当然、勝つためにあらゆる手段を使って何が悪い。開き直りなのかもしれないが、足取りが軽くなったのであればそれで良い。


 皆に見送られて闘技者専用の通路を通る。

 その通路の先には扉があり、そこを開ければ。


「……ああ、なるほど」


 闘技者たちの待合室。どうやら闘技者は個別に部屋を貰えるわけではなく、この大部屋で待機して、呼ばれたら出ていく方式の様だ。

 つまり呼ばれるまではここにいなければならない。……この重たい空気の中で、好奇の視線に晒されながらじっと耐えろと。

 嫌だなあ。知り合いがおらず、居場所がない。いるだけで疲れてくる空間だ。


 ニックは堂々と椅子に座り腕を組んでいるが、私には分かる。あれは虚勢だ。身の振り方が分からないため体勢を決めてから石のように動かず、時間が過ぎるのを待っている。


 私も無難に似た方法で待とうかと思ったが、とある人物を見つけて考えを変える。私は出会いを大切にするタイプなんだ。


「すみません、バリッシュ・ストロンガーさんですか? あの時はありがとうございました」


「はい? ……確かにどこかでお会いしていますね。ああ、思い出した。闘技場の観客席入り口で喧嘩を仲裁しようとしていた方ですね。覚えておりますとも。あの時は平然と去りましたが、あの二人の攻撃を止めた手が痛くて大変でした」


「それは申し訳ない。あの二人には私から強く言っておきます。勿論、このトーナメントが終わり次第あの二人からも謝罪させますので」


「いえいえ、お気になさらず」


 見つけたのはパンツ一丁のムキムキの男。チャンピオン、バリッシュ・ストロンガー。以前に喧嘩をしたシャクドウとセイドウの攻撃を受け止めて仲裁してくれた。見た目から想像も出来ないほど紳士な人物。

 さすがに闘技場のチャンピオンである彼はこの雰囲気に慣れているのか、私のような明らかな異物に対しても好奇の視線を向けることなく平然と対応してくれる。


「今回のトーナメントには二人のゲストがいると聞いていたのであの二人だと思っていたのですが、まさか貴方の方だったとは。もしや、あの二人よりも強いので?」


「ははは、まさか。私ではどちらを相手にしても一瞬で負ける自信があります。精々逃げ回って時間を稼ぐことしか出来ません。まあ、速さも体力も向こうの方が上ですから大して時間を稼げないでしょうけど」


 これから戦う者とは思えないほど和やかに会話をしている間に、次々と人が呼ばれては片方だけが殺気をまとって戻ってくる。

 勝ったらここに戻ってきて、負けたら別の出口からお帰りか。


「ううむ、あの二人はどのようにして鍛えているのだろうか。私よりも筋肉がないように見えたが、筋力は五分と思えた。密度だろうか?」


「いえ、あの二人は鬼ですから。人とは身体の作りが違います。そこを比べてはいけません。人には人の鍛え方があります。ああ、食事も重要ですよね」


「おお! 良く分かっておられる! もしや知者で? ……まさか遠く離れた異国で話が出来る者に出会えるとは。私の故郷は学問の発展を売りにしておりまして、生物学も盛んなのですが人体となると臓器専門と言えるほど偏っておりまして。私と共に筋肉の働きを調べてくれる同志がおりませんでした。それはこちらに移り住んでからも同じ。しかしまさか――」


「バリッシュ・ストロンガーさん。バネルさん。準備をお願いします」


 誰が出て、誰が帰ってこようと一切気にせず話していたら、バリッシュの関心を引いてしまったらしく手を強く握られて自らの苦労を語られた。幸いすぐに進行役の人が来てバリッシュを呼んだから良かったが、最悪折られていたんじゃないかと思う。


 というか、感動して手を握っただけであの握力。未だに痛む自らの手を見つめ、大きくため息を吐いた。

 戦闘になれば、確実に負けるだろう。


「随分と余裕だな」


 少しでも手の痛みを和らげようと握っては広げてを繰り返していたら、いつの間にか目の前に人がいて話しかけてきた。


「ええっと、貴方は……。ああ、槍の人に勝っていた人ですね。どうかしましたか?」


「槍の人……? いつの試合の話かは分からないが俺を知っていてその態度か。対戦相手だと言うのに」


 剣と盾というオーソドックスな装備を闘技者。最初に闘技場に来た時に戦っていた人物であり、実は商工会所属の闘技者。

 名前や装備、戦い方などは知っているのだが顔は知らない。ルダンダの話にどんな顔をしているのか何て話はないのだ。


 そうか、彼が私の対戦相手だったのか。


「ははは、どうぞお手柔らかに。しかし貴方だって余裕でしょう? 何せ対戦相手が私だ。緊張する理由がない」


 軽く笑いかければ乗って来るかと思ったが、彼は気に入らない様子で鼻を鳴らして離れていく。


 ルダンダから聞いていた通り、用心深い人だ。もう少し侮ってくれても良いのだが、用心深いのであればそれを利用すればよい。


 ワァー、と歓声が上がる。どうやら決着がついた様子。それからすぐに進行役の人が来て私と剣士の人を呼ぶ。

 

 待合室から出ると短い一本道の後に二手に別れる。なるほど、これで対面から闘技者入場の流れとなるのか。

 どちらがどちらの道、などは決まっていないようで剣士の人は早々に左の道を歩いて行った。なら私は右に行く。

 しばらく歩くと道は途切れ、左手に鉄格子の降りた扉。そしてその先には一切の遮蔽物のない闘技場。


「それでは! 一回戦最終試合! 熟練の剣士、ホーク対! ……ええ? これで良いの? ただのおじさん、ホンド―の試合を始めます! オープン!」


 試合開始の合図はない。闘技場に入った瞬間から始まるのだ。


 さて、怪我をしないうちに終わらせるとしよう。


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