おじさんは北の前線基地で秘密を知る
竜が帰った翌日にまた竜はやってきた。
「来たぞ、ホンドウ!」
「呼んでいませんけど、どうかしましたか?」
「暇だ! だから来た」
実に分かりやすい理由。疑問を抱くこともないはっきりとした答えだ。
まあ、いずれは来るだろうと思っていたが。
竜は幼い頃に他の竜が絶滅したため誰かと交流したことは少ない、もしくは無いのかもしれない。基本的に寝ているだけだったようだし。
故に精神的にやや幼いところがあり、誰かと触れ合える機会を求めている気がしていた。
想像よりも来るのは早かったが、それはこちらにとって好都合。
「そうですか、それは丁度良かった。実は竜さんに用事がある方がおりまして。その方を今お呼びしますのでちょっと待っていてくださいね」
うむ、と元気な威勢の良い返事をする竜を置いて、私は基地内に戻りボルダー辺境伯を呼び出す。
「……まだ準備も何も出来ていないのだが」
それが今回の機会を潰す理由になるのだろうか? ならない。
まずは上司が率先して動くことで末端の兵士が安心して動けるのだ。だからまずは周りの兵士にボルダー辺境伯が竜と対等に話をする姿を見せる必要がある。
さあ、行こう。竜の前へ。
「ふむ、それでホンドウ。我に用件があるのはその者か?」
「お、おう。俺だ。お、お前に話がある」
キジュツから聞いたが以前あった時のボルダー辺境伯は竜に対して怒りを覚えていたらしく、そのため態度が荒かった。しかし今回は事態も収まり比較的に落ち着いた状況で話し合いが始まったはずなのだが、ボルダー辺境伯の声が固い。
もしかして、竜が怖い?
私からすればもう慣れたため竜への恐怖心はほとんどないのだが、ボルダー辺境伯は竜と戦った後はほとんど接点を持たなかったため怖いままなのだろうか。
慣れればそこまで怖くないと思うのだが。
「ほう? 何の用だ」
「お、お前と最終的に話が出来るようになりたい。だから、お前が使っている文字を教えろ!」
「……ん? ……ん? ホンドウ、どういう意味だ?」
首を二度三度と傾げる竜とやや混乱しているのか言葉が怪しいボルダー辺境伯を見て、つい笑い声が漏れそうになるがそれを必死に抑え、竜の問いに答える。
「実は、ですね。私はいつまでもここにいるわけではありません。近いうちに移動することになりまして、そうなれば言葉が翻訳されず、竜さんは人と会話が出来なくなります。それはあまりに寂しいと、ボルダー辺境伯はまずは文字からでも良いので話が出来るようになろうと提案しているのです」
「何!? ホンドウ、どこかへ行くのか?」
そこは別に反応してほしいところではない。それよりもボルダー辺境伯のことを気にかけて欲しかった。
「はい。私には探すものがありますから。いつまでもここにはいられません。そんなわけで竜が使っていた文字などはありますか? なければお手数ですが竜さんにこちらの文字を覚えてもらうことになるかと。……ああ、竜さんが翻訳魔法など普通に会話できる手段をお持ちなら問題ありませんよ」
「むむ、確かに目的があるのでは仕方がない。文字、文字か。確かあったな。それに翻訳魔法もあったはずだ」
おお、それなら話は簡単に終わる、と私とボルダー辺境伯は共に喜ぼうとしたが。
「だが我は知らぬ。文字など遥か昔のこと過ぎておぼろげにしか覚えておらぬ。翻訳の魔法も廃れていたため覚えてすらおらん」
偉そうな態度で出来ないという竜の言葉を受け、共に消沈した。期待させるようなことを言わないでほしかった。
まあ幼い頃の話でそれ以降使っていないのであれば文字を忘れても仕方がない。魔法についても召喚魔法に組み込まれていたため、翻訳単体の魔法は廃れたのも理解はできる。
となると、この竜に文字を教えなければならないわけだが。
人用の教科書などでは小さすぎるため、特大の物をわざわざ用意しなければならない。それを用意するボルダー辺境伯は大変だろう、などと思っていたが。
ボルダー辺境伯は腰の剣を鞘ごと持ち上げて、地面に文字を書いていく。
なるほど。読む、書くとなると紙を想像してしまうが、別に地面でも構わないのか。もしも地面では見えにくいとなれば雪で形を作ればよい。
「とりあえず、これが我が国で使われている文字だ。見覚えなければ覚えてもらう必要がある!」
「見た記憶は一切ない。だから覚えよう。文字はこれだけで良いのだな?」
地面に書かれた文字を竜は顔を近づけて一つ一つ見ていく。私は言葉を覚えるより文字を覚える方が苦手だ。竜がどれほど賢いのか知らないがそれなりの時間を稼げる……。
「うむ、覚えたぞ」
「え? もう?」
自信満々に頷く竜だが、どうにも信じがたい。覚えるような仕草はなく、ただ文字を一通り見ただけなのだ。
ボルダー辺境伯も信じられない様子で、文字を全て消してから竜が本当に覚えているのか確かめる。
……全ての文字を本当に覚えたようだ。後は時間が経っても忘れなければ良いのだが、それを確認するには時間が必要。
「さあ、もっと教えろ。すぐに覚えるぞ」
「待て、待て竜よ。今日は文字だけ覚えるのだ。多くのことを一度に覚えると混乱するものだ。後日、今日のことを覚えているのか確認し、先に進もう」
「そうですよ、竜さん。今日は文字だけで十分です。それに、私はこれから用事がありましてここを離れてしまいます。そうなると文字の勉強も難しいでしょうから」
あーだ、こーだと言い訳を並べるが、実際は竜に教えることが決まっていないだけ。竜の想像以上の学習能力を考慮すれば教えられる内容は非常に多い。しかし大量にものを教えるとなれば準備が必要だ。一日程度の短い時間だろうが、稼げる時間は稼ぐべきだ。
私はボルダー辺境伯に返せないほどの恩を売るために時間稼ぎに協力する。これの対価は何にしようか。
「そうか、では仕方あるまい。では我はここでお前たちの暮らしを眺めている。楽しいからな」
小学生がひたすらアリの巣を見続けているのに似たようなことだろうか。
とにかく時間は稼げた。後は……。
逃げよう。
「ではボルダー辺境伯。私は所用がありますので」
「分かった……は! 待て、お前も手伝え!」
学習能力が異様に高い竜への教材を作るという面倒な役目を思い出したのか、ボルダー辺境伯は私を呼び止めようとするが聞こえないふりをしてその場から逃げる。
そもそもこの世界の文字を知らない私に何をしろと言うのか。まあ、ボルダー辺境伯の性格上、出来ないなら出来ることをやれとばかりに他の面倒な役目を押し付けてくるのが目に見えるので逃げる。
ただ、逃げたところで今日の予定はない。いや、確か手伝いを頼まれていた。キジュツに。
それを思い出して倉庫に顔を出せば、そこには一人で空の魔石を荷車に乗せているキジュツがいた。
……珍しい姿を見た気がする。大抵私たちと行動するか、ボルダー辺境伯をおちょくっているイメージしかなく、一人で黙々と作業をしているとは意外だった。
「キジュツさん、手伝いましょうか?」
「おじちゃん! ありがとう」
手伝いに来たとはいえ、すでに空の魔石のほとんどは荷車に乗せられているので終わり際に来てしまったようだが。
「じゃあ行こうか。場所は、とりあえず基地を出てからね」
荷車は意外に重く、前からキジュツが引いて後ろから私が押す形で運ぶ。
基地の外まで運ぶとキジュツは周りに誰もいないことを確認して、一息吐いてから荷車から手を離す。
「それではこれから、この空の魔石に冷気を入れる作業を行います」
「ほう。確か特殊な方法だと聞いたが。秘密じゃないのか?」
「そうなんだよ。一応ボルダー辺境伯家の秘術的な扱いだから基地の兵士を手伝わせられなくて、本当に大変なんだ」
やはり秘密なのだな。なのに私には教えると……。違うな、一人で退屈だから単純に手伝いが欲しかっただけだ。
「おじちゃんには、恩がたくさんあるから、少しくらい手の内を明かして少しでも返したことにしようって話で。まあ本当ならグレイちゃんにも手伝ってほしかったんだけど」
残念ながらグレイは今温泉にいる。
温泉を知らない兵士に有料で温泉に入れます、と言っても温泉の価値が分からなければ金を払うことはない。なのでまずはお試しと言う名で入らせて、時期が来たら有料に変える。
そのためにはまず安全に兵士を温泉まで案内できる者が必要であり、それに選ばれたのがグレイだった。故に今ここにグレイはいない。
「それで、方法は?」
「やり方は単純だよ。大体百個くらいの空の魔石を集めて冷たい環境に一月ほど置く。すると冷気を取り込んだ冷の魔石の完成です」
確かに単純だ。しかしこの方法を発見できるかと言えば難しい。まず空の魔石を百個近く用意するのが難しく、更に冷たい環境に一月も放置するなど。まさにここでしか出来ない方法だが。
「この方法は昔に偶然見つけてね。昔は空の魔石は用済みのゴミみたいなものだったから基地の片隅に捨てていたからね。気が付いたら冷の魔石が出来上がっていたんだ。それから色々と実験してね、空の魔石が周囲から冷気を取り込むには大量の空の魔石を集めないといけないのが分かって、目安が百個。期間も実験したよ。一年置いたら容量が増えるのか、十日置いてから回収して、また置いてと繰り返しても冷の魔石になるのかとか。結果として一月放置が最適となったんだけどね」
偶然の代物。まあそんなことは良くあること。驚くようなことではない。ただ一月の放置と言うのが怖いところか。
この方法に気付くのは難しいが、やり方は単純なのだ。だから誤って兵士に知られれば、他貴族にもこの秘密がばれてしまう。そしておそらくだが、ボルダー辺境伯は売った冷の魔石が空の魔石になったら回収しているはず。それにまた冷気を込めて売り出しているはずだが、方法がばれれば回収が出来なくなり収入が減ることは確実。
つまり一月の間誰にも見つからず放置できる場所が必要。
「専用の空の魔石を置く場所はあるのか?」
「そういう計画もあったけどね、秘密の場所って皆が覗きたがるでしょ? 幸い、専用の場所なんかなくても冷気を込める場所ならここにはいくらでもあるから作ってないよ。まあ、代わりに毎度毎度隠す場所を決めるのに苦労しているけど」
方法を隠すために厳重な場所を作れば、そこの覗こうとする者が現れるのは当然。だから逆にそんな場所を作らない。ただこの場合は偶然発見してしまう者が現れるかもしれない。
どちらが良い、と言う話ではないな。どちらもメリットとデメリットがある。
「さあ、そんなわけでおじちゃん! どこが良いと、思いますか!」
「私にも考えさせるために呼んだんですね。……そうですねえ」
まんまとキジュツに嵌められたが、それなら仕方がない。頑張って頭を巡らせる。
この極寒の森林で、誰にも見つからず、一月の間放置できる場所。……誰にも見つからないというのが難しい。兵士も当然だが、魔物が空の魔石の集まりをバラバラにする可能性もある。
だから誰にも手を出せない場所が望ましい。冷たい、手を出せない、発見されにくい。ああ、でも回収の時のことを考えれば見つけやすさの必要か。……矛盾するな。
グレイならどうする、あ!
「良い場所がありました」
「本当!」
目的地に到着。それと同時にグレイも回収。
「ここ?」
来たのは温泉のすぐ近くにある凍り付いた河。グレイは温泉の見張りをしていたので連れてきた。
それじゃあ早速。
「グレイ、この河に窪みを作るように削れる? 下の水に接しないようにして」
「余裕」
そういうとグレイは光線銃を河に向け、いつもより広範囲に広がった光でゆっくりと氷を消していく。
そうして出来た窪みの深さは腕一本分ほど。広さも人が大の字なれる広さ。その穴の中に大量の空の魔石を投入する。
後は凍らせるために……。
「あ、水の用意を忘れた」
「それなら雪を使おう。少し離れたところに湯がある」
グレイの案を採用し、私とグレイで窪みに雪を入れ、キジュツにお湯を取ってきてもらって窪みの中に入れて雪を解かす。
これで完成。今は凍り付いた河の上にある深くて大きな水たまりだが、一晩もすれば凍って周りと一体化する。
後は一月後に回収すればいい。
「どうだろう?」
「さすがおじちゃん。これなら何の問題もないよ」
そうだろう。それにこれなら取り出し方次第で売りつける先に驚きを提供することも可能……あれ。
荷車を押して帰ろうとしたところ、荷車の隅の方に突き刺さって残っている空の魔石を発見。隙間に刺さることで落ちずに残っていたようだ。
今ならまだ凍り付いていないので投げ入れれば間に合うと、それに手を伸ばして強引に引き抜こうとして。
「あっ」
ペキッ、と割れた空の魔石はその直後強烈な光と音を放ち私の意識を奪った。
その後、キジュツから聞いたが空の魔石に限らずどの魔石も割ってしまうと強烈な光と音を発して粉々になることを聞いた。




