おじさんは北の前線基地でコタツを堪能する
竜は寝床に帰った。きっちり足を洗ってもらった後に。
私はこの極寒の地で水浸しになったり熱の魔石を竜の寝床に運んだりと、大変だったがその苦労もこれで終わる。
そして今は古倉庫でグレイに作ってもらった堀コタツを堪能している。
「竜の冬眠? 方法を見てコタツを思い出したんだよ。熱いものを置いて暖を取る。おでんも良いけど、やっぱり寒いときはコタツだよ」
「これ良いよ、トモダチ」
「あー、最高」
他にもグレイとキジュツが溶けたチーズのようにコタツを堪能している。
更にコタツに入れば熱いものを食べても、冷たいものを食べても美味いのだ。
「おい、それを自慢するために呼んだのか? おでんを食いまくるぞ」
そうだった。コタツのあまりの心地よさに忘れていたが、今日は人を呼んでいたのだ。
呼んだのは屋台でおでんを食べている三人。リリーナとポーラ。それとボルダー辺境伯。つまり私たちの召喚主。
今までは私とリリーナの仲が悪かったためこのようなことは行われなかったが、関係が改善されたため呼ぶこととなった。
今回集まってもらったのはこれからについて話すためだ。
「まあ、少し話が長くなりますのでそちらのおでんは自由にお食べください。私たちの分はこちらの鍋にありますので」
召喚主側、つまり屋台の方でボルダー辺境伯が一切の遠慮なくおでんを食べているが、リリーナやポーラなどはどうすれば良いのか分からず右往左往している。
リリーナとポーラの反応が当然だ。いきなり呼ばれて目の前には飯。隣には上司。困惑するのも当然。むしろボルダー辺境伯の肝が据わりすぎている。キジュツの召喚主を長年やっているのは伊達ではないということか。
こっちは仲良く鍋のおでんを食べながらゆっくりと話を進める。
「ではまず、ボルダー辺境伯。私たちはいつ頃ここを追い出されますか?」
「え!? 追い出される? 何の話ですか?」
おや、すでに内々に話をしていると思っていたのだが、まだリリーナとポーラに話をしていなかったのか。
「……キジュツを使って調べさせていたのはそれか。ふん、個別に呼び出して伝える手間が省けたわ。まだ竜の情報を王都に届けている途中だから正確な日時までは分からないが、竜の一件で功績を上げたリリーナ・ロール・ルイスとポーラ・ラス・ノルンは王都で表彰され、東か西に転属されることになるだろう」
情報がボタン一つで簡単に送れるのが常識の私やグレイの世界と違い、こちらの世界は人が情報を運ぶため時間がかかる。想定はしていたが、想像以上に時間がかかるのだな。もう王都には伝わっていると思っていた。
「え? あの、どうしてそんなことに?」
「召喚獣の功績は召喚主の功績となる。これは常識だな。そして今回の一件は国家存亡の危機だったと俺は考え、王都にもそう知らせている。その危機を防いだ以上、王都で表彰されるのも当然だ。ただ転属については、貴族の都合だな。これ以上、功績を上げさせないためだ。延いてはルイス公爵家に力を付けさせないためだな」
貴族の都合、そしてルイス公爵家に対する処置……。なるほど、パワーバランスの関係だな。
「そこの男は理解したようだな。我が国には公爵家が二つある。それぞれ武官、文官のまとめ役として存在し、ルイス公爵家は文官をまとめる文の公爵なのだが、そこのリリーナ嬢の姉二人がな。西と東の開拓地で功績を上げてしまっている。そこに三度目となる三女の功績。さすがに武の公爵家も危機感を抱くだろうからな、対処として転属されると考えている。念のために言っておくが公爵家は別に仲は悪くないぞ。ただ影響力は同じ程度でないといらぬ混乱が生まれるからな」
文官と武官。同じくらいが丁度良い。文官のまとめ役のルイス公爵家ばかり立て続けに功績を上げられては困る。だからもう竜関連に関わらないように転属。意外だったのはリリーナの姉二人も功績を上げていること。
学院を卒業後に各地の前線に送られるのは貴族として指揮経験を積むためであり、功績を上げるためでは決してない。なのに功績を上げてくるとは、優秀なのだろう。
「転属になる明確な時期は分からずとも、おおよその検討はつくのでは?」
「最速で一か月後だな。しかし報告を受け取った王都の連中がどう判断するかは分からん。こっちは最大級の危機と伝えても、向こうはちょっとした危機程度に受け取るだろうからな。そうなれば優先順位は下げられこちらへの連絡も遅くなる。まあ、またルイス公爵家の令嬢が功績を上げたとなれば王都の文官や武官も騒ぐ。そう考えれば案外早いかもしれないな。それに俺も王都で竜について話しをする必要もある。それに同道する形だから、まあ遅くても二か月後にはここを出ていくことになる」
「そうですか。ではボルダー辺境伯は急がなければなりませんね」
私の予想よりも大分余裕があったが、それでもボルダー辺境伯に時間はない。というよりも私的にはボルダー辺境伯が焦ってくれた方が助かるのだ。
「何を急ぐ必要がある? 王都に行く準備などすぐに終わるが」
「ほう? そうだったのですか? 私はてっきり竜の存在を虚言と言われないように物的証拠が必要だと思っていました。それに、あの竜と会話が出来るのは私がいる間だけ。その間に私がいなくても意思疎通が出来る手段を見つけねばなりません。時間がないと思うのですが。あ、私なりにこの基地と領地の改善策をまとめたものを作って渡そうと思っていたんですけど、私この世界の文字を書けないので無理でした。メモはあるんですが、私にしか読めない文字ですし。口頭で良ければお伝えしますが、覚えられます? 実行する時間もあるかどうか」
あー大変、と煽るように伝えてわたしはおでんをのんびりと食べる。
ヒクッとボルダー辺境伯の眉が僅かに動くもすぐに冷静を装い、弱みを見せないように注意する。
「そうだな、竜との意思疎通はお前がいる間に出来るようになる必要がある。言葉は難しいだろから文字が妥当だな。うちにはその手の専門家はいないため大変だろうが、出来ないことではない。それと物的証拠と言うが、ここに大量の竜の鱗と見事な牙が――」
「それは私が竜を洗って手に入れた物ですから、当然所有権は私にあります。勝手に扱いを決めないでください。それとも、ルイス公爵家令嬢の召喚獣の持ち物を奪うおつもりで? 盗賊のような真似、まさかしませんよね?」
ぐぐぐ、とボルダー辺境伯は苛立つように拳を強く握る。しかしすぐに最良の解決策を見つけたとばかりにリリーナに視線を向ける。
召喚主が良いと言えば召喚獣の意見は無視される。召喚獣の功績も持ち物も、召喚主のものなのだから。
だがリリーナは俯いてその視線から逃れる。
そうなるだろう。ついこの間謝罪して関係が修復されたのだ。それをまた壊すような真似は出来ない。もしも私とリリーナの中が良好であればどうにかなったのかもしれないが。
「待て、キジュツも参加していたはずだ。ならば鱗の所有権は――!」
「あ、キジュツさん。グレイも竜を洗うのを手伝ってくれたお礼に砕氷ハチミツを上げます。竜の寝床から帰る際に竜に取ってもらったんです。ほら、氷の器」
「ひゃっほい。おじちゃん、ありがとう!」
「トモダチ、これ凄い美味しい!」
わざと隠しておいた氷の小瓶をキジュツとグレイに渡す。私も砕氷ハチミツを一舐めしたが、非常に甘いのにその甘さはスッと口から消えてもう一口と望んでしまう、上品な味がした。
「あ、すみません。ボルダー辺境伯、何か仰いました?」
「貴様、何が欲しい? 金か」
そんな人を極悪人のように見ないでほしい。私はちゃんと竜を洗う時に誘ったのだ。それを無下にしたのはボルダー辺境伯だ。
それに今は金がないんでしょう? ないものはねだらない。
「ボルダー辺境伯は召喚魔法を扱っている宗教に対して強い影響力がありますか?」
「召喚魔法を扱う宗教? 創聖教のことか? いや、創聖教にはほとんど関わりがない」
チッ、使えん。では南の大陸への有力者とのパイプは? ない? 役立たず。
それでは最低限極寒の森林の攻略は約束してもらう。攻略とは何か? この極寒の森林を抜けて先に行くこと。
「無茶だ。魔物が強く厳しい環境だ。兵士も嫌がる上に何の利益にもならん」
「それがそうでもないんです。今回の一件で竜との関わりを持った。それを利用すれば更に北に前線基地を築くことも可能。それに、利益にもなります。基地と領地の改善案の中に観光化という方法がありまして。この国は基本的に温かい。ならばボルダー辺境伯領は避暑地になれる。それに温泉も見つけてある。これを利用することで……」
竜が言うには竜が住んでいたのはここより更に北らしく、召喚魔法の原本的なものはそこにあるらしい。ならば、ボルダー辺境伯には少しでもそこに進んでほしい。
そのためなら改善案に私情を入れる程度はする。ちゃんと利益は出すようにして。
「なるほど。コールビーを養蜂出来れば砕氷ハチミツを特産品として売り出すことも出来る。そのために極寒の森林を治める必要があるか。温泉有料化については温泉を知らんから後で案内を頼む。だが料理人を雇いつつ今まで通り飯はタダはやり過ぎではないか。その堀コタツを導入して場所代を取ると言っても、金を払ってまで入りたがるか? 確かに、お前がおでんを使って金を強引に取り立てた所為で飯関連から金を取ろうとすると反感を招くというのは理解できるが……」
うぬぬ、と改善案を聞いてこの基地の未来を思い悩むボルダー辺境伯。ただ内心は北進を決めているようなので問題はない。どうせ時間が経てば頷くのだ。そうしないと私はボルダー辺境伯に竜の鱗を少量だろうが譲らないのだから。
しかしこの竜の髭、だったか? 凄い美味しい。というか竜の身体に生えていた植物全てが美味い。何せ砕氷ハチミツに負けず劣らずの味なのだから。
それを嗅ぎ付けたのか、ポーラがおでんの乗せた皿を持ってこちらに来る。
「何か私たちと具材違うよね。ちょっと交換しよう?」
「ポ、ポーラ?」
違うな。嗅ぎ付けて来たのではない。少しでも召喚獣と友好を育もうと来たのだ。それでは断りづらい。
グレイと具材を交換し、食べると。
「うへへ。え! こっちの方が超美味しい! グレイ、もっと交換……しない!? してよ!」
その言葉の所為で残る召喚主もこちらを向く。
「それ以上近づいたら、へっちゃんの恥ずかしい過去をここの兵士とへっちゃんの子供に教えまくる!」
「くっ、くそ! お前、卑怯者!」
キジュツは鬼のような行いでボルダー辺境伯を追い返す。
しかし私は。
「あ、うん。気にしないで。大丈夫だから」
そうリリーナに健気な反応されては、少しも譲らない私が極悪人みたいになってしまうではないか。ほんの僅かでも譲りたくはないが、人としての尊厳を守るために少量ながら譲る。
譲られたものを食べ、顔を輝かせる様を見て姪を思い出す。
容姿は一切似ておらず、性格も乱暴で伯父である私に強く当たって来るくせに、父親である弟には甘えて……。
「……おじさん?」
「何でもありませんよ。そうだ、ボルダー辺境伯が観光路線を取った際には公爵に勧めてはくれませんか。最初のお客さんは非常に重要ですからね」
絶対に帰ろう。




