おじさんは北の前線基地で水の脅威を知る
朝。準備を済ませてから竜の元に向かうと、城壁の上にはたくさんの兵士がいた。当然見張りの兵士ではなく、これから行われるもの見に来たのだろう。
一応情報は流したが、想定よりも遥かに多い。こんなに集まるとは思っていなかった。
「これでは見世物だな」
「トモダチ、そのつもりなんでしょ?」
それは言わないお約束。
後はこの兵士の中に例の兵士が紛れているかだが、それはキジュツがちゃんと確認してくれているはず。
……キジュツが見つからない!? 多少人がいてもキジュツの服装なら目立つと思ったのだが。
グレイなら見つけてくれるか、と期待したが首を振られた。グレイもキジュツを見つけられなかったようだ。
さて、どうするか。キジュツがいないだけで例の兵士はいると思うのだが。
「ホンドウよ、ようやく来たか。人が来るたびにお前ではないかと勘違いしたぞ」
「竜さんからすれば人の顔は見えにくいでしょうね。しかしこんなにいるなら誰か竜さんの硬さを証明するために攻撃してくれると助かるのですが。竜さんも判定基準となる一般的な攻撃を知っておきたいでしょう?」
「ぬはは、全て無意味とは思うが基準があれば、あれより良い悪いとは判断できる。誰か、挑みたい者はいるか?」
少しは時間を稼ぐとしよう。その間にキジュツが現れることを願う。
さて竜への攻撃役を名乗り出る者はいないかと城壁の上を見るが、名乗り出る者はいない。私にはあまり分からないが、竜がそんなに怖いのだろうか。
その間にも竜は攻撃を受ける準備を進めていた。
「どれ、久しぶりにやるか」
むん、と力むような声を出すと竜の皮膚が光沢を放ち、更に様々な色をした湯気、いやオーラが発せられた。
何とも不思議な光景。
「竜さん、今何をしたんですか?」
「良くぞ、聞いてくれた。皮膚の硬化、物理障壁と魔法障壁を展開し、身体能力を増強してあらゆる攻撃に耐えられるようにした。過去に山が崩れて下敷きになった時もこれのおかげで無傷で済んだ。凄かろう!」
褒めろ、とばかりに竜は顔を突き出してきたので驚いた振りをして褒めて置く。
「何と、山が崩れても無傷! それは凄いですね」
自分で言っておいてあれだが、もう少し言い方があるのではと思った。しかし竜の言うことのスケールが大きすぎて想像しにくい。山が崩れたとは土砂崩れなのか、それとも噴火が起きた時の話なのか。
ただちょっとやそっとでは傷も付かないことは分かった。
城壁の上の兵士も騒めいている。私には分からないがやはり凄いのだろう。
しかし凄すぎる所為で竜に挑戦しようとする者が出てこない。これ以上の時間稼ぎは……。
カツン、と金属同士がぶつかる音が響いた。
「おお、凄い。ナイフを弾いた」
キジュツだ。ナイフを投げて存在をアピールしてくれた。その後ろにはボルダー辺境伯がいる。
……あ、ボルダー辺境伯も必要だった。うっかりしていた。キジュツがわざわざ呼んできてくれたのか。
「おじちゃん、遅れてごめんね。彼はもういるから始めて大丈夫だよ」
「いえいえ、こちらのミスを補って頂きありがとうございます。それじゃあ、始めましょうか。竜さん、本命の攻撃をします。狙いは足ですので、足に意識を集中してください」
役者は揃った。ならば早々に幕を上げる。竜に断りを入れてからグレイから光線銃を受け取り竜の足に狙いを付ける。
……何だか足の周りのオーラが厚い気がする。竜も全力で防ごうとしているのか。で、あれば実に都合がよい。
もしもこれでグレイの光線銃が竜の足を傷つけた場合、この世界にグレイの光線銃を耐えられるものは存在しない証明になる。竜より強い生き物がいない限り。
そして結果は、私の想像を遥かに上回るものだった。
「な、何ぃ!」
竜の足に穴が空いた。今までの魔物と同じく何の抵抗もなく。
それは竜が攻撃を受けるために準備していた魔法全てが、無意味であったということ。
この世界に光線銃を防ぐ手段は存在しない。
「防御を貫通された? 竜はどんな攻撃も弾くと。まさか我は、弱い竜?」
おっと、竜があっさりと防御を貫かれて傷ついたことを受けて傷心してしまった。慰めることも出来るが、後々のことを考えると少し気落ちをしていてほしい部分がある。
ただ竜の脅威の再生能力により傷口は塞がっているのだ。それほどショックを受けるような内容ではないと……そうか。
幼い頃にほとんどの竜が消えたことで比べられる対象を失ったのだ。ただ記憶の中の竜は強かった。なのに自分は良く分からない攻撃であっさりと傷を負った。弱い竜なのでは、とショックを受けたのか。
……良し、放置。自分の強さに疑問を抱いている程度が丁度良い。
「グレイ、光線銃を返すよ」
「受け取るよ、トモダチ」
受け取るという返事は明らかにおかしいと、つい笑いそうになってしまうのを堪えてグレイに光線銃を返そうとする。
だがそこに割り込む者がいた。
「よこせ!」
例の兵士だ。腕を怪我しているのに城壁から勢い良く飛び降りて、そのまま私に体当たりをして、グレイに渡し損なった光線銃を拾い竜に向ける。
「死ねえぇ!」
城壁の上からなのに良く観察している。銃のない世界で銃口と引き金の役割を理解して、しっかりと銃口を竜に向けてから引き金を引いた。
だが。
「うむ? 余興か?」
光線銃は光らない。当然、竜に穴を空けることもない。
首を傾げる竜に、兵士は使い物にならない光線銃を竜に投げつけ私を睨むも。
「下手に動いたら、今度は腕だけじゃ済まさないよ」
背後からキジュツが兵士にナイフを突きつける。そのままボルダー辺境伯に捕まり、そのまま基地内部へと連行される。
二度目の竜への敵対行動。しかも注意を受けた翌日だ。言い訳不可能。解雇確定。もはや誰も弁護は出来ない。
「何だ、今のは?」
「何でもないですよ、竜さん。茶番だとでも思ってください。それよりどうでした? グレイの攻撃は」
目の前で起きた事態を理解出来ない竜を適当に誤魔化しながら、投げ捨てられた光線銃を拾う。
乱暴に扱っては困るんだが。あ、一部塗装が剥げている。
「驚愕の威力。我が生涯の中でもあの攻撃を上回るものはないと断言できる。ん? ホンドウ、それはグレイが持っている奴を真似た品だな。……あの兵士はそれを本物と勘違いしたのか。威圧感がまるで違うだろうに。グレイが持つ本物は我以上に大きなものを詰め込んだような怖い力を感じるぞ」
そう、俺がグレイから受け取ったのは小人に作成を依頼した光線銃の贋作。引き金などがあり、玩具としてであれば十分な働きをするが、本物のように光を放つことも、分子分解をして穴を空けることもない。
私がグレイの光線銃なんて怖い武器を持つはずがない。偽物をそれらしく構えて振りをしただけで、本物はグレイがずっと持っていた。使う時もグレイがこちらの動きに合わせてくれただけ。
「へえ、やっぱり分かるものなんですね。グレイの世界の技術力はこの世界を遥かに上回っています。夜に星が見えるでしょう? それを自由に行き来することが出来るんです。グレイの世界は」
それは凄まじい、と竜は見えない星を見上げるように空を向いてからグレイに頭を下げる。
今まで竜の近くにいながらほとんど接することがなかっただけにどう対応すればいいのか分からないのか、グレイは困惑して様子を見せてから竜と同じように頭を下げた。
この見世物も終わり、と周囲も察したのか城壁から兵士の姿が消えていく。
ボルダー辺境伯と竜の関係に悪影響を与える可能性のある兵士はこれで排除できたし、グレイの光線銃の威力も確認できた。
他に残っているやるべきことは、ないな。やれることは数多くあるが、それは絶対ではなくお小遣い稼ぎに近い。
でも出来るならお小遣いは貰いたい。
「竜さん、今日は足を洗いましょうか? そしたら熱の魔石を寝床に持っていきましょう」
「おお、それはありがたい! ホンドウよ、我は昨日洗われて効率良く洗われる方法を編み出したのだ。それを試したい」
「トモダチ、ボクも手伝う」
「いや、グレイにはあるものを作ってもらいたい。簡単なものだ。図面は用意してある。屋台のある古倉庫に作っておいてくれ。キジュツさんにもちょっとお願いしたいことがありまして。ボルダー辺境伯にですね――」
掃除道具を取りに行く途中、グレイとキジュツに任せたいことを伝えてから竜の元に戻る。
「じゃあ、洗いましょうか」
「うむ、では我が考えた、とっておきを披露しよう」
掃除道具を掲げ、こちらが洗う準備が出来たことを示すと竜は鷹揚に頷き魔法で水を生み出した。
竜の真上に、竜と同じくらいの大きさの水を。
直感で悟った。やばいと。
掃除道具を投げ捨てすぐに城壁の方に走り出す。それと同時に水が重力に従って落ちていく。
「うぐっ!」
城壁に辿り着くと同時に水が私の全身を打つ。もしも城壁に辿り着いていなければ水に押されて城壁に叩きつけられていただろう。
全身に打った水が引いてき、私もそれに引っ張られるように地面に倒れる。
極寒の大地で、水浸しになるとは。今すぐ部屋に帰るか、温泉に入りたいがその前に。
「竜さん。もう少しですね、周りに与える影響を考えて頂きたい。私のような貧弱な生き物にとって大量の水は波、津波といった名前の凶器になるんです」
「……うむ。すまないな。一つ聞きたいことがあるのだが良いか?」
「ええ? どうぞ」
掃除道具は水に流されて消えてしまったのか、探しても見つからない。古そうな道具だったので、紛失してもさして問題ないとは思うが。
「もしや我は今、怒られているのか?」
怒鳴らなかった自分を褒めたい。




