おじさんは北の前線基地で画策する
ん~、良く寝た……え?
目が覚めたら私の部屋にいた。それはおかしくないのだが、私は何故寝ていたのか?
記憶を辿るも、思い出せるのは熱の魔石の採掘をしているときに地響きがして。それから……。駄目だ、思い出せない。
「起きたか」
聞きなれぬ声が私の横からした。そちらを向けば。
「お、おじさん!」
私の部屋におじさんがいる! 何で、何が起きたの?
事態が理解できず救援を求めたいが、私の部屋には他に誰もおらずどうすれば良いのか困惑する。
幸い、会話のきっかけをおじさんが作ってくれた。
「そうだ、おじさんは良い。おじいさんとは呼ぶな」
「えっと、私そんなことを言いました?」
記憶に一切ない。というかおじさんと話したことなど一切ないはずなのだが、いつの話なのだろうか。
「ん? まあ、あの時は意識がはっきりしていなかっただろうし、覚えがないのも仕方がないか。……ということは私に謝罪したことも覚えていない?」
「それははっきりと記憶にあります!」
嘘だ。そんな記憶は一切ない。でも気付かない内に掴んだ幸運を手放したくはない。なのでおじさんの言葉に全力で乗る。
ここまではっきりと言ってしまえばおじさんは疑うこともなく、そうかと頷いた。
「ではこの場ではっきりと言わせてもらう。私は君の謝罪を受け入れた。しかし、一般的な召喚獣の如く、君に従うつもりはない。私は私の為に行動する。そこだけは理解してほしい」
「分かっています。今更貴方の行動を縛ろうなどとは思っていません。ですが貴方が私の召喚獣であることは確かですので、大丈夫と思いますが節度を持った行動をお願いします。それともし、私にお手伝いできることがあれば何でも仰ってください。極力協力いたします」
私が謝罪し、関係を元に戻せたとしてもそれはマイナスを消せただけ。急激に仲が良くなるわけでもないので、これくらいの距離感が正しい。
私はこれからおじさんに信用されるように努力しなければならない。
「話はそれだけだ。頭を怪我したのだ、もう少し休むと良い。ボルダー辺境伯には私から説明しておく」
頭を怪我? ああ、思い出した! 確かおじさんを狙った兵士がいて。……あれ、竜を狙っただっけ? うーむ、まだ微妙に記憶が曖昧だ。
しかし休んで良いと言われたので存分に休もう。何せ竜と戦い、夜は投石機やバリスタを組み上げ、その後は満足に休むことも出来ずに熱の魔石の採掘。
溜まった疲労はすぐに私を夢の中に引きずり込んだ。
「トモダチ、そっちは終わったの?」
「ああ、目を覚ました。その後に私の扱いについて少し話をして同意も得た。今まで通り特に変わりはない。それよりもそっちの状況はどうだ?」
「うーん? ちょっと面倒かな?」
どうやらあの兵士の扱いについて基地内で揉めているらしい。
ボルダー辺境伯は今回の事件を起こした兵士について、解雇と同時に故郷に送り返してボルダー辺境伯領内への永久立ち入り禁止を言い渡したい。
しかし一部の兵士から情状酌量を求める声が上がっている。と言うのもあの兵士の弟が竜に踏み潰されて遺体も回収できない状態になってしまった。
一部の兵士の弁護は、竜への憎しみから突発的な行動に出てしまっただけで、きちんと言い聞かせれば大丈夫。今はおとなしい。厳しい処分はもう少し待ってほしい。
無理だと思うがな。
兵士のことを考える気持ちは分かる。彼が故郷に帰った際に何かの拍子に問題を起こして解雇されたことを周りに知られれば、様々な所に影響が出るだろう。少なくとも、北の最前線で戦っていたという箔は使えない。
だから解雇以外、減給などを願っているのだろうが。
肉親を殺された恨みはそう簡単に抑えられるだろうか。私にも弟がいるが、目の前に犯人がいれば殺意を抑えられる自信はない。
それにボルダー辺境伯は竜を無視できるはずがない。あれほど巨大な力を持っているのだ。ある程度近場にいて管理、は出来なくても監視はしていないと気が済まないだろう。
ボルダー辺境伯は貴族なのだ。子や孫に竜の問題に対して無策のまま引き継ぎなど出来ないだろう。
つまり、これから北の前線基地で働く兵士は自然と竜と接する機会が増える。他の兵士は気持ちを抑えられるようだが、あの兵士は難しいだろう。
私としても今後のことを考えれば竜とボルダー辺境伯の間に問題があるのは避けたい。
……仕方がないな。
「グレイ、手伝ってほしい。それと、光線銃の充電は明日の朝には終わるか?」
「絶対に明日の朝までには使えるようになるよ。出来ることは任せて」
では早速、その光線銃を少しの間貸してくれ。
ボルダー辺境伯に恩を売れるのであれば返せないほどに売っておくべきだ。他にも売れる物があるのであれば売っておきたい。
大量の空の魔石が手に入ったのだ。あれを売ればかなりの額になるはず。つまり、ボルダー辺境伯からむしり取るなら今が好機。
「金? あるわけないだろう。空の魔石? あれを売り物にするのに一月はかかる。特別な処理をしないとあれは冷気を取り込まんのだ」
だと思ったのに残念だ。すぐに売れるわけではないのか。それにその特別な処理とやらもこう騒がしい状況では出来ないか。
仕方がない。対価はボルダー辺境伯の苦労で勘弁しよう。
「ボルダー辺境伯、例の問題の兵士ですが。本人はもう竜には攻撃しない。敵対行動を取らないと言っているのですか?」
「それか。うちの兵士が迷惑をかけたな。本人はそう言っているが、おそらく無理だ。嘘ではないと思うが、竜を目の前にすれば感情を優先して動くだろう」
ふむふむ、おおよそ私と考えは似たようなものか。で、あれば問題はない。
魔石についてキジュツがボルダー辺境伯に伝えて置いてくれたのか、北門の近くにちゃんと熱の魔石が積み込まれた荷車が用意してある。
「あ、おじちゃん。お嬢ちゃんは大丈夫だった?」
「大丈夫だと思います。ですが念のために安静にしているように伝えました。私がいない間も色々と伝えてくださったようでありがとうございます」
「気にしなくて良いよ。で、おじちゃん。何するの?」
キジュツは常に私が何かをすると思っているのだろうか。まあ、何かをするための下準備をしようとしている所だから間違ってはいないのだが。何かしでかすレーダーでも所持しているのだろうか。
「特に何もしませんよ。ただ竜のことで少しボルダー辺境伯に相談したいことがありまして。今から熱の魔石を渡しても竜の寝床に着く頃には暗くなっているでしょう。夜に極寒の森林を抜けるのは厳しい。竜に送ってもらうことを考えましたが、今回は熱の魔石を受け取りに来たという理由がありますが次はない。送ってもらえる確証がないので、今日は竜にここに泊まってもらおうかと。まあ、あそこで待機してもらうだけですが」
「な! 無茶だ。竜に怒りを覚えているのはあの兵士一人ではないんだぞ」
「ではどうしろと? 怖いからあっち行けと? それとも竜と共に行って夜の極寒の森林から帰って来いというので? そんなことを本気で言っているのであればキジュツと協力して連れて行きますよ?」
ぐむむ、ボルダー辺境伯は唸るも返す言葉がなく黙る。
兵士の心情を考えるのは必要だが、今は兵士を怒らせるよりも竜を怒らせた方が怖い。どちらも大切なのは分かるが。……中間管理職かな。
「あ、そうだ。竜を泊めるに当たりある程度はこちらの方でもてなしておきます。長い間土を被っていましたからね、結構汚れているので顔くらいは洗ってやろうと思いますので道具をお借りします。人員も一緒に貸し出して頂けると嬉しいのですが」
「道具ならいくらでも貸してやるが、人は無理に決まっているだろうが! お前たちだけでやれ!」
怒られてしまった。残念だ。折角誘ったのに。
無理強いは出来ないので私たちだけでやるとしよう。掃除道具は、倉庫にあるかな。
「おじちゃん? 今何か仕掛けたでしょう?」
「とんでもない。善意でお誘いしただけです。断られましたけど」
ふーん、とどこか上機嫌ながらも私の言葉を信じていない様子。しかし何か言うわけでもなく、私と一緒に倉庫に行き掃除道具を持って行ってくれた。
さて、次は竜か。……簡単だな。
「我、理解せり」
何を言っているんだ、この竜は?
今私は竜の頭の上に箒を使って土を払い、雑巾で鱗を丁寧に磨いていた。そんな時に竜がおかしなことを言い出したのだ。思うだけで留めて呟かなかった自分を褒めたい。
「何言ってんの?」
キジュツ……。どうして平然と言うのか。まあ、気持ちは分からんでもないが。
何せ頭の上を私が顔の左右をグレイとキジュツが洗い、運悪く近くにいたグレイの召喚主のポーラに魔法で水を作り出してもらっている。
その光景は馬鹿でかいトラックを人力で洗っているような感じだろう。なのにトラック側が何かを理解したと言い出したのだ。
洗う側が大変以外に何を理解できるというのか。
「どうしたんです?」
「ずっと前から疑問だった。何故我らが竜は大量の召喚獣を召喚したのか。一人二人ではもの足りなかったのか、と。このように洗われて理解できた。確かに足りない。頭を洗うだけで四人の手を借りかなりの時間が必要となる。これが全身となれば百単位で必要になるだろう。それにこのようなスッキリすることを我慢できるはずもない。大量の召喚獣が必要だったわけだ」
竜が滅びた理由を洗われたことで理解したのか。何だか竜が滅んだ理由がしょうもなく思えてくるから言わないで欲しかった。
だがまあ、こんなでかいのを世話するとなれば大量の人が必要になっただろうな。
しかし。
「ボロボロとでかい鱗が剥げる。竜さん、こうやって身体を洗った経験は?」
「ない。初めてだ。こんな心地良いことがあったとは……」
恍惚な表情、なのかもしれないが竜の顔はでかすぎて遠くから見ないと分からない。まあ、見たところで感情の変化を見分けられるかどうかは別だ。
顔を洗い終わったら今度は口を開かせ、抜けそうな牙があったため竜の承諾を得てから大きなカブのように皆で協力して引っこ抜いた。
「うむ。すっきり!」
私と同じ身長の牙を抜いたというのに竜は痛がる様子も見せず、むしろ元気そうだ。
これだけ世話をしてやれば十分だろう。辺りもすっかり暗くなったし、後は仕込みだけして帰ろう。
「竜さん、やっぱり竜は強いんですか?」
「む? 当然だ。召喚獣を大量に召喚し、最期には滅びの道を辿ってしまったが、圧倒的な数の差を利用しなければ戦うことも出来ないほどに強いのだ」
「なるほど。実はですね、そんな竜さんにお願いがあるんです。我々の一番強い攻撃の判定をしてほしいんです。竜さんからお墨付きを貰えれば非常に役立つんです」
「ふむ、そうか。こうして洗ってもらったのだ、それくらいは一向に構わん。好きなだけやるがいい。これでも竜の生き残り、頑丈なはずだ」
ずい、と顔を寄せてくるが私が攻撃すると思ったのだろうか。竜を殴っても私の腕が壊れるだけだ。
しかし受けてくれて助かった。顔を洗った甲斐がある。
「いえいえ、今日はもう暗い。明日の朝にでもお願いします。それと、念のために攻撃は足にしましょう。顔は折角洗ったのですから。ではおやすみなさい」
「そうだな、折角洗ってもらったのだ。汚すべきではない。分かった。では明日の朝に」
就寝の挨拶をして私たちは基地内に戻る。今の話を、監視の兵は聞いてくれたかな? みんなに広めてくれるかな? 念のためにポーラに今の話を広めてもらおうか。
出来れば、例の兵士にも。




