おじさんは竜の上で謝罪される
痛い? 熱い? 分からない。何だかふらふらして、はっきりとしない。
何か、音が。いや、声? 誰かが話しかけてきている?
誰が話しかけてきている? おじさん? おじさんと話を……。言わなければならないことが……。
ごめんなさい。
竜を煽てながらグレイとも話をして、様々な情報を得たことでこれからの計画が少しだけ定まった。何とかこの北の前線基地から出て知人を作る必要がある。
というのも私を召喚した召喚魔法を持っているのは学院でもなければ国でもない。南の大陸に総本山を置く宗教が持っているせいだ。
他の大陸にある宗教では私の後ろ盾である公爵家の権力も届かない。むしろ南の大陸なのでそちらが故郷のマイケルなど商人たちの方が力になるかもしれない。
そのために交友関係を広げ、取れる手段を増やす必要がある。また交友関係を広げることで召喚魔法に詳しい人物が見つかるかもしれない。
そのためにもとにかく、この人のいない辺鄙な田舎とすら言える北の領地から抜け出し、学院でも王都でも良いので人がいる場所に行きたい。
そのためにはまず竜から聞き出した情報を公爵に流し、私たちを戻させるように誘導するか? 辺境伯にも領地の財政赤字を改善する方法をいくつか提供し、恩を売ることで公爵から話が来た時にこちらの要望を伝えて戻りやすい状況を作る。
……戻った際に公爵の気を引ける何かが欲しい。そして公爵の交友関係に乗っかる形で知人を増やしたい。
「トモダチ、基地が見えた」
「ああ、もうか。竜さん、基地が見えたので徐々に速度を落としてもらえますか?」
「ん? ああ、あの壁か。分かった」
グレイも竜もきちんと基地を目視で来たようだ。良く見えるな。
私の老化した目では先にある基地を見ようとしても白くぼやけたものしか見えない。
それから少しして、ようやく私の目でも基地が見えるようになった。
「……城壁の上に誰かいないか?」
「キジュツだね。手を振っているよ。トモダチも振り返したら?」
グレイが言うのであれば間違いではないだろうが、良く見えるものだ。目が大きいだけはあるな。
グレイに勧められた通り、手を振ってみるが、どんな反応をしているのか分からない。
そんな下らないことをしている間に城壁に到着。キジュツが大歓迎してくれた。
「豪勢なものに乗ってるね」
「話さえ通じれば友好は育めるものだ。竜さんは大昔のこととか物知りだぞ」
確かに、私は今この世界で最も豪勢な、いや私の知る限り最も豪勢な乗り物に乗っているだろう。これ以上豪勢な乗り物があるとすればグレイの世界ぐらいだろう。
高速で、安全で、悪路など関係ないのだから。問題点があるとすれば寒いし、風の影響を直接受けることだろうか。
「それなら運搬も楽だろうね。それで、熱の魔石は足りたの?」
「残念ながら持って行った分で半分程度しか埋まらなかった。だから荷車三つ分のお願いします」
荷車を渡すために竜が城壁にすれすれまで顔を近づけ、高さも上手く合わせてもらった直後。視界の端に何かが映った。
そちらの方を向けば、剣を抜いて走ってくるリリーナの姿。
……ついに殺しに来たか。今までは距離を置き、無関係とばかりに接触してこなかったが。まさか、竜の会話を聞かれた? 召喚獣などと言う訳の分からないものだ。召喚主は召喚獣が見聞きしたことが実は分かるなどあるかもしれない。
逃げようにも竜の頭の上は逃げ回れるほど広くないし、不安定だ。だからと言って迎撃すればそれを理由に私は処分される。
如何にこの窮地を脱するか。それとももう助かる道はないのか。全力で頭を回したが。
突如リリーナはこちらに背を向け、それと同時に響く甲高い音。
……え?
後ろ向きに倒れてくるリリーナを支えてやると、キジュツはどこかに向けてナイフを投げつける。
……何が起こっているんだ? 周りは全員事態を把握しているみたいで、私だけ置いてけぼり。
「グレイ、何が?」
「良く分からないけど、ここの兵士が弓矢で攻撃してきた。それをリリーナが弾いて、キジュツが反撃した。……ん? リリーナが怪我してない?」
「ん? 本当だ」
額から生え際の辺りを弾いた矢が掠めたのだろう。傷に比べて出血が激しく見えるが、すぐに治る傷だ。しかしリリーナの目の焦点があっていない。脳震盪でも起こしたのか?
おそらく軽い脳震盪と思われるので下手に動かすよりも安静して治すのが一番、と思い傷口にハンカチを当てながらグレイに荷車を運ぶようにお願いしていると。
「おじ……ぃ……さん?」
「誰がおじいさんだ」
まだ焦点も合わず、意識もはっきりしていないであろうリリーナに失礼なことを言われつい言い返す。
私はおじさんであることは認めているが、おじいさんであることは許容していない。おじいさんと呼ばれていいのは定年退職してからだ。
全くもって失礼な――。
「ごめん、なさい」
………………は?
「グレイ、今この娘は」
「謝ったね。意識もはっきりしていないのに。でもトモダチに向けてだったね」
謝罪を、今このタイミングで?
怒りが、激しい感情が腹の内を駆け巡る。
もしかしたらいつか、謝罪してくるかもしれないとは思っていた。その時はあらん限りの罵詈雑言と皮肉、慰謝料の名目で様々なものを要求することで許すつもりだった。
ただ単に謝られた程度で流せるような怒りではない。
しかし、今。今謝られてしまったら……。
リリーナはおそらく身を挺して守ってくれた。顔、とは言いがいたいが額から生え際にかけて怪我をしてまで。
やらせかと思うほど完璧な状況で謝罪された。
……許すしかない。許してやるしかない。
ここで罵詈雑言を浴びせかけ、許してやらないのは人間のするべきことではない。当然心中収まらないことは多々あるが、ぐっと飲みこんで許してやるのが大人というもの。
「この、ラッキーガールが!」
あ、つい頭を叩いてしまった。許せ。




