お嬢様は北の前線基地で身を挺する
「くそっ、離せ! おい、聞いてんのか!」
胸壁に背を預け、うとうととしていると基地の外からボルダー辺境伯の怒鳴り声が聞こえた。
おじさんたちが帰ってきたのかと思い、外を見ればそこには雪上を簀巻きにして運ばれているボルダー辺境伯とそれを運ぶキジュツの姿があった。
怒鳴るボルダー辺境伯にキジュツは何か言っているようだが、何を言っているのかまるで分からない。
……分からない?
それはつまり、おじさんはこの近くにいない?
急いで城壁から降りてボルダー辺境伯の下に向かう。
「ボルダー辺境伯! おじさんは!」
「真っ先に聞くのがそれか。心配してくれても良いと思うのだが」
ケラケラと笑われながらボルダー辺境伯はキジュツに拘束を解いてもらい、雪を払って立ち上がる。
一体どこに心配する要素があるというのか。自分の召喚獣とじゃれついているだけではないか。
それよりもおじさんだ。竜への対策として一緒に行ったはずなのにここにいない。
「あ、あの。グレイは?」
……そうだ、グレイもいない。おじさんとグレイがいない。何故いないのか。
「あいつらは、どうなったんだ? ……そうか、分かった。竜に熱の魔石を渡して一緒に小山の跡地に行ったらしい。分かった、うるさい。とりあえず兵士を集めてくれるか。……ん? 何で貴族のお前は残っているんだ?」
キジュツに何かを小言のようなことを言われながらも、こちらの質問に答えてくれるが残念ながら言っている意味がまるで分からない。
おそらくキジュツなら事情を知っているのだろうが、キジュツの言葉はボルダー辺境伯にしか分からない。もどかしい、おじさんがいればキジュツから話が聞けるのに。
まあ、おじさんがいれば話を聞く必要もないのだが。
「召喚獣を残して逃げることは出来ませんので。兵士を集めればよろしいのですか?」
「私は逃げても良いと思ったんですけど。えっと、どこに集めますか?」
「南門の前に集めてくれ。熱の魔石を採掘させる、必要があるんだな? どちらにせよ昨日の分だけでは足りない。……何? 昨日掘った分もいくつか持っていったのか? とにかく熱の魔石を採掘する必要があるから兵士を集めてくれ」
色々と聞きたいことはあるがそれは後回しにして今は兵士を呼びに行く。とはいえ、兵士たちはすでに起きて朝食を取っていた。私たちは副隊長に用件を伝え、南門に向かう。兵士には副隊長が伝えてくれる。
南門にはすでにボルダー辺境伯とキジュツが待っていた。そして未だにキジュツに小言を言われているようで、ボルダー辺境伯は無視して耐えていた。
……一体長い間ずっと何を言われているのだろう?
「ボルダー辺境伯、兵士に伝えて来ました。それで、その。……先程からずっと何を言われているのですか?」
「別に大したことを言われているわけでは……。うるさい、分かった。大したことを言われている。竜との交渉の際に棘のある態度を取っていたことをずっと言われている。何名か部下を殺されているのでな、その相手が目の前にいては苛立つのも仕方あるまい。ああ、言い訳はせん。悪かったと言っているだろう!」
途中までは私の質問に答えてくれていたはずなのに、いつの間にかキジュツとの口喧嘩に変わっていた。
しかしボルダー辺境伯の気持ちも、キジュツがずっと小言を言っている理由も分かる。部下を、知人を殺した相手が目の前にいては苛立ち、つい剣を抜きたくなるだろう。しかしその気持ちを抑え、平常心で交渉に臨むのが上に立つ者の理想。
それに今回の相手は圧倒的強者の竜だ。態度一つで私たちが全滅する可能性だってある。慎重に進める必要がある場で短絡的な態度を取っては小言をずっと言われても仕方がない。
しばらくして、兵士たちが完全武装で集まった。
「何でお前らそんな武器をもって……? そこの倉庫に置いていけ。これから熱の魔石の採掘を行う」
「採掘、ですか? 竜の方は大丈夫なのですか?」
「そちらは手を打った。竜の目的は熱の魔石らしくてな。それを与えれば帰るらしい」
「熱の魔石を、与える? 献上しろと言うのですか! 竜は仲間を殺して――!」
「だから何だというのだ? 確実にあの竜に勝つ方法があるのか? 機嫌を損ねればこの基地は全壊。最悪、竜は温かい南に行く可能性があるぞ。国が滅茶苦茶になるんだぞ? それを穏便に済ませる方法があるのに何の問題がある。軽率な発言、行動は控えるように」
国を守る貴族としては正しいのだが、先程まで小言を言われ続けていたことを知っている私やポーラは何とも言えない気持ちになる。
明らかに不満を持つ兵士が何名かいたが、ボルダー辺境伯の命令に逆らうことはせず採掘道具、はあちらに置いてきたので皆手ぶらで熱の魔石の採掘に向かう。
昼食休憩を取ろうという頃。
最初に気付いたのはおそらくキジュツ。一人で基地の方に走っていった。
それから少ししてはっきりと分かる定期的な地揺れ。
「竜だ! あいつが来たんだ!」
兵士の一人が叫んで基地の方に走る。
「待て! チッ。全員作業を中断! 一部は熱の魔石を荷車に入れて基地に運べ。残りはあの馬鹿を捕まえてこい!」
私は急いで基地に戻る。竜への対応に不満を持つ兵士を捕まえるためではない。最優先で確認したいことがあった。
おじさんの安否だ。
基地に戻り辺りを見渡すも、兵士も竜もおじさんの姿も見えない。代わりに見えたのは北の城壁の上で手を振るキジュツの姿。
すぐに私も北の城壁に登り、たかったが完全に登ってしまうとおじさんに姿が見えてしまうので、階段の上の方でこっそりと顔を出すだけに留める。
おじさんに対して謝りたいが、それは出来ない。だからどんな態度を取ればいいのか分からない。それ故の半端な対応。分かってはいるのだが……。
おじさんは竜の頭の上にいた。その横にはグレイの姿。
無事だった。安堵して階段に座り、大きく息を吐いた。
その間に竜とおじさんたちは北門に着き、キジュツと話をしている。
熱の魔石が荷車三台分か。それなら先程掘った分でも余裕で足りる。すぐにボルダー辺境伯に伝えて来ようと腰を浮かした瞬間、見つけてしまった。
建物の屋根から竜に向けて弓を構える兵士の姿を。
他の兵士は何をしている、と下を見れば倉庫を中心に探している様子。
採掘を始める前に倉庫に武器を置いたからか! 竜に対して害意があるなら武器を取るはず。
しかし実際は違った。多分だが、あの兵士はバリスタや投石機を利用したかったのだろう。しかし北の城壁にはすでにキジュツがいたため断念し、武器庫にあった弓を手にした。
だがそんなことはどうでもいい。問題はあの兵士が竜に攻撃を加えようとしていること。
狙いはどこか。狙いやすい竜の頭か、急所の可能性がある目か。距離があるため精密な射撃は難しいと思うが。
関係ない。あの兵士の攻撃を防ぐしかない。竜が驚いたり、痛みで暴れれば北の城壁は壊されおじさんも大変な目に合う。
矢が放たれる直前、私は剣を抜いて床を蹴り射線に飛び込む。
剣で防ぐ。私の身体に当たっても良い!
矢は竜には当たらなかった。




