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お嬢様はおじさんの様子を伺う

 今、北の前線基地で話題となっている場所がある。

 

 食堂近くにある古倉庫。滅多に使われることのない大工道具などが閉まってある場所に、屋台が出来たそうだ。

 屋台の大きさの関係もあるので客は先着四名。値段も安く、味は美味い。しかもツケが利く。

 ……ツケって何でしょう?


 とにかく、こんなことを突然始める人を私は一人しか知らない。

 おじさんだ。絶対におじさんだ。部下として配置されている人から屋台の店主はおじさんだったと聞いている。

 

 北の前線基地に来てからおじさんが何をしているのか全く知らない。今までだったらポーラの召喚獣から話を聞けたのだが、肝心のポーラが巡回や訓練で疲れ切って余裕がないので話を聞きに行けない。

 それに卒業式の際にポーラの召喚獣はポーラよりもおじさんを優先していた。あの姿を見る限りどちら側なのかは明白。


 だからこうして直接おじさんの様子を伺いに来たのだが、この古倉庫は狭い。入ってしまえば確実に姿を晒すことになるので、入り口からこっそりと中を確認する。


「それでは食堂は一週間の当番制で?」


「そうなんだ。料理人を雇う余裕はないから、初日に一週間分の食料を渡されて頑張れってな。そこそこ食える奴が当番なら良いんだが、不味いのばかり作る奴や使う食料の量を間違えて早々に切らす奴とか最悪だ。いや、最悪と言うと貴族の坊ちゃん、嬢ちゃんが当番になったことがあったんだが、たった一日で一週間分の食料全部使いきってな。次の日から巡回も訓練もそっちのけで極寒の森林で食材探しに明け暮れたよ。あの時はやばかったなあ。それ以降貴族の坊ちゃん、嬢ちゃんは当番制から外されることになったよ」


 おじさんを発見。客は副隊長!?

 同じおじさん同士だから話が合うのだろうか。


「美味しいな、これ。うちの村で作っていたやつに似ているけど」


「多分それですよ。近くの村の農作物ですから。懐かしい味ですか?」


「いや、こんな味じゃなかったけど。調理法も全然違う。なのに不思議と懐かしいなあ。味は全然違うんだがなあ」


「故郷のものだからでしょう? 私の場合は逆に似たような味にしても、どうしても違和感を覚えますし。味じゃないどこかで、懐かしさを感じているんでしょう」


 ……故郷。話を聞く限りおじさんは故郷の味を作ろうとした。でも失敗した。味は似ていても懐かしさをまるで感じなかったということだろう。

 おじさんは帰りたがっている。元の世界に。


 当然だ。突然召喚されて、捨てられて。戻りたいと誰だって思う。それを、望む。

 私が、おじさんを。


「やっほー。元気?」


 突然声を掛けられ、振り返るとそこにいたのはボルダー辺境伯の召喚獣。確か。


「ピエロマスク……?」


「そうです! でも正確にはピエロマスクのキジュツ。キジュツと名乗っていますので覚えてくださいね。それで、ちょっとお話しません? ああ、でもここから離れすぎると会話が出来無くなるのでこの辺りで。寒いでしょうけど我慢してくださいね」


 何だろう、この有無を言わせぬ感じは。それに少しだが敵意のようなものを感じる。ボルダー辺境伯に何かしただろうか。

 ここで断れば怪しく思われるだけなので笑顔で受け入れる。


「ええ、構いませんよ。何の話でしょうか?」

 

「笑顔が硬いよ。そう警戒しないでください。ちょっとおじちゃんについてどう思っているのか、と思ってね。周りの話は色々と聞いたけど、本人に話を聞くのが手っ取り早いと思ってさ」


 まさかのおじさん関連。いや、おじさんもキジュツも同じ召喚獣で、勝手にどこかに行く程度には仲が良いはず。そうなれば私の不当なおじさんへの扱いに怒りを覚えてもおかしくはない。


「わ、私は……」


「ほら、おじちゃんって翻訳能力以外は無力なおじちゃんでしょ? 聞いた話だとどんな魔物が相手でも逃げるしかないって。多分、平和な世界から来たから生死をかけた戦いをしたことがないんだよ。そんなおじちゃんを捨てるってのはどんな考えからだろうと思ってね」


 これは何かを知りたくて聞いているのではない。言外に責めている。鬼畜のような所業を良くできるな、と。

 ただ私はこの批判を受け止めるしかない。事実であり、私が犯した愚行――。


「あっと、失礼」


 キジュツの懐から何かが落ちた。拾い上げてめくれたページを見ると薄い紙の束に何か知らない文字がびっしりと書かれている。


「すみません。それおじちゃんの。手帳ってやつで予定を書くそうですよ。読めないから分からないけど大変そう。でも、退職、定年、隠居? が見えて来ていたって。そうしたら国内を回りたかったらしいよ? もう無理だけど!」


 手帳を渡す手が震える。キジュツの言葉を受けて罪悪感が増した。

 今までも、おじさんの人生を奪ったと、酷いことをしたとは思っていた。しかし今の話を聞いて、より明確に理解した。

 人生を奪ったなんて曖昧な表現ではなく、何をして、何をしようとしていたのか。それを奪ったのだと。

 

「えっと、うん。ごめんね、ちょっと用事が出来たというか……。失礼するね!」


 古倉庫の裏に逃げるように去っていくキジュツを私はただ眺めていることしか出来なかった。




「いや、グレイちゃん。その光線銃向けないで。私に効く。というか効かない奴いるの? 幽霊?」


「その手帳はどうした? 何を考えている?」


「あっはっは、おじちゃんの前と全然違う。大丈夫、この手帳は私がおじちゃんにお願いして借りただけ。盗ってないよ。考えって言われても、困るなあ。ただ私は君たちよりずっと前からこの世界にいるから、この世界の人間について少し詳しいだけ。気付いていないと思うけど、あの子の心が壊れかけているよ。最悪自殺するかも。だから荒療治でも良いから触れておこうと思ってね」


「……それはトモダチのためになる?」


「なるね。考えてごらん。おじちゃんは優しいから、自分に関係がなくても知り合いが死んだら悲しむでしょう。それが誰であれね」


「……なら良い」


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