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お嬢様は極寒の森林を巡回する

 極寒の森林の中、些細な物音一つ聞き逃さないように集中する。

 今は基地の兵士を十人連れて巡回中。あのマスクピエロ曰く、危険な魔物は排除したと言っていたが、それが油断をして良い理由にはならない。

 しかし慣れない環境で長時間の警戒。想像以上に消耗する。


「今、何か聞こえませんでしたか? 唸るような」


「唸る、ですか? となると、スノーウルフ辺りが狩りを成功させたのでしょう。あいつらは雪の中で何日も待ち伏せをしますから。ただ頭が良いので狩る相手は選びます。今みたいに複数人で固まっていれば襲い掛かってくることはありません。ちょっと一人になった瞬間に襲われた、なんて話はよく聞きますので一人にはならないでください」


 スノーウルフ。覚えておこう。

 しかしさすがは北の兵士。この環境に慣れているのか疲労の色はない。こちらはまだ巡回を半分も終えていないのに疲れで身体が震えてきた。


「……あの。震えていますけど、もしかして熱の魔石が切れていませんか? ああ、やっぱり。交換しましょう。全員、集まってくれ」


 確認してみると服に仕込んでおいた熱の魔石が輝きを失っていた。つまり震えは疲れではなく寒さから。そんなことも分からなくなっていたとは。

 すぐに交換するため、兵士が持っていた仕切りのある木の箱から熱の魔石を取り出して、輝きを失った魔石を布袋にしまう。

 熱の魔石は熱の魔石同士でくっつくとその数に応じて高温になるため、大量に運ぶ際にはこのような仕切りのある箱で運ぶ。逆に使い終わった魔石はくっついても何の反応もしないので袋にまとめる。


「交換する際にも気を付けて、出来る限り早くお願いします。木や枝に身体を巻きつかせて潜むハイドスネークという魔物がいます。そいつは毒を持ち、熱を感知して噛みついてきます。しかも噛みついてらすぐに逃げて獲物が弱るのを待つタイプですから、こっちが大人数だろうが小人数だろうが関係ありません。熱の魔石を取り出す際には少しでも周りに見えないように仲間で壁を作ってから交換をお願いします」


 この北の最前線で魔物を退治し続けるために必要な知識。ただ教えるだけではなく、それが必要な状況で教えてくれるために覚えやすく忘れにくい。

 本当に北の兵士は凄いものだ。警戒をしつつ私のような未熟者を見る余裕もある。熟練度が違う。

 

 だが、その差に落ち込んではいられない。その差を少しでも埋めるために、このような兵士を率いて戦えるようになるためにここにいるのだ。


「ありがとうございます。それでは巡回を続けましょう」


「いえ、今日の所は止めておきましょう」


「そんな! まだ半分も……!」


「自分の震えの原因も気付けないようでは、このまま巡回するのは危険だと考えます」


 熟練の兵士にそう言われては何も言い返せない。

 

「分かりました。それでは今回の巡回はここまで。撤退します」


 形だけではあるが私がこの部隊の隊長だ。故に部隊への命令はどんなことであろうと私が下さなければならない。

 悔しいという思いもあるし、まだ続けたいという思いもある。しかし引き際を間違えれば自分だけではなく付いてきている兵の命も失うことになる。

 

「初日は巡回できたのに……」


「初日はもっと人数がいましたし、一帯の魔物を退治した後だったので緊張や恐怖もほとんどなかったはずです。十日ほどで定期巡回を半分出来るだけで大したものですよ」


 慰めなのか、本気で言っているのか分からないが、どちらにせよ自分の出している結果に不満があることには変わりがない。

 もっと精進しないと。


 しかしもう十日か。おじさんがいなくなってから。




 いなくなったのはおじさんとポーラの召喚獣のグレイ。そしてボルダー辺境伯の召喚獣のピエロマスク。

 ボルダー辺境伯当てにピエロマスクが書置きを残したため発覚した。

 巡回から戻ってきたときにボルダー辺境伯が怖い顔で待っていたときは一体何事かと思ったが、別室に通されて事情を説明されてから頭を下げられたときはそれはそれで怖かった。


 どうやら以前からピエロマスクは召喚主であるボルダー辺境伯に何も言わずに行動を起こすことが多く、今回はそれにおじさんとグレイを巻き込んだのだろうと。

 ただ私は逆の可能性について考えていた。

 おじさんがここから出て行きたく、監視役のグレイを連れ、案内人として北の領地に詳しいピエロマスクを誘ったのではないか。


 書置きにはピエロマスクが主導で、と書かれていたらしいが実際のところは分からない。

 ただ、良い機会だと思ったのでボルダー辺境伯に召喚獣との付き合い方を聞いた。しかし返ってきたのは意外な返答。


 特に何もしていない。


 というのもボルダー辺境伯が召喚獣に求めたのは自身を非難してくれる存在。当時ボルダー辺境伯の周りには自分の意見を肯定する者しかおらず、このままでは危ういと感じて召喚獣にそれを求めた。


 その行いは成功した。


 政策を考えれば反対意見を出してくれて、軍事作戦を立てれば穴を指摘してくれる。

 慎重になれば大胆に、大胆であれば慎重に。茶化しながらの反対意見に苛立ちを覚えることはあれど、間違ったことを言うわけではない。

 だから行動に制限を付けなかった。


 行動に制限を付けてしまえば、いずれは発言に影響が出てくる。発言に影響が出れば自身への非難も出来なくなる。そうなれば間違えてしまうかもしれない。

 貴族に、領主に間違えは許されない。


 何とも羨ましかった。ボルダー辺境伯は私がおじさんを捨てずに上手く関係を築けた時の姿なのだ。無条件に信頼し、その信頼に応えてくれる。

 愚かにも失敗した私がそれを壊すわけにはいかない。


 だから私はボルダー辺境伯がピエロマスクに行動に制限を付けると言い出した時は反対した。

 その美しい関係を壊してほしくなかった。




「隊長、俺とかどうですか?」


「……はい? えっと、すみません。どういうことでしょう?」


 巡回を途中で終わらせて戻る途中、部下の一人が自身を指さしながらそう言ってきた。

 おそらく気落ちしていた私を慰めるための発言だと思うが、意味を理解出来なかった。

 だから実質的に部隊を率いている副隊長に助けを求めるように視線を向けた。


「この馬鹿! ああ、今のは自分は優秀なので隊長、ルイス公爵家で雇いませんかというアピールです」


「公爵家で、雇う? すでにボルダー辺境伯家に雇われているのでは?」


 一応部下として率いてはいるが、彼らは全員ボルダー辺境伯に雇われて北の前線基地で働く兵士だ。路頭に迷う人間ではない。


「まあ、定例となっているようなことなのですぐに知ると思いますが。ここの給金は良いんですが、魔物が強くて結構辛いんです。だからここに経験を積みに来る若い貴族の部下として働いて、その貴族に腕を買ってもらい雇ってもらうんです。そうして危険な前線から、給金が多少下がろうとも安全な中央の貴族の部下として安定した仕事をする。まあ、転職ですな」


「それではボルダー辺境伯の兵が不足することになるのでは?」


「それはご安心下さい。ここは給金が高いので出稼ぎに来る者が多いのです。それに北の前線基地で兵士をしていたとなれば西や東の開拓地では好待遇で兵士として雇われるのは確実。金や箔付のためにここで兵士として働きたい者は数多くいます」


 出ていく数だけ入ってくると。それなら多少引き抜かれてもボルダー辺境伯はあまり気にしないというわけですか。

 しかしそれでは人の入れ替わりが激しく、質が徐々に下がっていってしまうような気がしますが。


「その辺りは、俺みたいな古参兵がいますから。教官として新人兵を鍛え上げて、若い貴族のお目付け役として共に行動し、昔からここに住んでいて土地を離れるのも億劫なので勧誘も断る。ボルダー辺境伯から見れば便利な奴ってだけかもしれませんが」


 そんなことはない。きっとボルダー辺境伯は感謝しているだろう。


「なるほど、分かりました。それでは先程の返答ですが、申し訳ありません。まず私に兵を雇う権限はありません。全て父が管理しております。推薦する程度ならできますが……。、少し申し上げにくいのですが、公爵家ですので募集の数が多くその内の優秀な方だけを雇っています。こちらの副隊長さん並でないと父に推薦することは出来ません。それに父や兵士総長などはスタンピード経験者なので、訓練がここより厳しいですよ?」


「スタンピード経験者ですか? おい、止めといた方が良いぞ。スタンピード経験者は魔物への憎悪が強く、訓練などはスタンピードを生き抜くことが目的になっているから本当に厳しいぞ。ここで兵士をしている方が楽かもしれん」


 副隊長は過去にスタンピード経験者に会ったことがあるのだろうか? 兵士総長のことを言っているのかと思った。スタンピード経験者は皆あんなに強く怖いのだろうか。


 私にアピールしてきた兵士は話を聞いてすぐに先の言葉を撤回。他の兵士からいじられることになった。


 そして前線基地に戻ればそこには大量の農作物を持ち帰ったおじさんとグレイ、ピエロマスクがいた。


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