おじさんは北の町で準備をする
北は開拓に失敗した土地。より正確に言えば、山を越えた先の極寒の森林地帯を見てこれ以上北への開拓は無理と判断された土地。
野心溢れる若者からすれば未だに開拓中の西と東の方が夢があり、慎重で安定を求める人は中央に行く。
つまり北は、領民が少ない。
だから北のボルダー辺境伯領は税収が少ない。しかし辺境伯の責務として他よりも強い魔物を常に退治し、スタンピードを起こさないように監視しなければならない。
故に兵士を多く雇い他よりもやや高い給金で繋ぎ止めるしかない。
「税収だけでは赤字でして、魔石の売買で何とか稼いでいる状況なんです。その魔石の売買も安定しませんし。知ってます? ボルダー辺境伯はいつもそのことで頭を悩ませていて、少し頭が薄くなってきているんです」
頭が薄くなってきていることは隠して上げてほしい。私も気になっているんだ。
ただ話の内容は会社などでは良くある話。要は一つの部署が赤字を出して、黒字を出している部署が補っている。それだけ。
だからこそ、答えは簡単。
「難しいですね」
あっさりと答えが出るのであれば、赤字に苦しむ経営者などいなくなっているだろう。
それに私はこの領地に来たばかりだ。問題の改善点などすぐに思いつくはずがない。
「地道に頑張れ以外に何も言えないよね」
「おや? お二人とも同じ答えですか。北の領地が富むようになるにはまだまだ時間がかかりそうですね」
大して期待していなかったのだろう、ピエロは大仰に肩を落とすがそこに落胆の色はなかった。
ん?
「グレイ、今何か臭わなかったか?」
「臭い? 特には? そっちは?」
「いいえ? 谷間を抜けた直後ですか? 思い当たる節もありませんし、ご自身の加齢臭では?」
人の気にしていることを平然と言ってくれる。
しかし気の所為だったのだろうか? どこかで嗅いだ臭いだった気がしたのだが。鼻が変になったか。それともピエロの言うように……。
あとで念入りに身体を洗うとしよう。
「ようこそ、北で最大の町。ホホロへ」
北の前線基地に行く際には通り過ぎただけなので、こうしてじっくりと見る機会はなかったが、こうして目的地として訪れてみると。
「ええ、何を仰りたいのか良く分かります。どこか田舎臭い、ただ大きいだけの町。ここが一番大きい町って本気?」
そこまで言うつもりはないが、逆に感想を求められても困るので何も言わない。それに、言葉が悪いだけでピエロが言う通りの印象なのだから。
山一つ越えただけで温度もだいぶ変わり、極寒から寒い程度まで落ち着いた。ここらであれば普通に人が住めるだろう。
「この馬車は屋敷に置いておけば勝手に回収して……。そうだ、おじちゃんがいるんだった。おじちゃん、ちょっと一緒にそこまで行きません?」
ナンパのような口調のお誘い。この町に来たのは初めてで、案内人と離れられるはずもないのでピエロの後に続く。
行われたのはピエロの簡単ないたずら。
言葉が通じないと思っている使用人を無意味に話しかけては驚かせ、馬車を任せて逃げていく。
ピンポンダッシュ並みの無意味さだ。
「楽しかったかい?」
「もちろん! 皆の驚いた様子が見れて非常に愉快。おじちゃんには感謝です」
ありがたや、などと言いつつ手を合わせてくるピエロの行動に若さを感じた。昔の私にあって今にはない積極性。
代わりに昔になかったものを持っているので困ることもなければ、羨ましいとも思わない。ただ眩しいだけ。
「それでトモダチ、町では何をするの?」
「マイケルさんに紹介してもらった商人に挨拶だけして、今日は馬車に乗りたくないから明日に村を回ろう。そのための準備をしよう」
眩しいものを見ていても目が疲れるだけなので、グレイを見て心を落ち着ける。
……宇宙人のグレイを見て心を落ち着けるとは。この世界に慣れてきたのか、染まってきたのか。
「おや? 挨拶だけなんですか? 商人と繋がりが欲しいなんて言っていたので何か欲しいものがあるのかと思いましたが」
「挨拶は重要ですよ。それに欲しい物だって、町や村を見て回ってからで十分です。もちろん、ピエロさんが欲しい物がるというのであるのであれば、その時に頼んで貰っても構いませんが」
「特にありませんので大丈夫ですよ。では、商人への挨拶が終わりましたら町の案内を致しましょう。お時間は取らせません。見るべきところなど少ないのですぐに終わりますから」
皮肉なのか、何なのか。所々で貶める発言をするので素直にお願いしにくい。笑って返答を誤魔化しておこう。




