お嬢様は北の前線基地で話を聞く
開拓の歴史は浅い。
元々は繁殖能力の高い魔物が十数年程度で、住処となる森や草原では抱えきれないほどに増え、集団で人の住む領域にやってくるスタンピードの発生を抑止するために定期的に魔物を間引いてきたのが始まりとされる。
最初の頃は死人も多く人口の維持が精一杯。開拓など出来るはずもなかった。
しかし時が経ち、二つの要因が重なることで開拓が一気に始まった。
一つは国民、特に兵士が強くなった。長い間魔物と戦い続けたことでそのノウハウが集約され、昔のように戦死することが非常に減り、一般国民ですら昔の兵士以上に戦えるようになった。
もう一つは南の大陸との交流。技術交流が盛んとなり美術品などが入ってくるようになったが、最も影響を与えたのが召喚魔法。
召喚魔法により戦力が強化。更に国民が強くなったため以前のように魔物に殺されることが無くなり人口が増加。国民を全て抱えるのに、当時の国土は少し狭かった。
魔物から見れば人によるスタンピードだっただろう。
たった二十五年で東は森を抜け、西は山を抜けた。しかし北は、この極寒の大地で止まった。
仕方がない。人が住めるのは気温が低く、時折雪が降る山の前まで。山を、谷間を通り抜けた先の常に吹雪く森林は人が住めるところではなかった。
だから西や東と違い、北は開拓を終えて今は魔物の間引きが主な役割。スタンピードを発生させないための剣であり、国を守る盾である。
過酷な環境を生き抜く魔物は他の地域の魔物より強く、北の兵士と言えば王国一の精強な兵として知られている。
そんな責任ある領地と兵士をまとめ上げるのがヘルム・ルーズ・ボルダー辺境伯。父は召喚魔法が伝来した時にはすでに成人を迎えていたため召喚獣がいないが、ボルダー辺境伯は運よく学生であり召喚獣を従えている。
召喚獣を持つ貴族領主としては最古参。召喚獣と良好な関係を築く方法を是非聞いてみたい。
「ようこそ、などと歓迎はしない。ここは過酷な自然と魔物の脅威と戦う最前線だ。貴殿らを迎え入れただけで特別扱いであり、これ以上の厚遇はないと思ってほしい。そうだ、一応名乗っておこう。私がヘルム・ルーズ・ボルダー。ここの要塞の最高責任者であり、北の領主でもある」
「はい、この怖い顔をしたおじさんは皆さんを迎え入れるために色々と準備していました。兵士の皆さんと共に、皆さんが来た時の予行練習や、熱の魔石の採掘なども行ってきました。危険な魔物の討伐なども事前に終わらせ、一定の安全は確保されています。過度な緊張をせずにここに慣れてくださいね」
そう思っていたのだが、非常に話しかけにくい状況になってしまった。
おそらく、おかしな仮面を付けた女性がボルダー辺境伯の召喚獣なのだろう。ボルダー辺境伯の努力を赤裸々に暴露している。
しかしボルダー辺境伯は動じない。通常であれば、召喚獣の言葉は誰にも通じない。精々同じ世界から来た召喚獣だけ。つまり、あの仮面の女性の言葉を理解できる召喚主はボルダー辺境伯のみとなる。
しかし、今はそこに気まずそうな顔をしているおじさんがいる。いや、気まずそうな顔をしているのは皆同じ。まさか召喚主の努力を大声で暴露する召喚獣がいるとは思っていなかったのだから。
まさか自分の召喚獣による暴露話が全て理解されているなどと知らず、ボルダー辺境伯の話は続いた。
「ここで暮らしていくためには必需品であり、特産品でもある熱の魔石の使い方を教えて置く。知っているとは思うが、熱の魔石は合わせることで効果が強くなる。服に仕込む際には一つ、部屋を暖める際には三つから四つ、料理など際には六つから十が必要になる。また熱が無くなった際には――」
「ふむふむ、ほうほう、なーるほど。あのおじちゃんが話していたのは本当か。あっはっは。へっちゃん、重要な情報をさっき聞いたんだけど。緊急性も高くてすぐに対処しないといけない情報」
こちらの反応を見て、そして聞いた情報からあの召喚獣はおじさんの翻訳能力を知っていたのだろう。さっきのは単なる確認作業。
つまりこれから話すのは。
「……少し失礼。何の情報だ?」
「実は、ここに来た召喚獣の中に一定範囲内の言葉を自動的に翻訳してしまう召喚獣がいるんだって」
「そうか、分かった。では……何?」
先程まで絶対に揺るがなかったボルダー辺境伯の強面が徐々に歪み始めた。
「ちょっと待て、それはここにいるのか?」
「そこにいるよ。さっきはごめんね、おじちゃん」
手を振るピエロの仮面の女性とそれに応えるおじさん。その様子を見ながらボルダー辺境伯の顔色が青ざめ始め。
「ではさっきの、お前の話は」
「筒抜け。皆気まずそうな顔をしていたでしょう?」
召喚獣の言葉を受けて、ボルダー辺境伯が倒れた。
どうやらボルダー辺境伯に話を伺う機会はしばらくの間はないようだ。




