おじさんは異世界で親を羨む
蒸気機関。それは科学文明の発展に必要不可欠なもの。
その名前をまさかこちらの世界で聞くことになるとは。
「失礼ですが、その名前をどこで聞きましたか?」
「やはり知っているのだね。南の大陸、いや創聖教の都と言えば良いのかな。そこである噂が流れているんだ。歴史を変える蒸気機関が開発された、とね」
噂で、出所は創聖教。これは必ず一度教会に足を運んであちらの真意を少しでも見極めないと危ういな。
しかし歴史を変えるか。嘘ではないが……。
「なるほど。分かりました。ではまず蒸気機関について簡単に説明しますので瓶など口の小さな容器を持ってきてくれませんか? それと熱いお湯も一緒に」
瓶とお湯、それで何をするのかとルイス公爵は首を傾げるもすぐに傍に控えていた侍従に命じる。
持ってくるまでの間はどう時間を稼ごうかと悩んだが。
「セイイチ殿、貴方のおかげで娘は見違えるほど立派になった。ありがとう」
時間を稼ぐ必要などなく、ルイス公爵が頭を下げて礼を言ってきた。
私に子はいない。だが妻子を持つ弟を見れば分かる。子が成長することが親にとってどれほど喜ばしいことなのか。
召喚獣である私に頭を下げても良いくらい嬉しく、礼を言うことだ。
「私が何かをしたわけではありません、などと無責任なことは言いません。確かに私のやり方を見て何かを学んだのでしょう。ですが、成長したのはリリーナの努力によるものです。褒め称えられるべきはリリーナ自身です。私に頭を下げる必要などありません。それに公爵が頭を下げるなど」
「そのために侍従を使った。この姿を見ているのはセイイチ殿とそこにいるグレイ殿のみ。貴族としての体面もある。しかし親としての体面もある。リリーナには貴族としての体面を大切にせよと教えてしまったため、人としての体面を押し殺してしまう子に育ってしまった。それでは貴族の鑑にはなれても、人の鑑にはなれない。人の鑑であるセイイチ殿おかげであの子もそれに気付いた様子。頭を下げて礼を言うのは当然のことだ」
ああ、親なのだな。
私には妻も子もいない。だから親にはなれない。だからこそ、子のために頭を下げる親の姿が輝いて見えた。
羨ましいとさえ思ってしまった。
「でしたら素直に受け取りましょう。気にするなどとは言えません。これから子を持つ親に感謝されたことを一つの自慢とさせていただきます」
「はは、本当に口が上手い。そう言ってくれるとこちらも嬉しいよ。そうだ、テレサのことも助けてくれたらしいね。詳しい話は聞けていないのだが、テレサが君に一度会いたがっていたよ」
テレサ。エルフの所で出会った聖女様か。それと聖獣を名乗っていた不死鳥もいたな。二度と聖獣の名を名乗れないようにしたはずだが、その後に何か問題でもあったのだろうか。
それから少しの間だけ、ルイス公爵による娘自慢が始まり。
「遅くなり申し訳ありません。口の小さな瓶と熱せられたお湯を用意しました。セイイチ様、こちらでよろしいですか?」
侍従が戻ってきたことで終わり、ルイス公爵は親の顔から貴族の顔に変わった。
「はい。そちらで大丈夫です。それではそのお湯を瓶に入れてもらえますか? その後に硬貨で蓋をして下さい」
侍従が持ってきたのはお湯が入っている鍋と口の小さな瓶。鍋をそのまま傾けて瓶に入れよとすれば床が大変なことになるのは確実。
困った様子で固まる侍従に私はそっと部屋に残されたティーポッドに目を向ける。
意図を察してくれたようで侍従は空のティーポッドを使って瓶にお湯を入れ、硬貨で蓋をして私とルイス公爵の間に置いた。
置かれてすぐに硬貨がポコッと音を立てて動いた。その後も連続に続き、ある程度まで動くと硬貨は動かなくなかった。
「蒸気機関の原理を非常に簡単に説明するとこういうことです」
「済まない、セイイチ殿。まるで理解が出来ない。これが説明なのか?」
私だってこれで理解されるだなんて思っていない。これで理解出来るのであればその人は天才で、発想さえあれば一人で蒸気機関を開発できるだろう。
「ではまず、硬貨が何故動いたのか説明します。ご存知かもしれませんが、液体は沸騰すれば気体、空気に変わります。湯気も空気ですね。瓶の口を硬貨で塞いだことで瓶の中が湯気でいっぱいになり、これ以上収まりきらないため硬貨を動かして湯気が外に出たわけです。連続で硬貨が動いていたのに途中で動かなくなったのは口が開いたからです」
ふむ、とルイス公爵は説明に理解を示すように硬貨を元の位置に戻す。するとまた硬貨が湯気に押されて動いた。
だがこの程度では手品にもならない下らない現象。更に説明を求めるようにルイス公爵はこちらに視線を向ける。
「ご理解頂けたようですね。それでは少し話が変わりますが水車はご存知ですか? 川などの水の流れを利用する設備です」
「知っているとも。あれがあるか否かで村民たちの暮らしは大きく変わる。村民の暮らしが変われば領地にも……。セイイチ殿、まさかそういうことなのか?」
「話が早くて助かります。蒸気機関とは水車のようなことを蒸気の力で行うものです。付け加えて説明いたしますと、どこにでも設置が出来て力の調整も可能です」
設置が自由で力の調整も可能。その意味が分かったのかルイス公爵は唸るような声を上げて口に手を当てる。
それからしばらくして思考に没頭していたルイス公爵が顔を上げた。
「セイイチ殿。知っているのであれば最初に作ってくれても良かったのでは?」
ふふふ。蒸気機関について考え過ぎて思考能力が落ちているようだ。そんなことが出来れば私も苦労はしなかっただろう。何故なら。
「初めましてルイス公爵。私たちの科学文明の一端を教えましょう。それは蒸気機関。この湯気で硬貨を動かす力を使い水車よりも便利なものです。ただ研究に一年程歳月を必要で、様々な試作品を作るのでお金と大量の人員が必要になります。援助してください」
「ああ、そうだな。済まない。おかしなことを言った。どう聞いても詐欺師だ。君に対して信用がなければ信じられるはずがないな。それにリリーナの召喚獣を取り上げるわけにもいかない。原理は分かったんだ。国の研究者にこの話をしてみるよ」
納得してくれたようでなにより。ルイス公爵は侍従に今の話をまとめておくように頼んでいる。
ではそちらの話は終わったと言うことで良いだろうか? ではこちらの話を聞いてもらおう。
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