激突の正門
翌朝目を覚ました銀獅子団の団員達が、エミリーがいなくなっていることに気がついた。バッツは部下からその知らせを聞くと、外の見張りを呼びつけ叱りつけた。
「貴様ら女一人見逃すとか弛んでいるぞ。まさか昨日の夜は歩哨もせずに寝てたんじゃないのか?」
「俺達別に寝てませんよ。そもそも楽しんでいた、バッツ様こそ途中で女一人消えたのに気がつかなかったんですか?」
バッツは三人を鋭い眼光で睨みつける。それに怖気ついたのか先ほどの態度とはうって変わる。
「ひいっ、調子に乗ってすみません。本当に俺達は昨夜は寝ずにちゃんと見張ってました」
「お前ら責任取ってさっさと馬で追いかけろ。女の足だまだ遠くには行ってないはずだ。」
「「わかりました」」
三人は慌てて馬にまたがると駆けていった。
(ちょっと面倒なことになったな)
バッツは思案を巡らせる。この村で略奪した物資のアジトへの搬送は、まだ終わっていない。そもそも今回のラッカ村襲撃も、近々領主によって行われるという討伐隊の派兵に対抗するための調略が主な目的であった。これまで何度も討伐隊を退けてきた銀獅子といえど、団員の消耗はいかんともしがたく、今度の中央から派兵されて来る正規軍と正面を切って戦う力は既になかった。寡兵で大軍を迎え撃つには取れる手段が、籠城しか残されていなかったのである。籠城するにはとにかく食料と金がいる。彼らがここ最近なりふり構わず街道の近隣集落や旅人を襲っている理由はこれである。
(荷物の搬出が終わるのはどんなに急いでも、あと最低五日はかかる。逃げた女が無事逃げ通せても、応援を呼んでくるまでには終わってずらかれるか)
「おい!あり得ないとは思うが、念には念だ村の入口の警備を固めろ」
「ハイ」
「搬出が終わるまでこれからは夜でも気を許すな。お楽しみは今日でお終いだ」
団員は一瞬嫌そうな顔をしたものの配置についた。
そしてすぐに村長を呼び寄せる。今度はどんな無理難題をふっかけられるのかと諦めと恐怖が混じった顔がした村長が現れた。
「村長さんよお願いがあるんだが聞いて貰えないだろうか」
村長の顔が強張る。
「今度は我々に何をさせるつもりだ」
「簡単なお願いだ。今から村人の手で入口近くに、高さはそうだな5m以上の物見櫓を作って欲しいんだが。明後日までに」
「そんなこと急に言われても」
「やれるかどうかじゃない、やるんだ。そもそも逃げた女はお前の娘って話じゃないか。誰のせいでこんなことになっていると思っているんだ」
「わかりました。一つだけ約束があります。あの娘が連れ戻されても、もうこれ以上酷いことをしないよう約束して貰えますか?」
「他の女は良くて自分の娘だけは助けて欲しいってか。まあいい櫓の出来次第では考えてやる。さっさと作業を始めろ。」
村人達は大急ぎで櫓を作り始めた。村の外に出ることが出来ないので、必要な資材は家を解体して捻出することになった。家が解体されて村長の不甲斐なさに失望する村人や、これが無事完成してもこれが使われる時のことを考えると気が乗らない村人もいたが村長が説得してなんとか約束の期日までに間に合わせることが出来た。
バッツは満足そうな笑みで櫓を見上げる。
「まあまあの出来だな。頑張ったと褒めてやる」
迎撃態勢が整ったことに一応の満足はしたようだ。しかしバッツには気がかりなことがあった。追手に差し向けた三人が帰ってこないのである。
(どこで道草を食ってやがる。まさかミイラ盗りがミイラになったとかじゃないよな。)
「あの三人はまだ戻ってきてないのか?」
再度部下に尋ねる。
「へい、まだ戻ってきてやせん」
「この大事な時期に、もしかして馬を持ち逃げしたんじゃないだろうな」
「あの三人に限ってそれはないと思いますよ」
「だといいんだがな」
(なんだか嫌な予感がする)
「櫓に弓を持ったやつを二人配置しろ。それと何かあったらすぐ俺に連絡しろ」
「わかりました」
その頃ビリーはようやく村の近くまで来ていた。一旦馬を隠した後、村の周囲の森に身を隠し村の様子をエミリーと伺う。エミリーが村から逃亡して既に二日以上が経っていた。エミリーは見慣れない櫓の存在に気がつくとビリーに伝える。
「あんな物私がいた時にはありませんでしたわ」
「とういうことはエミリーが逃げた後大急ぎで作ったわけね。向こうもエミリーと三人が戻って来ないことを警戒しているということか。」
「早く皆を助けて下さいまし」
「早く助けたいのはやまやまなんだけど、ここまで警戒されると手が出しづらいというか」
(どうしたら。どうしたらいいのかしら)
一刻も皆を早く助けたいという気持ちからか、苛立ちが段々隠せなくなってきたエミリーを気遣ってビリーは声をかけた。
「正面から行こう」
一刻も早くの村の奪還を優先することにした。当然リスクが付きまとうあまりスマートな策とは言えないのは承知の上である。
ビリーは背嚢から何やら機械の部品を取りだすと慣れた手つきで組み立て始めた。
「それはなんですの?」
エミリーは尋ねた。
「組み立て式のクロスボウさ。ウインチ付きで一回の装填で二連射出来る優れものさ。これで物見櫓の二人組を叩く。エミリーはここで隠れて見ていて」
ビリーはそう言うと村の入り口に続く道に見張りから悟られない場所で森から合流する。
「ビリー様、ご武運お祈り申し上げます」
(女の子に応援されるってのも不思議な気持ちだ)
ビリーは走りだした。全速力で村の入り口を目ざして。
走ってくるビリーにまず気がついたのは櫓の二人組だったすぐに大声を上げて状況を知らせる。
「おーい!誰かこっちに走って向かってきてるぞ」
その声を聞いた団員達が一斉に武器を取り臨戦態勢に入る。
「数は?」
「一人、一人だ」
「見た所旅人って感じだ」
「なんだよ驚かすなよ」
団員達の間にふうという気が抜けた安堵の声が響渡る。
「威力偵察の可能性もある警戒を怠るな。」
バッツはそう檄を飛ばす。
ビリーは入口に差しかかった、敵は槍を持った四人やれる。そう相手が誰であろうと負けないという気概が大切だと気持ちを奮い立たせる。
「悪いが今日はここは立ち入りき」
見張りが喋りきる前にナイフを走りながら投げた。投げたナイフは縦に回転しながら太ももに深く突き刺さった。
「なんだこいつやりやがった」
「一人でこの人数相手に戦うつもりか」
残りの三人が槍先がビリーに向けられる。ビリーの胴を狙った渾身の突きそれを身をひねってかわすと抜刀と同時に相手の左手首を狙い下から切り上げる。ザシュという音とともに左手が地面に落ちる。
「うっ……」
疾風のように余韻に浸る暇なくもう一人に切りかる、咄嗟に槍で防御するも受け切れずに尻もちをついた。倒れた相手の右足首に向けて剣を払う「スパッ」という音がしたと思うほど何の抵抗もないかのように、真っ赤な血しぶきを上げながら足首が中を舞う。何が起きたのかわからないような顔で、飛んでいく自分の足首を眺めていく顔を前蹴りで踏みつける。
「ぎゃあ……」
今悲鳴を上げた団員の腹を助走をつけて最後に立っているやつ目がけて思い切り蹴り上げる。体が宙に浮きあがり5m程離れた目標に向けて飛んでいく。飛んでくる味方にどうしていいのかわからずパニックになったのか、受け止めて倒れ込んだ。上に重なった味方を押しのけて立ちあがってきた所で剣をサクッと右太ももに突きさす。
「痛え……」
あまりの出来事に櫓の男達はあっけに取られていた。想定外のことが起きると人間は硬直しがちであるが、ここにきて正気に戻ったのかクロスボウを構えて射撃姿勢に入った。ビリーは太ももを刺した男の喉を掴んで持ち上げると、盾として櫓のほうに向けた。同士討ちを恐れてまたしても男達の動きが止まる。ビリーは背中から森の中で組み上げた、クロスボウを取りだすと櫓のほうに向けて二射した。それぞれ男達の胸に突き刺さる。急所は外したが、男達はその場で崩れ落ちる。それを見届けたビリーは喉を掴んでいた団員を地面に投げ捨てた。
周囲を見渡して他に敵がいないことを確認すると、クロスボウのウインチを巻き再装填を済ませる。ビリーは痛みでのたうち回る団員の中でも、比較的軽傷のを選んで髪の毛を掴んで無理やり起き上がらせた。そしてその団員を引きずりながら入口に堂々と足を踏み込んでいった。