昔話って下らないけど
涙の向こう側を知りたい。
私は長生きしている、数多いる人間よりは生きている。
不老になったのはもう二百年も前で、不死に気付いたのはそれと同時で、傍観者になったのはその出来事を挟んだ一年間の物語だ。
私が彼、彼女らに干渉し始めた出会い。
それはとても些細なことで、それはとても小さなことで、それが大きなことに繋がるとは知る余地もなかった。
その時の私はまだ青くて、まだ咲きほこれなくて、まだ未熟であった。
今も尚、そのままだが、その時以上に生きてる。
異常なまでに生きている、生きてしまっている。
彼、彼女らの涙を忘れられずに呼吸を続けて鼓動が続いている。
昔話を君にしたい。
君は私の話を黙って聞いてくれるかい?
伺うのは恥ずかしいが何もなしに語るのはもっと恥ずかしい。
私はまだ青く、咲きほこれなく、未熟であるから。
君が頷いたのを確認した。
それじゃあ、語りに入ろう。思い出に囚われている私の今までを。
2010年、日本に住む17歳お年頃。
日付に関心がなく、時期だけ肌で感じ取っていた春。
窓の外に明るい桃色の花びらが風に乗っていた。
部屋の中は陽の光でそれなりに明るさを保っていた。
椅子に腰かけて左腕で頬杖をし、窓の外に広がる空を眺めていた。
無意識の中に浸っている僕は時の刻む音すら忘れてしまうほどであった。
我に返ったのは数時間後、携帯の震える音で気づいた。
もう夕暮れであり、陽の光はオレンジ色。
光の先に薄暗くなっている僕の部屋。
部屋にはガラクタにしか見えない数々の本やゲーム、意味もなく買ったギターに突発的に買った服の山。
その中で生活するのは気分の良いものではない。
時折、その惨状に気分を害して寝込むのも多々ある。
まず、僕は片付けが出来ない人間であることが一目瞭然だ。
さて、震えた携帯の行方を探る。何処にあるのか何処に置いていたか何処かにあるはずのモノを探す。
探し物は基本的に灯台下暗し、身近にある。
そう、実は自身の真横に置いていたことに気付く。
ライトの色で何で震えたかが分かるようになっている最近の携帯電話。
どうやらメールのようだ。
二つ折りの携帯電話を開いて送信者の確認をする。
至って普通のメルマガであった。
何時ぞや登録した覚えがあるサイトからであった。少し落胆した。
記憶にある程度のどうでもいいメールを確認して携帯を閉じる。
閉じる時、また何かに怯えるように携帯が震えた。
先程のメールというのもありあまり期待はせずもう一度携帯を開いて送信者を確認する。
送信者、私。
『やっほー!元気してますかー??シオリさんだよぉ!!って自分のことを忘れることはないかー!あっははは!!さてはて未来からお手紙を送信させていただきましたこと…、あっ、まずは何年後のシオリさんか気になりますよねー??気になっちゃうよねぇー??気にするよねぇ??なんとなんと!今シオリさんは!100歳ですよぉ!驚きだねっ!驚きの事実だね!驚きは隠せないだろう!?即ち、えーっと、確か17歳のシオリさんに送ってるはずだから…はちじゅう…さん?83年後シオリさんだってよ!!ヤバいね!ヤバいでしょ!やばやばのやばばっ!さて、ふざけるのもこの辺にしようかしらね。何故過去のシオリさんにメールしたかを説明するする。一に、過去との干渉が出来るようになったということでお試しです。二に、シオリさんに知って貰わなければならないことがありまして送りました。それは不老不死というのはご存じ?いや、知ってて当たり前のことね、うん。シオリさんね、どうやら不老不死みたいよ。永遠の17歳を得てたみたい。伝えることはこれで、三に、シオリさん、どうやらシオリさんは神様だってさ。天の人、神様。森羅万象司る神です、あなたは。さてはて告白を受けてシオリさん?どーですかぁ?これまたおどおど驚き驚きんぐだねっ!!…まあ、17のシオリさんに知ってて貰わなきゃいけなかったのよ。後知ることになるし、後体験することなんだけどさ?言っておきたかったの。きっとシオリさん、嘆くことになるから。前もって知ってたら大丈夫よね?大丈夫だよね?大丈夫って言ってよ?それじゃあ、文字制限ありますし一方的だったけどシオリさん、よろしくね』
読み終えた感想はよく出来た戯れ言だというモノであった。
悪戯にしてはなかなか面白い。下らない内容なのに僕は読み終えたんだ。そう、面白おかしかったから。
気紛れに返信をすることにした。
気紛れだ、返信出来るかも分からないし悪戯だってことも分かってるし正直リスクある行動だと思う。
それでも気紛れに勝てなかった。理想としてもっと見たいから。
「未来のシオリさん、メール見ました。届くか知りもしませんが送ります。本当に未来のシオリさんで、本当に僕が神様で不老不死だと言うのであればそれはそれはとても面白いと思います。質問です、どうして17の僕に送ったのですか?切りの悪いタイミングの僕に送ったとしても意味が無いと思います。質問二つ目です、未来のシオリさんの世の中はどんな姿であるのでしょうか?素直に気になります。最後に、あなたは誰ですか?」
頭悪い返信を送信した。不可思議にも送信は完了した。
僕の未来か、僕じゃない誰か。
少し楽しみにしてしまっている僕が居た。それが大変な事態に繋がるなど知りもしないで心を躍らせていたんだ。
携帯を閉じて椅子の背もたれに縋る。体の関節が音を立てる。パキパキという音が部屋に響くほどの静寂の部屋の天井を見る。
何をしているんだ、と我に返る。何を期待したんだ。何を求めたんだ。自分の戯れに嫌気が突き刺さる。
もう陽は消えていた、明かりをつけないこの部屋は言うならば暗黒とでも言える。
眺めていた窓の外の空は星と月。誰にも届かない遠い存在。その遠さは未来に通ずるものがある。
さて、物思いにふけるのもいい加減にして体を起こそうとする。
パキパキとまた音が鳴り響く。起こそうとする体が後ろに下がる。
これは背もたれが壊れましたね。
バキッと鈍い音、これは背もたれが折れた音だ。後ろに倒れ込む僕。
天井がゆっくり遠くなる、刹那的なことなのにスローモーションのように感じる。
後頭部が床に当たったまでは記憶の残っている。その後は暗転してからは何も覚えていない。
痛いと感じたような感じてないような感覚の中、意識も遠のいていく暗転、軋んでいる体は言うことを聞かず、暗黒の中でも写す瞳には瞼が重なる、脳裏に過ぎった一言は「このまま死にたい」
夢、その中では自由自在。
何をしたってなにも残らない。空っぽの自由がある世界。
僕は僕を見つけた、今の姿形をしている僕を。
僕は言う「シオリさんかな?」
目の前の僕は言う「そうさ!シオリさんだよ!」
シオリさんは健気に答えた。シオリさんが僕であることを把握する。
「さてさて、シオリさんに何か用かな?」
座り込み手招き、隣に僕を誘導するシオリさん。
それにつられて隣に座り込み口を開く。
「いや、特に用はないと思いたい」
問いの返答は冷たいもの。
「思いたいというのは何かあるわけだねね?」
シオリさんはふざけながら言う。
「頭が回ってないから発言すべきことがわからないんだ」
僕は正直に話す。
「うーん、シオリさんは君だから言いたいこと分かるんだけども答えても良いのかな?かな?」
やはりふざけるシオリさん。
「好きにしろ」
いい加減になる僕。
「君は死ねないから、未来のシオリさんより」
死にたいと願って夢に入った僕に突き刺さる発言。
あぁ、夢の自分にもそれを言われるとは本当にそうなのかも知れない。
まだ疑いたい、まだ信じられない、まだ死ねると思ってる。
瞳を閉ざして夢も幕を降ろした。
目を開いて同時に夢を見ていたと感じた。
さてはて、何時だろうと気を失ったことに驚くこともなく冷静に時刻を確認する。
閉じた携帯を手にしたままであったためその携帯で時刻を見る。
メールが一件。
ほぅ、もしかしたら返信来てたりと少し期待する。
時刻の確認は流しで確認してメールを開く。
送信者、私。
なかなか面白いことが起きてるかも知れないも胸が熱くなる。
『質問三つとも答えてるでしょーよ。一はお試しというのと、お伝えをしておきたかったというもの。二は不老不死だから何も変わってないしそのままシオリさんのままだお!世の中も変化なんてしてない、強いて言えばぁー…うーん、人は減ったのかなぁ?ぐらいだね。三にシオリさんはシオリさんだよっ!あなたがよくよく、よくよくよく知り尽くし過ぎてるシオリさんだっちゃ!んまー信じられないよねーシオリさんにだって理解不能なことだし、意味不明な発言だって思うもんもん。さてはて、17のシオリさんはこれで満足かな?んなわけないよねぇ…。そうだにゃー…シオリさんに動画を送ろう!てか添付しておくねっ!それ見て判断してみて!んー!シオリさんは有能ですね!こんな過去干渉して神様としてどーなんだろうなんだけどなんだけどぉ、神様って自由でいいものね!上には何の力もない!!ささっ!動画をチェックよ!!シオリさん!!』
確かに添付ファイルがあるが果てして開いて良いものなのか。
疑いつつも好奇心は添付ファイルを開いていた。
さて、ここで僕は好奇心というのに強い不快感を覚えたんだ。
何故、好奇心が不快なのか。それはこの後の展開は予期も予知も予想も出来ない碌でもないことだったからだ。
その碌でもないことというのは添付ファイルを開いた瞬間、にこやかに表情満面の笑みな僕らしき僕じゃない僕のような僕だとは考えられない人物が表れたからだ。
「動画を見るときは、部屋は明るくして画面からは多少離れて見る!これってばじょうじょう常識なんだよ!シオリさん!」
夢は自由自在で何が起きても何があっても何が訪れても関係ない。夢は、な。
「えへへ!おどおど驚きなシオリさんにこっちのシオリさんもびびっくりん!あっははー!」
見た目、僕。そう、見た目僕なだけだ。目の前の人物は僕ではない。言動からそう思えた。ただ…ただ…この人はどうやら僕なんだと目の前にして理解をしてしまった。
無言のまま、驚愕で動けない僕にシオリさんは喋る。
「いやー神様とやらは愉快なモノですよぉ!こんな干渉の仕方も出来るのだから!!さてはてはてほて、17のシオリさん、100のシオリさんとの出会いはどうですか??」
口が開かない、いや、それ以前に頭が回ってない。
発言は耳にしている。そう、耳にしか出来てないんだ。
どうもこうも唐突の出来事に僕は時を止めてしまっているようだ。
「んー?無言は嫌々いややなー?ねぇ?ねぇねぇ?ほら、この口は何のためについているん?食べるだけ?呼吸をするだけ?違うよね?開いて声帯を震わせて少しは鳴いてみてよー」
シオリさんは僕のほっぺを両手でつまんではいじり動かす。
リアリティというとまるで夢の中にいるみたいでおかしい表現だが感触にリアリティがあった。
まだ頭が思考停止をしているままだ。どうにもこうにもここにいる存在に現実味がないようなそんな気がしてしまっている。つままれた感触は嘘ではないのか、また夢を見ているんではないかとそう感じている。
シオリさんはニコニコしている。なんだかとても嬉しそうに、喜ばしい顔は僕なんだろうか僕ではないと動き始めた思考回路はどこに向かって考えているんだろうか、困惑ばかりが続く。
この部屋は今は暗黒で静寂なはずで淀みが漂っていて生きるには適していない孤独の空間。
その一室に起きている空想的な非現実的な幻想的な今に僕は困惑のあまり泣いてしまった。
口から零れた一言は「眩しい…」
シオリさんは疑問符を頭の上に出した。そりゃそうだろう、暗黒と称するこの部屋が眩しいわけがない。じゃあ眩しさはなんなんだと、何なんだろう決まっている。
「シオリさんの、笑顔…」
シオリさんは照れながらも嬉しそうに笑っていた。