第2話 姉弟で異世界転移してしまいました
姉弟で異世界に転移してしまったようです。
二人にどんなことが待ち構えているのかドキドキです…
気が付くと、天井も壁や床も全て石造りの部屋にいました。
…… 薄暗い ……
室内はおよそ15メートル四方の広さで、壁にいくつかの円柱型のペンライトのようなものが灯っています。
その他は、私が座り込んでいる周りに『魔法陣』らしき光がまだ薄っすらと青白く光っているだけ…。
「……ゆ、優斗!」
私の視界から少し外れた傍らに優斗が倒れていました。
すぐにズリズリと床を這いながら近寄って、太ももの上に頭をのせるように抱き上げます。どうやら怪我はしていないようで、声をかけるとすぐに瞼が開いたので、ホッと安心しました。
「……お、おねえちゃん。ここは、どこ? 何が起こったの?」
明らかに動揺している優斗を落ち着かせるように話します。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんがついてるから……」
内心、私も混乱していて、心臓がさっきからバクバクいっているし、腰も抜けているのか、まだ立ち上がることができません。
……でも、そんなそぶりを見せてはいけません!!
何が起きても冷静に対処する『頼れる姉』を素早く構築し、
優斗にアピールしなければ!!
それが出来なければ、今まで築き上げてきた私への評価を下げてしまうことになります。
(それだけは……それだけは、避けなければいけないわ!)
「……コホン。優斗……まずは落ち着いて1つずつ考えていきましょう。
ここは、どこなのか? そして何が起こったのか? 冷静にね!」
ニコッ!
優斗に向けて、私が今できる限りの笑みを返しながら、周囲をぐるりと見渡します。
◇◇◇◇◇◇
周囲を一通り見渡して、私の頭の中が『?』ハテナマークで埋め尽くされた
その直後、男性の声が室内に響き渡りました!
「ここは、カダイン伯爵邸の地下、魔術実験室。異世界人召喚儀式を行ったのだ」
(!!!!!!!!!!!!!!)
(!!!!!!!!!!!!!!)
暗闇の中から明瞭な声が聞こえ、ゆっくりと3人の人物が姿を現しました。
「さすが、1000年に一人の大魔術師と名高いマリク様! 異世界人の召喚を成功させるだけでも奇跡的なことなのに、二人も召喚するなんて…」
そう賛辞をおくるのは、左側に立つ20代に見える女性で、白い鎧を着て腰に剣を下げています。薄暗いので、髪の色や顔立ちはこの距離ではわかりませんが、外見は「女騎士」といった感じ……。
「偶然ですよ。正直驚きました……術が成功したのも、二人現れたのもね」
中央にいる黒いローブをまとった青年が穏やかな口調で返事をします。
私達に向かって近づいてきたので、多少容姿が見えるようになりました。
年は私と同じくらいかしら……優しそうで賢そうな面立ちをしています。
「しかし、二人とも大それたことが出来るようには見えないが…本当に異世界人なのか?」
初対面で私たちを役立たず扱いしたのは、最初に私たちに向かって声をかけた主であろう右側に立つ30代半ばの中年男性です。うっすらとアゴひげを生やし、濃い緑色の鎧を着ていて、ガッチリとした体型。
いかにも腕力に自信がありそうなタイプです。
真ん中のマリクと呼ばれた男性が、私たちの前まで歩いて来ると、跪いて私や優斗の目線になり、優しい口調で語りだしました。
「突然のことで、驚かれたことと思います。私はマリク・カダイン。
エルフィン王国で、このカダイン領を任されている者です。私の左がゼガート。
我が領の騎士団総長を務めています。右が近衛騎士長のレイシアです。お見知りおきを…」
「理由があって異世界人の力を欲し、召喚の儀を行いました。
まさか成功するとは思いませんでしたが、これも神が導いた運命でしょう……ぜひ二人には、この国のためにお力添えいただきたいと思います」
真剣で誠実そうなまなざしで見つめられると、思わず「はい……」と返事をしてしまいたくなりますが、まずは、冷静になって言うべきことを言わないといけません。
「……えっと。どんな理由があるにしても、勝手に誘拐されるのは理不尽過ぎると思います。私たちは普通の姉弟です。何の力もありません……だから早く元の世界に帰してください!」
優斗も、となりでコクコクと頷いています。
マリクさんは一瞬表情を変えましたが、すぐに微笑み、ゆっくりと立ち上がりました。
「……そうですか……ご協力いただけませんか……。
それでは、元の世界に帰る方法をお教えいたしましょう」
―――――あっさり!!!
(かっ……帰っていいの?)
よくあるラノベだと、異世界からは絶対に帰れないのが定番なのに……。
ちょっと拍子抜けして、優斗と二人顔を見合わせると、
マリクさんの左後ろに立つ騎士団総長のゼガートさんが口を挟んできました。
「相変わらず性格の悪い奴だな…。元の世界に帰れる方法など…期待させてどうする」
(えっ?………どういうこと?)
「貴様らは、こちらが召喚の儀を行っている最中に『こちらの世界に来たい』と願った者。だから、そなた達が元の世界に帰りたいならば、その逆に決まっている。」
………………………ん?
……………えっと……………それって……
「………えっ………えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「そ、そんな……」
100%帰れませんとの宣告を受けたも同然です。
私も優斗も、ようやく言われた意味を理解して茫然となりました。
それもそのはず、元の世界に帰る条件は2つ。
私達が「元の世界に帰りたい」と願うこと。
そして、その瞬間「元の世界」の誰かが異世界人の召喚儀式を行うこと。
(……無理です……不可能です……)
仮に私たちが、24時間365日「元の世界に帰りたい」と願っても、
元の世界で異世界人の召喚儀式を行っている人間なんて、どこを探しても存在するわけがありません。
「お、おねぇちゃん……」
優斗が目に涙を浮かべながら、私に声をかけてきます。
「ゆ、優斗……」
私も何て慰めればいいのか、頭にまったく浮かんできません。
「頭の中が真っ白になる」とはこのことか…と実感しました。
そんな私達姉弟を、冷静に眺めている性格の悪い黒いローブを着た人間が
ゆっくりと近づいてきて声をかけてきました。
「さて、二人ともこの国のためにお力添えいただけることになって何よりです。
まずは上に移動して、食事でもしながら今後のことをお話しましょうか」
満面の笑みのままマリクさんがさっさとその場を後にすると、
ゼガートさんとレイシアさんは、私達についてくるように促しました。
しかし、私達姉弟は完全に脱力…放心していたので、上手く立つことができず、
二人に脇を支えられながら、その場から移動することになったのでした。
帰れると期待してしまったので、二人ともショックが大きいです。
マリクさんは変わっていますが、悪人ではありません。…念のため
優斗が、どんな世界を望んで異世界に転移したのかは、まだ秘密です。