里へ2
僕らは、源太、源次、源三、三兄弟に、いとまを告げて、なだらかに下って行く棚田の畦道を歩いて里を目指した。
里へと向かう畦道は、気ままに切り拓かれた様にしか見えない。
台形であったり、または三角であったり、急場しのぎで開墾をして取り敢えず河原の丸い石ころをつみあげ、棚田の体を成している。
なだらかに下って行く畦道の先には、長閑と、言いようがない田園風景だ。
この風景は、僕の世界にもよく見られる四角いたんぼがひしめき
その中央に、まばらに藁葺きの民家や、数える程の瓦屋根。
僕の世界に見られる甍の並ぶ屋根とは、少し様相が違う。
あの屋根が、藁葺きか?瓦屋根かは?貧富の違いなのだろう。
そんな僕が向ける視線の右にある小高い山に建つ白壁で塗られた屋敷を指さし
「剛くん…あれが、この村の名主である小隈様の屋敷だ。
この村の百姓は、皆小隈様に田んぼや畑を貸し与えて貰ってる。」
そこで、ホンの少しだけど、疑問が頭をよぎる。
侍は居なくとも、支配者たる立場の人はいるんだ。
結局、龍太郎達…小作の百姓は搾取される立場は揺らがない。
この、支配からの脱却を試みない限り、龍太郎達小作は、布団一つ無く、自分達が丹精に育てた米もロクに食べられない。
とは…言っても僕は思想家や哲学者等ではない。
何度も繰り返すが、僕は非力で弱虫…筋金入りの木偶の坊。しかも…世間の波に揉まれた事すら無い
中学生なんだ。
そんな矛盾を指摘したところで、耳を傾けてくれる
大人などいやしない。
だから、僕は龍太郎が指さす高台の屋敷には格別の思いもいだかなかった。
思いは抱かなくても、里の中心を目掛けて僕と龍太郎は、進んで行く。
やがて、四角く仕切られた田んぼの際に立つお百姓さん達とも目は会うが皆んな龍太郎を認めると顔をふせる。
龍太郎の言う様に、皆んなよそよそしい。
異形の龍太郎に一歩引いた立場で接しているのが
僕にもかる。
それを、龍太郎か気にしてない筈はない。
だけど龍太郎は、気に止める様子をおくびにも出さない。
藁葺き屋根の集落を過ぎて
瓦屋根の集落に入る。
「一寸、剛くん、其処の薬屋に寄って卵を渡してくる。」
少しばかりの疑問が頭をよぎる。
何故?薬屋に卵なのか?その取り合わせがわからない。
そんな疑問を余所に、龍太郎は薬屋の暖簾をくぐった。
暫くして、出てきた龍太郎の右手には小さな袋が掴まれていた。
衝動的に
「ねぇ.…その右手の小さな袋はなあに?」
「剛くんコレはお茶の葉だよ?」
お茶の葉?お茶の葉はお茶屋さんでしょと
ツッコミを入れそうになったが、それは、寸でのところで踏み留まった。
後で知る事になるのだが…
この時代、砂糖やお茶は薬という概念で、勿論産みたての卵も同様に薬という概念だったらしい。
銭は余り流通して無く、主に物々交換が基本らしい。
勿論銭のやり取りはあるのだが
それは商人や職人に支払われ、百姓の間では幅を利かす事は殆ど無かったらしい。
「このお茶の葉は、和尚への手土産だよ。」
そう話すうちに、大きな土塀に囲まれ門の横に掲げてある達筆な楷書で専正寺。と、書かれた表札を尻目に龍太郎は門の中へと入って行き。
「和尚!」と、呼び掛けた。
本堂らしき建物の横から顔を出したお坊さんは髭面で、龍太郎に負け無い程の大男だった。
龍太郎は、僕を和尚と思しき
お坊さんに紹介すると、軽く僕の背中を押して前に出した。
僕の前に立つ、お坊さんからは、酒の匂いが漂っていた。




