002 がんばっちゃう
名前、名前。どんな名前をつけようかしら。
ゴーレムはトンヌラっていう名前に変えようとしたみたいだけど、とても良い名前には思えないな。ゴーレムのセンスは悪いのかも。私が自分に名前をつけるとしたら、キュートで可憐な名前が似合うと思うのよ。
わ、また、メインモニターが赤くなった。今度は何かしら。
[失敗:アイテムボックス]
思考のモニターを見るとゴーレムはアイテムボックスというスキルを使おうとしたみたい。念の為に確認しないで欲しいわね。
{ログ:アイテムボックスというスキルを保有していません}
まったく、ゆっくりと名前を考えることもできないじゃない。
あっ、他のロボット達はそのままみたい。いいなぁ、あっちの担当の子は、ロボットが動き出していないから、働かなくて良いんだもの。うらやましいわ。
それにしても、なんでゴーレムは他のロボットに近づいていくんだろ?
ちょっと、そっちのロボットを触って壊さないでよ。
突然、思考が表示されているモニターに、合体と大きく表示されたから、ちょっとびっくりしちゃった。なに、合体しようとしたの? そんなの出来るわけないじゃない。
まったくおかしなことを考えるゴーレムね。
◆
ゴーレムはどうやら部屋を出たいみたい。
でも、この部屋は封印されているから、出られないわよ。この世界、いえ、この星には存在しないロボットがいきなり外に現れたら、みんなびっくりするだろうからね。この部屋からは出られないようになっているの。
その扉は押しても引いても開かないのだから、諦めてまた活動を止めて欲しいわ。
私は働きすぎて眠くなってきちゃったもの。
でも、そんな私の願いは届かなかった。メインモニターには無情にも新たな情報が表示されてきたわ。
[効果:悟りしモノ:興奮→沈静]
私はメインモニターを確認しつつ、登録した定型文を入力し[確定]ボタンを押す。
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
もう、自動でこのログが出せるようになればいいのにね。
そんなことを考えていると、ドゴンと大きな音がコクピットの外から聞こえてきた。ちょっと何事なの!? 私が慌てて、それぞれのモニターを確認すると、どうやらゴーレムが扉を殴ったみたい。
[攻撃:ゴーレム→封印中の扉:小]
なんて野蛮な考え方をしているのかしら。いえ、今はメインモニターに表示された情報を入力しなくちゃ。封印中の扉か、後から見返した時に、さすがと思われる文章を打ち込んでおきたいわね。
それと小ってどういうことかしら? ひょっとして与えたダメージのこと? うーん、どうしよう。今の外気温は28度か。それじゃ28でいいかな。
{ログ:ゴーレムは封印されし扉に28のダメージを与えた}
私は入力した文章を読み返す。うん、なかなか素敵な文章じゃない! 封印されし扉なんて、私のセンスがきらめいているわね! 間違いが無いことを確認して、私は[確定]ボタンを押す。
これでゴーレムもたいしたダメージを与えられないって事がわかったでしょう。おとなしく動くのを止めてもらいたいわ。
すると、またドゴンと大きな音が聞こえてきた。えっと思い、メインモニターを見るとまた新たな情報が表示されている。
[攻撃:ゴーレム→封印中の扉:小]
私は慌てて、さっき入力した文章を定型文に登録してから、[確定]ボタンを押す。
{ログ:ゴーレムは封印されし扉に28のダメージを与えた}
もう! なんで、もう一度殴るかな! 私がぷりぷり怒っていると、またドゴンと聞こえてきた。メインモニターには、同じ情報がまた表示されている。
[攻撃:ゴーレム→封印中の扉:小]
ええーっと思いながらも、私は慌てて定型文を登録しているキーを押し、[確定]ボタンを押した。
{ログ:ゴーレムは封印されし扉に28のダメージを与えた}
私はどんな時でも、着実に仕事をこなすからね!
しかし、これは悪夢の始まりに過ぎなかったの。この後、何を考えたのか、ゴーレムはずっと扉を殴り続けたの。ただ黙々と扉を殴り続けるのよ。
殴るたびにメインモニターに情報が表示されるから、私もそのたびに文章を入力して[確定]ボタンを押し続けなきゃいけなかったの。ゴーレムはなんと日付が変わるまで殴り続けたんだから、たまったものじゃないわ。
私には食事も睡眠も必要ないといえば、必要ないのだけどね。でも、私はちゃんと眠りたいの。
日付が変わって、メインモニターにようやく違う情報が表示されたわ。
[日付変更:封印中の扉:修復]
うん、万が一の時の機能がちゃんと働いているわね。せっかく封印しているのに、封印が解けたら困るから、自動修復機能がついているのよ。
そうよ! うまいこと文章を入力すれば、このゴーレムも無理だと諦めるでしょう!
ほえろ、私の指先! きらめけ、私のシナプス! ーー私にシナプスがあるのかは知らないけどーーなんとしてもゴーレムを諦めさせる名文を入力するのよ!
私は文章を入力して、[確定]ボタンをターンと小気味よく押した。今までのグデーっとした力のない押し方ではない。10時間以上にも及ぶ悪夢がこれで終わるのよ。これで今日の私の仕事も終わると思えたからこそできる押し方だ!
{ログ:日付が変わった為、封印されし扉は完全修復されました}
うん、完全修復という単語がきっとゴーレムの心を折るはずね! さすがは私だわ。さぁ、今日はよくがんばった。初めての仕事だったけど、うまくやれたと思うわ。
それじゃ、パジャマに着替えて眠ることにしましょう。私がメインシートから、立ち上がりかけた時に、聞き慣れたドガンという音が再び聞こえてきたの。
私はまさかと思いながら、おそるおそるメインモニターに目を向ける。そこには、見慣れた情報が再び表示されている。
[攻撃:ゴーレム→封印中の扉:小]
私の仕事はまだ終わっていないみたい。
私はメインシートに座り直し、文章の入力を再開した。
◆
メインモニターに映り込んだ私の瞳には、いつもの輝きがない。まるで腐った魚のような濁った瞳の私がいる。
私も大抵のことは前向きにがんばれると思っていたよ。ただ、物事には限度というものがあると思うの。このゴーレムはおかしいわ。
なぜか、やる気をメラメラと燃やして、日付が変わってからも延々と扉を殴り続けているのよ。本当に勘弁して欲しい。昨日が初めての仕事だったんだから、早めに切り上げたかったのに。
でも、もうじき日付が変わるの。このゴーレムも1日中殴り続けて、扉が壊れなければさすがに諦めるでしょう。
{ログ:日付が変わった為、封印されし扉は完全修復されました}
私は昨日と同じ文章を打ち込み、[確定]ボタンを押した。はー、もう、本当に疲れたわ。目頭を押さえて、目の周りのマッサージをする。
うん、パジャマに着替えて、はやく寝ましょう。
私はメインシートを立ち上がり、パジャマへと手を伸ばす。でも、また大きな音が聞こえてきた。
ま、まさか……。私はいやな汗を額に浮かべつつ、メインモニターを確認する。そこには新たな情報が表示されていた。
[攻撃:ゴーレム→封印中の扉:小×2]
も、もう、眠らせて欲しいわ。でも、私は仕事を投げ出せない。私はまたメインシートに座り、文字を入力していく。小×2っていうことは、28を2倍しておけばいいわね。私は文章を入力し、[確定]ボタンを押す。
{ログ:ゴーレムは封印されし扉に56のダメージを与えた}
この日も、一日中同じ文章を入力し続けたの。途中から、パンチを3回繰り出すようになったから、ダメージの数字を3倍にしたわ。ぬかりないでしょ!
ゴーレムがどれほど攻撃しようとこの扉は壊せないのよ。ほら、もうじき日付が変わる。でも、まだまだ扉の耐久値は残っているわ。あきらめて休みましょ。
あら? メインモニターに、今までと違う情報が表示された。
[獲得:称号:諦めぬモノ]
[獲得:スキル:悪あがき]
どうやら、新しい称号とスキルをゴーレムが獲得したみたい。諦めぬモノというか、あきらめが悪い者よねと思いつつ、キーボードで久しぶりに違うメッセージを入力する。ああ、同じ動作をし続けなくて良いというのは、ちょっと新鮮!
私は、がんばっちゃうんだから!
{称号【諦めぬモノ】を得ました}
{称号【諦めぬモノ】を得たことにより、スキル【悪あがき】を得ました}
うん、いいわね。いいと思う! 私が久しぶりのキーボードの入力に満足していると、轟音が鳴り響いた。ゴーレムの視界を表示しているモニターを見ると、封印中の扉が木っ端みじんになっているじゃない!?
うっそだー! 信じられないよ!
メインモニターには、その光景が嘘ではないという情報が表示されている。
[攻撃:ゴーレム→封印中の扉:極大]
[破壊:封印中の扉]
[強化:ゴーレム:Lv9]
えーっと、強化って何だろう。私は分厚いマニュアルをめくり、どういうことか調べてみる。どうやら、魔物たちが強くなるのと同じような意味合いらしい。なるほどね。
{ログ:ゴーレムは封印されし扉に84000のダメージを与えた}
{ログ:封印されし扉は木っ端みじんになった}
{ログ:ゴーレムはLv9に上がった}
うん、上手く書けたわ。極大なんてよくわからないから、1000倍にしてみたの。私は誤字がないことを確認して[確定]ボタンを押した。さて、これでようやく眠れるわね。
はー、疲れた。