001 起動しちゃった
私がとても気持ちよく眠っていると、突然、コクピットの中が明るくなった。
うーんと背伸びをして、ベッドから起き上がる。目をこすりながら、辺りを見ると全てのモニターや、計測機器が稼働しているじゃないか! これは間違いなくロボットが起動しちゃってる。私は慌てて、ベッドから飛び出して、パジャマから制服に着替える。
制服に着替えながらも、私は状況を整理する。私が生み出されてから、一度も動いたことがなかったのに、なんてこった! これでは、私は働かないといけないではないか。このまま、眠ったまま消えていきたかったのに。もうちょっとだったのになぁ。
あぁ、だめ、だめ! そんな後ろ向きなことを考えちゃだめ。起動しちゃったんだもの。仕方がないわ。私に与えられた役割をこなすことにしよう。それが私が生み出された理由だしね!
◆
制服に着替え、私はコクピットのメインシートに座る。一応、サブシートが2つあるけど、私しかいないから、今後サブシートが使われることはないと思う。
あと、コクピットといっても、ロボットの状態をモニターするだけの場所だから、残念だけど、ロボットを動かしたりは出来ないのよね。自律型のロボットを目指していたから、操縦機能は持たせなかったのよね。
正面のメインモニターを見ると、いろいろな情報が画面に表示されている。
[獲得:称号:悟りしモノ]
[統合:称号:動じぬ心→悟りしモノ]
[獲得:スキル:覚醒]
[可能:起動]
えーっと、こういう時はどうするんだっけ。起動するとは思っていなかったから、忘れちゃったよ。私は座席の下から分厚いマニュアルを取り出して、パラパラとページをめくる。
ふむふむ、思い出してきたよ、私は! 後で状況を振り返りやすいようにログを記録したり、ロボットが意思を持つようなら警告したり、選択肢を提示したりするのが私の仕事だった。
そう、記録係兼サポート係が私の仕事だったよ!
あまりにも長い間、動かなかったからなぁ、忘れかけていたよ。動く日が来るとは本当に思っていなかったもんね。あっと、いけないいけない。お仕事をしなくちゃ。
私は音声入力が出来たら楽なのになと思いつつ、キーボードで文字を打ち込んでいく。メインモニターに表示されているのは、短い文章だけど、わかりやすくしないといけないからね。ここが私の腕の見せ所だよ!
{称号【悟りしモノ】を得ました。称号【動じぬ心】は【悟りしモノ】に統合されました}
{称号【悟りしモノ】を得たことにより、スキル【覚醒】を得ました}
{スキル【覚醒】により、起動が可能になりました}
うん、うん、なかなか上手くまとめられたと思う。誤字がないことを確認してから、[確定]ボタンを押す。すると打ち込んだ文字が、音声となってコクピット内に鳴り響いた。
へぇ、こういう風な仕組みになっていたんだ。初めて知ったよ。私は生まれて初めての仕事にちょっとした達成感を覚える。
メインモニターの周りを囲んでいるモニターには、このロボットの各種パラメーターや思考が表示されている。うん、どうやら、このロボットはちゃんと意思を持っているようね。まさかまさかの展開だよ。一番あり得ないと思われていた状況が今、起こっているんだもの。
思考を表示しているモニターにすごい勢いで文章が表示されていく。けっこう、慌ただしい思考をしているようね。メインモニターに新たな情報が表示されているわ。
[起動]
えーっと、主語はどうしよう。この世界にはロボットなんてないって言われたし、私は座席の下から魔物図鑑を取り出し、ページをめくりながら考える。ゴーレムという魔物の説明が書かれているページをふむふむと眺め、これにしておこうと決める。早く文字を打たないといけないからね。
{ログ:メタルゴーレムが起動しました}
うん、いいと思う。特に単なるゴーレムじゃなく、メタルという単語を頭につけたところが素晴らしいと思う。工夫は大事ね。私は、誤字がないことを確認して、[確定]ボタンを押す。するとまた音声が鳴り響いた。この音声ってけっこう良い声をしているわ、なんというか、聞いていて安心感がある声だ。
思考が表示されているモニターを眺めていて思ったけど、このロボット、悟りしモノっていう称号を得たわりに、全然悟れているとは思えないわ。とっても慌ただしい思考をしているじゃない。もっと落ち着きなさいよね。
[効果:悟りしモノ:興奮→沈静]
あっ、またメインモニターに情報が表示された。私が思ったよりも、大変な仕事かもしれない。私はマニュアルに従って文章を入力していく。
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
このメッセージは今後もよく使いそうだから、定型文に登録しておこう。えーっと、このキーとこのキーを同時に押して、うん、できた! こういう小さい努力の積み重ねで、後々の仕事が楽になっていくのよ。
モニターのひとつには、ロボットが見ている状況が映し出されている。
うわー、ラボの中がまっくらだ。このラボの主である私を生み出したお方は亡くなられたんだろうな。かなりのおじいさんだったものね。たとえ、私を生み出したお方が亡くなられていても、私は私の仕事をがんばろう!
私は両手を胸の前でぐっと握りしめ、気合いを入れた。
◆
うわ、メインモニターが赤くなった。何事だろう?
[失敗:鑑定]
思考を表示しているモニターに目を向けるとどうやら、このロボットは鑑定というスキルを使おうとしたらしい。異世界転生って何を考えているのかしら。
{ログ:鑑定スキルを保有していません}
まったく、びっくりさせないでほしいものだわ。
私が大きく息を吐くと、今度はメインモニターが緑色に変わった。慌ただしい。
[表示:ステータス]
えーっと、ステータスを表示させたってことね。このロボットはマニュアルも見ていないのに、よくステータスを表示させることができたわね。ひょっとして、ものすごく頭が良いのかもしれない。
{ログ:ステータスウィンドウを開きました}
うん、これでいいはずね。ステータスウィンドウも表示されているようだし、ばっちりね。
私は表示されているステータス表示を眺めながら、手元のマニュアルと見比べる。ちょっとステータスに表示されている項目が、マニュアルとは違うみたい。なんでかしら? まぁ、表示自体はちゃんとできているから、大丈夫よね。
名前は未設定か。このロボット、名前がないのね。私もないのだけど。名前があるといいわよね。存在としての格が上がるもの!
[効果:悟りしモノ:興奮→沈静]
もう、まただ。なんで、こんなにすぐに興奮するのよ! 私は定型文を登録しているキーを押し、[確定]ボタンを押した。
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
うん、やっぱり便利ね。定型文登録しておいてよかったわ! 私が自分を褒めていると、メインモニターにまた同じ情報が表示された。えっ、また?
[効果:悟りしモノ:興奮→沈静]
しかたないわ。仕事だもの。私は同じ動作で、文章を入力し、ログを記録する。もう! なんて落ち着きがないロボットなんだろう!
あっ、今度はステータス! ちょっと、もう少し落ち着きなさいよね。あああ、新しい情報が次から次にメインモニターに表示されていくわ。急げ、急ぐのよ、私!
{ログ:メタルゴーレムは両手を握りしめ天高く突き上げた}
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
私は額の汗を袖でぬぐいながら、ふーっと大きく息を吐いた。大変な仕事ね。働くって大変なのね。
ちょっと気を抜いたら、メインモニターにはドンドンと情報が表示されていく。あ、ちょ、ちょっと待って! 早すぎるわよ!
えーっと、えーっと、どうしよう。落ち着け、落ち着くのよ、私。深呼吸をして落ち着くのよ!
◆
とりあえず、目の前の情報に集中しましょう。メインモニターには「私はゴーレムだ!」、「我はゴーレムなり!」という情報が表示されている。
これは名乗りだったわね。こういう場合は、名前を登録するのよね。名前を設定して、それでログを入力して、うん、ばっちりね。間違いがないことを確認して、私は[確定]ボタンを押した。
{ログ:名前が設定されました}
それにしても、自分で自分に名前をつけるなんて、このロボットなかなかやるじゃない。あ、今はゴーレムっていうんだった。私もゴーレムを見習って、自分で名前をつけようかな。
あれ? なんでメインモニターにゴーレムの思考がどんどん表示されていくんだろう。
はぅ!!?
やっばい。間違えちゃった。メインモニターと思考モニターを間違えちゃった。あー、どうしよう……。名前まで設定しちゃったのに。名前って設定した後で解除できるのかな?
◆
うん、無理ね。無いみたいだわ。これはもう触れないでおきましょう。誰にだってミスはあるもの。この失敗を次の経験に生かせばいいわ。
[効果:悟りしモノ:抑鬱→活性]
でも、ロボットはゴーレムって名前をつけたかったわけじゃないみたい。ちょっと悪いことをしたかもしれない。ごめん。でも、私はゴーレムって名前も悪くないと思うの。
[効果:悟りしモノ:抑鬱→活性]
うん、落ち込んでも、すぐに立ち直れるみたいだし、大丈夫そうね!